第十六話
「――って、なんかごめんね。最近こんなのばっかりで。私めんどくさいね」
言ってのそりベッドから起き上がる。
この間からアンナの優しさに寄り掛かりっぱなしだ。
でも彼女は嫌な顔をせず首を振った。
「いいのよ。むしろ、私は最近レティとこういう話が出来るようになってすごく嬉しいの」
「え?」
「ほら、レティってついこの間まで恋愛に疎いっていうか、ゴシップなんかにも全然興味ない感じだったでしょう?」
その通りなので私は頷く。
「ずっとレティとこういうコイバナしてみたかったの! だから悩みがあったらどんどん話して?」
「アンナ……」
心がほっこりと温かくなった。
アンナは同じ年だけれど、私にとってはやっぱり頼りになる姉のような存在だ。
「それで、ユリウス先生とのことだけど」
「うん」
「私ね、先生は本当は前世の記憶があるんじゃないかって思ってるの」
「え!?」
驚いて声を上げるとアンナは慌てたように手を振った。
「ただのカンね! 何か根拠があるわけじゃないの。でも、そう思えてならなくて」
「……もし、そうだとしたら、先生は記憶がないふりをしているってこと?」
アンナが神妙な顔で頷く。
「なんでかはわからないけど、レティには知られたくない何か理由があるんじゃないかって」
――私に知られたくない、理由……。
ぎゅっと胸元で手を握る。
「それにユリウス先生、言うほどレティに冷たくないっていうか、むしろレティのことはやっぱり特別に思っている気がするの」
「え……?」
アンナが私の手を指差す。
「その絆創膏もそうだけど。ほら、この間、私先生にレティをよろしくって言われたでしょう? あのとき、あぁ、先生は本気でレティのことを心配しているんだなって思ったの」
「でも……それは」
「だから! レティには遠慮せずにどんどんアタックして欲しいの。朝だって、誕生日をお祝いして欲しいだけって言ってたけど、もっと我儘でいいのよ。だって、前世からずっと想い続けているんでしょう?」
「……うん」
セラスティアのことを思って強く頷くと、アンナは笑顔で続けた。
「レティがこのままぐいぐい行けば、先生もいつか折れるんじゃないかって。私もそんな先生が見てみたいし、だから私レティには頑張って欲しいの!」
「アンナ……本当にありがとう」
私は心からお礼を言ってぐっと拳を握って見せた。
「うん。私もう少し頑張ってみる!」
「よし! ……まぁ、イザベラみたいに他の子にキツく当たるのはどうかと思うけどね」
アンナが苦笑して、私も同じように笑う。
「でも、先生を好きになってイザベラの気持ちもわかるようになったし、もしかしたらこれからは仲良くなれるかもって……そういえば、ラウルはイザベラの気持ちに気付いてるのかな?」
「うーん。イザベラ、プライドが邪魔して自分からは絶対に告白とか出来ないタイプだろうし、本人の前でもあの調子だものね」
そう、彼女はラウル本人の前でもあの堂々とした態度を崩さない。
だから私も初めてラウルのことで呼び出されたときは本当に驚いたものだ。
「今度、ラウルにそれとなく聞いてみようかな」
「え!? やぁ~それは止めておいた方がいいかも?」
「なんで?」
「えーと、ほら、折角仲良くなれそうなのにまたイザベラに目をつけられたら嫌でしょう?」
「確かに。でも、イザベラ応援してあげたいなぁ」
「そ、それよりレティ、そろそろ食堂行かない? 私お腹すいちゃった!」
言われてもうそんな時間なのだと気が付いた。
そうして私たちは簡単に身なりを整えて寮の食堂へと向かったのだった。
⚔⚔⚔
「そういえば、ここのところ私の話ばっかりだけど、アンナは? 誰か好きな人いないの?」
夕食を終え、廊下を歩きながら私は小声で訊く。
「私? 何言ってるのレティ。私はずっとアルベルト様一筋よ!」
「そ、そっか。そうよね」
アルベルト様とは今人気の歌劇俳優で、アンナは以前からずっと彼に夢中なのだ。
年齢は確かユリウス先生よりもずっと上だったと思う。
私がユリウス先生を好きだと知ってもアンナはイザベラのようには驚かなかった。きっと彼女にとって恋に年齢は関係ないのだろう。
「そうそう、聞いてくれる? アルベルト様の新情報!」
そして彼女はアルベルト様の話をはじめるといつも止まらなくなる。
私は久しぶりにその話をうんうんと聞きながら自室の前まで来て、異変に気が付いた。
「あれ?」
「どうしたの? レティ」
「これ……」
私は足元を指差す。
扉の下の隙間に小さな紙が挟まっていた。
「手紙かしら? もしかして、ラブレターだったりして」
私がまさかと笑うと、アンナはしゃがみ込んでそれを抜き取った。
そして4つ折りにしてあるらしいそれを裏返して「あ」と声を上げた。
「あ、ここにクローチェ様って小さく書いてあるわ」
「私?」
「なになに? レティへのラブレター?」
アンナはワクワクした様子でそれを広げ、
「きゃあっ!?」
悲鳴を上げて手から放った。
「え、なに? どうしたの?」
一瞬でよく見えなかった私はひらひらと舞っているそれを床に落ちる寸前で手に取った。
そして、息を呑む。
「なに、これ……」
その手紙には趣味の悪い赤いインクでこう書かれていた。
『目障り。消えろ。』と――。




