第十五話
「お待たせ、イザベラ!」
放課後、言われた通り中庭の噴水前に行くと彼女は仁王立ちで私を待っていた。
イザベラ・マジョラーニ。王国屈指の商家の娘でいつも堂々とした立ち振舞いを崩さない彼女も、アンナたちと同じく初等部からのクラスメイトだ。
でも私は彼女がちょっと苦手で。
そのワケはというと……。
「話って、なに?」
引きつっているであろう笑顔で訊くと、彼女は耳にかかった金髪縦ロールを優雅に払ってから口を開いた。
「単刀直入に申しますわ。レティシアさん、あなた最近ラウル様に近くありませんこと?」
やっぱりそれか~~と私は頭を抱えたくなった。
そう、イザベラは初等部の頃からラウルのことが好きで、許婚である私に何かと突っかかってくるのだ。
「あなた以前仰ってましたわよね? ラウル様とはただの幼馴染でただの友人であると。許婚というのは名だけでお互いその気は全く無いと。覚えていまして?」
「勿論!」
私は力一杯頷く。
「今も変わっていないから安心して!」
「……本当かしら? 実はわたくし聞いてしまったの」
「え?」
――嫌な予感。
いや、彼女に呼び出されたときからずっと予感はしていたのだけれど。
「昨日の朝、ラウル様とレティシアさんが仲睦まじくベンチでお話されていた、と」
「!?」
やっぱり、昨日の朝ふたりでいるところを誰かに見られていたのだ。
内心ダラダラと冷や汗をかいていると、そんな私を見るイザベラの目付きがスっと険しくなった。
「事実のようね。一体どういうことか説明してくださらない? レティシアさん」
「えっと、あれは……」
説明しろと言われても、昨日私のせいでラウルが死にかけたなんて絶対に話せるわけがない。それにリュシアン様のことも。
でも今彼女は「ベンチで」と言った。一番最悪なところは見られてはいないようでほんの少しだけほっとする。
(ラウルが刺されたところとか、私が聖女の力を使ったところなんて誰かに見られていたら大変だもの)
でもこのままでは非常にマズイ。というか怖い。
どう話すべきか頭をフル回転して考えているとイザベラは眉間の皺を更に深くした。
「レティシアさん、あなた最近以前より小綺麗にしていますでしょ? イメチェンと言うのかしら。それも気になっていましたの。あなたまさか、ラウル様を誘惑するために」
「ち、違う違う! これは……っ」
「これは?」
「これは、その……先生に……」
「先生?」
訝し気に首を傾げた彼女に、私はもう思い切って言ってしまうことにした。
「ユリウス先生に見て欲しくて!」
「? ユリウス先生って、歴史の?」
「そ、そう!」
流石に恥ずかしくて私は視線を落とし続ける。
「実は私、ユリウス先生に、その……一目惚れをしてしまって」
「……」
「だから、この髪型とかも先生に見て欲しくて……」
「……」
(……?)
反応が何も返ってこないことを不思議に思って恐る恐る顔を上げると、イザベラはその青い瞳をまんまるくし口をぽかんと開けていた。どうやらとても驚いているよう。
いつも不機嫌そうな顔ばかり見ているからか、彼女もこんな間の抜けたような普通の顔をするんだなと失礼なことを考えていると、漸くその口が動きはじめた。
「レティシアさん、あなた、ユリウス先生のことを?」
「そ、そう……」
私が頷くと、彼女はゆっくりと口に手を当てとびきり甲高い声を上げた。
「レティシアさんたら、あんな年上が好みでしたの!? ――あ、いえ、失礼。好みは人それぞれですものね。まぁ、そうでしたの!」
どうやら納得してくれたようで私はほっとする。
(よし、このまま乗り切ろう!)
別に嘘をついているわけではない。先生のことが好きなのは事実だ。
「昨日の朝もね、先生が不審者を捕まえたって聞いて、私心配で外に出たの」
「そういえば、そんな話も聞きましたわ。ユリウス先生、無事で良かったですわね」
そう言ってくれて嬉しくなる。
ラウルのことがなければ、イザベラも悪い子ではないのだ。
「本当に! それで先生の帰りを外で待っていたら、騒ぎを聞きつけたラウルと、その後すぐにアンナも来てくれて……だからラウルとふたりで話していたのは本当にちょっとの時間だったの」
「まぁ、そうでしたの。流石はラウル様。お優しい方ですものね!」
両手を合わせうっとりした目をしたイザベラに、私は改めてはっきりという。
「だから、私とラウルは本当になんでもないの。安心して、イザベラ!」
「そうでしたのね。……わたくしったらラウル様のこととなるとどうしても熱くなってしまって……ごめんなさいね、レティシアさん」
「全然! 好きなんだもの、仕方ないよ」
私が笑顔で手を振ると、イザベラもにこりと笑ってくれた。
彼女が私に笑顔を向けてくれたのは、これが初めてかもしれない。
「ありがとう。レティシアさん、ユリウス先生とのこと応援していますわね!」
「え!? あ、でも、誰にも言わないでね」
「勿論ですわ! わたくし口は堅い方ですの!」
と、ガシっと両手を掴まれてびっくりする。
「お互い好きな方に振り向いてもらえるよう頑張りましょうね、レティシアさん!」
「う、うん!」
その迫力に少し気圧されながら私は頷いたのだった。
⚔⚔⚔
「それで、レティはなんでそんなに落ち込んでるの? 良かったじゃない」
寮の部屋に帰り先ほどの話をすると、アンナが不思議そうに首を傾げた。
「もう少し遅かったら、私様子を見に行こうかと思っていたのよ?」
「ありがとう、アンナ……」
私はベッドに突っ伏したままお礼を言う。
「で? 一体どうしたの?」
アンナがベッド脇にしゃがみ込んでこちらを優しく覗き込んできた。
私はそちらに顔を向けて、ぽつりぽつり答えていく。
「……私、今までイザベラのこと怖いって思ってたの。でも、今の私もユリウス先生に対して同じようなことしてるんだなって気付いちゃって」
――ラウル様のこととなるとどうしても熱くなってしまって……。
恥じるようにそう話していたイザベラ。
以前の私はその“熱”が怖いと思っていた。理解が出来なかった。
でも、ユリウス先生と出逢って私もそれと同じ熱を持ってしまった。その熱を理解できるようになってしまった。
(もしユリウス先生に許婚がいるってわかったら、私だってきっと平常心じゃいられない……)
そして、その熱を直接毎日のように向けられている先生は――?
今更ながらこれまでの自分の行いが酷く恥ずかしく思えた。




