第十八話
「なぜもっと早く言わないのです。立派な脅迫ではないですか」
呆れたように言って先生はガタリと椅子から立ち上がった。
「すぐに寮長にこのことを」
「い、いえ、いいんです先生!」
「よくありません。何かあってからでは遅いんですよ」
険しい顔つきで先生がこちらにやってくる。
「でも、あまり大事にしたくないというか……」
「脅迫状が4日連続で届いている時点ですでに大事です」
そのまま部屋を出ていこうとする先生の前に私は慌てて立ちはだかった。
「今丁度アンナがラウルに心当たりがないか訊いてくれているところで、そうすれば誰なのか絞り込めると思うんです!」
「ああ、それで先ほどミス・スペンサーも一緒だったのですね」
驚く。
確かに今ひとりになるのは危ないからとこの部屋の前までアンナがついて来てくれたのだ。
「は、はい。それで、その人もラウルのことが好き過ぎてやってしまったんだと思うので、ちゃんと話して誤解だとわかれば止めてくれると」
「誤解だと思っているのは貴女だけです」
「え?」
先生は厳しい目で私を見下ろした。
「貴女は“許婚”という関係を軽く考えているようですが、そう簡単に解消出来るものではないんですよ」
「で、でも、お互いそんな気全くないのに」
「ですから、そう思っているのは……いえ、今この話はやめましょう」
スっと視線が外れて、先生は一度短く息を吐いた。
「とにかく、貴女が思うほどこの件は軽くありません。この間も言いましたが、僕には貴方方生徒を守る義務があります。この件はこちらでしっかり対処させてもらいます」
有無を言わせぬ口調に折れかける。
でも、扉に手を掛けた先生に私は言った。
「なら、あと一日だけ待ってください!」
「……」
こちらを鋭い目で見下ろしてきた先生を私は負けじと見つめ返す。
「これは女同士の問題です。この後アンナと話してすぐにでも解決してみせるので、お願いします!」
そして私は深く頭を下げる。
しばらくその体勢のままでいると、はぁと大きな溜め息が降ってきた。
「貴女は甘すぎるんですよ」
「え?」
顔を上げると、先生が眉間にたくさんの皴を寄せながらも扉から手を離していた。
「分かりました。あと一日だけ待ちます。それでも解決しなかった場合は……いいですね」
「は、はい! ありがとうございます!」
私はもう一度勢いよく頭を下げた。
それからつい、ふふっと笑みが零れてしまった。
「何を笑っているんですか」
不機嫌そうに問われて私は慌てて顔を上げる。
「すみません。……実は、クラウスにもよく言われていたんです。『姫様は甘すぎます』って。そのことを思い出してしまって」
「……はぁ。そうですか」
先生は心底呆れたようにもう一度溜息を吐いて机の方へと戻っていった。
「もう授業が始まります。教室まで送っていきますので」
「え!?」
教材を手に取りながら言った先生にびっくりする。
「い、いえ、ひとりで大丈」
「送っていきます。丁度、この後隣の教室で授業なので」
ぽかんと口を開けている私の傍らをすり抜け、先生は扉を開けた。
「さぁ、行きますよ」
「は、はい!」
こんな時だけれど、先生と並んで教室まで歩けることが嬉しくて私は笑顔で返事をした。
「レティ! 今迎えに行こうと思っていたのよ!」
「アンナ!」
廊下の向こうからアンナが駆けてくるのが見えて私は手を振る。
「では、僕はここで」
「ありがとうございました!」
そうしてユリウス先生は私たちの隣の教室へと入っていった。
アンナはそんな先生を目を丸くして見送ってから私の方を見た。
「もしかして」
「うん。実はバレちゃって」
苦笑しながら言うとアンナは納得したように頷いてから小声で言った。
「それより。わかったわよ、犯人」
「え!?」
と、そのとき向こうから歩いてきたラウルが私に気が付き、なんともバツの悪い顔をした。
それから“悪い”というふうに軽く手を上げるのを見て、私は首を横に振る。
「ラウルにはね、しばらくレティに近づくなって言ってやったの」
「そう……それで?」
「詳しいことは部屋に戻ってから話すわ。他の場所だと誰に聞かれるかわからないし」
私は頷いて、放課後になるのを待った。
⚔⚔⚔
「下級生の子?」
「えぇ、2年の子。丁度初めてアレが届いた日の昼間、ラウルその子を振ったんですって」
「振った?」
放課後になり足早に部屋に戻った私たち。
幸い例の手紙は届いていなくてホっとしたけれど、アンナからその話を聞いて驚いた。
(ラウル、女の子を振ったりするんだ)
なんとなく、来るもの拒まずなのかと思っていた。
アンナが呆れたふうに続ける。
「そう。きっとその腹いせなのよ」
「……」
「それで、その子のクラスと名前なんだけど――」
それはやはり聞いたことのない名前だった。
「早速会いに行ってみる?」
「うん。先生と約束しちゃったし。今行けばまだ教室に残っているかも」
「そうね、行きましょう!」
そう言ってくれたアンナに私は笑顔で言う。
「私、ひとりで行ってくる」
「え!? でも」
「大丈夫。イザベラみたいに誤解だからって言うだけだもの。それに、下級生相手に2対1っていうのもちょっとね」
「確かにそうだけど……じゃあ、離れた場所から様子見ていていい? 心配だもの」
「勿論! ありがとうアンナ」
そうして私たちは部屋を出て2年生の教室へと向かった。
――でも。
「手紙? なんのことですか?」
「え?」
先日イザベラとも話した中庭の噴水前で私は目を瞬いた。
まだ核心に触れる前、「例の手紙のことなんだけど」と切り出した途端のことだった。
その大人しそうな子は酷く困惑した様子で私を見つめていて。
「え、えっと、この間私の部屋に手紙届けてくれたでしょう?」
そうやんわりとした言葉で訊くと、彼女は首を傾げた。
「先輩の部屋に、ですか? いいえ、私寮生ではないので先輩の部屋も知らないですし」
「!? ご、ごめんなさい! 私の勘違いだったみたい!」
私はそれから何度も頭を下げて謝った。
その子が軽く会釈して帰っていくのを見送ってから私はハァと溜息を吐く。
「悪いことしちゃったなぁ」
急に知らない先輩から呼び出されて、きっと不安だったに違いない。
寮生ではない、ということは自宅から通っているということ。夜間に私たちの部屋に手紙を差し入れることなど不可能だ。
(でも、なら一体誰が……)
重い足取りで中庭から校舎に続く渡り廊下へと戻りながらひとりごちているときだった。
ガチャンッ!
「え?」
すぐ背後で大きな音がして振り向けば、地面にキラキラと光るものが大量に散らばっていた。
(ガラス?)
その近くに落ちている真っ赤な薔薇の花と大きめのガラス片の形から見て、きっと花瓶だろう。――そう頭が理解して、ゆっくりと血の気が引いていく。
(まさか、私を狙って……?)
「何!? 今の音!」
「アンナ……」
校舎からアンナが焦った様子で出てきて、私の背後にあるガラス片を見つけ息を呑んだ。
「誰がこんな……!?」
足がすくんでしまって動けない私の代わりにアンナが中庭に駆けて行って校舎を見上げた。
しかしそれらしき人物は居なかったようですぐに悔しそうな顔で戻ってきた。そして。
「レティ!? 足、血が出てるわ!」
「え?」
そんな悲鳴に見下ろせば、確かにふくらはぎに小さな傷が出来ていてそこから血が滲んでいた。
きっとガラス片が飛び散ったときに切れたのだろう。
途端、紙で切ったようなピリピリとした痛みが出てきて――。
「アンナ、あの子ね、寮生じゃなかったの。だから……」
ドクドクと煩い心臓に手をやりながらなんとかそのことを報告すると、アンナは私を安心させるように優しく抱きしめてくれた。
「レティ、やっぱり先生に言ってなんとかしてもらいましょう。これ、私たちだけじゃ無理そうだわ。でも今はまずは医務室に行きましょう!」
私はまだ呆然としながら、頷くことしか出来なかった。




