第十七話
「誰よ! こんな陰湿なことするやつ!!」
アンナがテーブルの上にバンっと差出人不明のその手紙を置いた。
「絶対に犯人見つけ出して謝らせてやるわ! レティ、こんなの全然気にする必要ないんだからね!」
「うん……」
私は頷きながら再び折り畳まれたそれを見下ろす。
まるで血のように赤いインクと書き殴ったような乱雑な文字。
そこにはとてつもない怒りや恨みの感情が見て取れて、ただただショックだった。
「本当ならビリビリに破り捨ててしまいたいところだけど一応証拠だものね。……一体誰なのかしら……イザベラ?」
まるで小説に出てくる探偵のように口元に手を当てたアンナに私は慌てて首を振る。
「それはないよ。絶対」
「……そうよね、イザベラはこんな回りくどいことはしないものね」
イザベラはいつも真正面から正々堂々ぶつかってきた。それが良いことかどうかはさて置いて、彼女はこんな陰湿なことをするタイプではない。
それに、先ほど彼女が見せてくれた笑顔と「お互い頑張りましょう」という言葉を信じたい。
「なら他に誰がいたかしら、ラウルのことが好きな子……」
「やっぱり、ラウルの関係なのかな」
「決まってるわ」
アンナは断言するように言った。
「イザベラは昨日の朝ラウルとレティが一緒にいたっていう話を聞いてレティを呼び出したんでしょう? だとしたら、イザベラの他にもその事を知っている人はいるってことだもの」
「そっか……うん、確かに」
私も頷く。
ラウルのことを好きな子がこの学園に何人いるのか見当もつかないけれど、昨日の朝の話が出回っているのは確かなのだろう。
「も~~なんかラウルにも腹が立ってきたわ!」
「でも、昨日のことはラウルは何も悪くないし」
「そうだけど、そもそもラウルが軽い気持ちであっちこっちに手を出しているからいけないのよ!」
私は苦笑する。こればかりは擁護できない。
いつか痛い目を見るのではと心配していたけれど、まさかその火の粉が私に降りかかってくるとは思わなかった。
「みんな焦っているのよ、今年卒業だから。その前にラウルを射止めようってね」
「そっか……みんな頑張ってるんだ」
そう、私たち3年生は今年この学園を卒業する。
私だって、ユリウス先生とこの学園で過ごせるのはあと少しなのだ。
(みんな、自分の恋に必死なんだ……)
「それでも! こういうやり方は反則でしょ!」
「う、うん。だよね」
「こういう陰湿な子って直接には何にも出来ないんだと思うけど、一応は用心してねレティ」
「うん」
「あ~それにしても嫌な気分ね! こういうときはさっさと寝るに限るわ。もう寝ましょうレティ!」
私はふふと笑いながらもう一度頷く。
アンナが怒ってくれたお蔭か、私自身はそれほど怒りの感情は湧いていなかった。
それよりも――。
(ここまで出来るってある意味凄い……)
その“熱”の強さに、驚きと底知れぬ恐ろしさを覚えていた。
その夜はベッドで目を閉じていてもなかなか寝付くことが出来なかった。
手紙のことも気になったけれど、アンナの言葉がずっと心に引っかかっていたのだ。
――私ね、先生は本当は前世の記憶があるんじゃないかって思ってるの。
――なんでかはわからないけど、レティには知られたくない何か理由があるんじゃないかって。
(もしアンナの言う通りだとしたら)
何度目かの寝返りを打って、私は目を開く。
(先生は……ううん、クラウスは、セラスティアの気持ちを受け入れたくないってこと……?)
つきりと小さく薔薇の痣が痛んだ気がして、私はぎゅっと目を瞑った。
(まだ、そうと決まったわけじゃない)
夜は考えがどんどん暗い方、悪い方へと向かってしまう。
私はそこで考えることを止め、眠ることに専念したのだった。
――それから数日が過ぎて。
「嘘でしょう? また?」
扉下に挟まった手紙を見下ろし、流石にうんざりするようにアンナがぼやいた。
あの日から例の差出人不明の手紙は届き続けていた。これでもう4日連続になる。
夜だけじゃない。今朝なんて支度を終え部屋を出ようと扉を開けたらひらり手紙が舞って危うく悲鳴を上げてしまうところだった。
内容は毎回同じようなもので。
目障り。
消えろ。
邪魔。
失せろ。
そしてやっぱりその文字は赤のインクで書かれている。
棚の上に置かれたこれまでの手紙の束を見てアンナが溜息を吐いた。
「レティ、このことユリウス先生には話してる?」
「ううん、まさか。先生は関係ないもの」
ユリウス先生の元へは相変わらず毎日通っているけれど、この件に関しては何も話していない。
「そろそろ相談してみたら? 何か対策を練ってくれるかも」
「うーん……でも、先生にはこういうことで迷惑はかけたくないなって思って」
「そう……。なら、やっぱりラウルに直接訊くしかないわね」
「え?」
アンナは「決めた」とひとり頷いて続けた。
「あいつに心当たりを訊くのよ。そうすれば犯人を絞り込めるし。明日、早速訊いてみましょう!」
「で、でも……」
「あぁ、大丈夫よ。私が訊いてくるわ。レティは今下手にラウルに近づかない方がいいものね」
私がごめんねと謝るとアンナは笑顔で首を振った。
「さっさと犯人突き止めて、こんなこと早く止めさせましょう!」
「うん!」
――そして、次の日。
「ミス・クローチェ、何かありましたか?」
「え?」
昼休み、ユリウス先生の部屋でいつものように前世の話をしているときだ。
急にそう訊ねられて目を瞬く。
「今日はなんだか、心ここにあらずといったふうに見えましたので」
どきりとする。
実は今丁度アンナがラウルを呼び出し例の件を訊いてくれているはずなのだ。
「例の件、誰かに知られてしまいましたか?」
「え!? あ、いえ! それは大丈夫です!」
一瞬手紙のことかと思ったが、先生の言う例の件とは聖女の力のことやリュシアン様のことだろう。
でもそのとき先生の眼鏡のレンズがキラリと光った気がした。
「“それは”、ということは、何か別の件が大丈夫ではないということですね」
「うっ……」
――結局、ユリウス先生を誤魔化すことは出来ず、私は手紙の件を話すこととなった。




