第十四話
むかしむかし、とある王国に『聖女』と呼ばれるお姫様がいました。
お姫様には生まれながらに特別な使命がありました。
王国の繁栄と安寧のため、18度目の誕生祭の日にその命を神に捧げなければなりません。
そんなお姫様には秘かに想いを寄せる相手がいました。
それは王国を守る騎士であり、いつもお姫様の傍に控える従者でした。
しかし運命には逆らえません。
可哀想に、お姫様はその想いを胸に秘めたまま18歳という若さでその生涯を閉じました……。
「しかし! なんとそのお姫様はこの現代に生まれ変わったのです!」
私は自分の胸に手を当て声高に言う。
「それが私、レティシア・クローチェです!」
「……」
続けて私は目の前の彼をびしっと指差す。
「そしてお姫様が秘かに想いを寄せていた騎士の生まれ変わりが貴方です。ユリウス・フォン・レヴィ先生!」
「……まだこれ続けるんですか?」
机の向こうで疲れたように眉間を押さえている先生に、私はにっこり笑って宣言する。
「はい! 先生に思い出してもらうまで、私やっぱり諦めないことにしたんです」
休日明け、私は朝一で先生の部屋に突撃していた。
ここ数日色々あったけれど、自分の気持ちを再確認した私はまた先生に思い出してもらえるように頑張ることに決めたのだ。
今回の一件で、先生がやっぱり優しいということがわかった。
それにとっても強いということも知ってしまった。
(これで惚れ直さない方がおかしいでしょ!)
ちなみに昨日先生からもらった絆創膏はまだ指に巻いたままだ。
もう傷は塞がっているだろうし、見る度ニヤついてしまってアンナからは散々からかわれたけれど、まだ外したくなかった。
「なので、先生も思い出せるように頑張ってください!」
「……思い出したら、それで満足なんですか?」
「え?」
ガタン、と先生が椅子から立ち上がった。
そのまま分厚い書物にまみれた机を回り込み、先生は私の目の前に立った。
「先生?」
こちらを見下ろすその目つきが少し怖くて私は首をすくめる。
……怒って、しまったのだろうか?
「その先を考えたことは?」
「え……?」
――その先?
先生はなぜか眼鏡を外して胸ポケットに差し入れた。
初めて見る眼鏡越しではない先生の瞳は吸い込まれそうな色をしていて。
と、その手が私の肩に優しく添えられてドキリと心臓が飛び上がる。
「え? せん……っ」
先生の端正な顔がゆっくりとこちらに近づいてくる。
(ぇ、え? えぇーー!?)
細められたアメシスト色の瞳がすぐそこまで迫ってきて、顔が熱くて、心臓が破裂しそうで、耐えられずに私はぎゅっと目を瞑った。
「冗談です」
「……へ?」
パっと目を開けると、先生はもうこちらに背を向けていた。
「ミス・クローチェ。貴女はもう少し警戒心を持った方がいい」
眼鏡をかけ直しながら机の向こうへ戻っていく先生を呆然と目で追う。
「僕も教師である前に一人の男なんですよ。まぁ、幸い僕は子供には全く興味ありませんけど」
「……こ、子供!?」
「えぇ。僕から見たら貴女は子供です」
「ガーーン!」
またそんな声が口から漏れてしまった。
(確かに歳は10くらい離れているけど……)
と、私がショックを受けているときだ。
コンコンと背後の扉がノックされ、入ってきたのは――。
「朝からすみません。ユリウス先生、ちょっとお訊きしたいことが……ってあら? お話し中だったかしら」
(ミレーナ先生!)
ミレーナ先生はユリウス先生と同じ歴史教師で、美人で優しくグラマーだと男子に大人気の先生だ。
彼女が入ってきた途端ふわっと良い香りがして、女の私でも思わずうっとりしてしまう。
男子だけでなく、ミレーナ先生に憧れる女子は多い。
「大丈夫ですよ、今丁度終わったところです」
そんな聞いたことのない柔らかな声に驚き振り返ると、ユリウス先生がミレーナ先生に優しい微笑みを向けていた。
それから先生は私を一瞥すると、いつもの冷たい声音で言った。
「ミス・クローチェ。話は以上です。もう教室へ戻りなさい」
「~~っ、失礼します!」
私はミレーナ先生の大きな胸を横目に、なんだか頗る負けた気分で退出したのだった。
⚔⚔⚔
「まさか、先生がミレーナ先生みたいな女性がタイプだったなんて……」
教室に戻り机に突っ伏していると隣に座るアンナが苦笑した。
「ま、まぁ、先生も大人の男の人だし、そこは仕方ないっていうか……」
「……クラウスも、ひょっとしてそういう女性が好みだったのかな」
私の前ではそんな素振り全く見せなかったけれど、クラウスだって大人の男の人だ。実はグラマーな女性が好きだった可能性は十分にある。
(なんかダブルでショックかも……)
「レティだって、これから頑張ればきっとミレーナ先生みたいになれるわよ!」
「はっはー、無理無理!」
「ラウル……」
どこから聞いていたのか、鼻で笑いながら私たちの前に現れたラウルをじと、と見上げる。
「ミレーナ先生は全男子の憧れだからな。やぁ~同じ男として初めてアイツを見直したわ」
「ちょっとラウル」
「……ラウルもそうなんだ」
「あ?」
「やっぱり、みんなああいう女性が好きなんだ……」
追い打ちをかけられた気分で私は再び机に突っ伏す。
「あー……いやまぁ、俺の好みはどっちかって言うと清楚で可愛い感じの」
「ラウルの好みなんて誰も聞いてないけど?」
「う、うるせーな! とにかく、もうアイツのことは諦めろってことだ!」
(諦める……?)
――ついさっき、諦めないと宣言したばかりで?
むくりと私は起き上がった。
「諦めないもの」
「レティ!」
アンナが嬉しそうに頷く。
「私は別に、先生の恋人になりたいとか、そういうのじゃないし」
「え? 違うの?」
「違うのか?」
二人同時に訊かれてうっと言葉に詰まる。
「……そ、そりゃあ、そうなれたら嬉しいけど……」
ぼそぼそと言いながら、先ほど間近に迫った先生の顔を思い出してボっと頬が熱くなった。
もし……もし先生とそういう関係になったら、あんなことが日常的に行われるということで。
(無理過ぎるんですけど!?)
きっと心臓が持たない……!
「――わ、私はただ先生に思い出して欲しいだけ!」
「それだけ?」
「それだけか?」
また二人の声がハモって、私はしどろもどろに続ける。
「そ、それで……誕生日におめでとうって言って欲しい……」
するとアンナはああっと手を打った。
「誕生日! そうだわ。レティの誕生日もうすぐだものね!」
「いや、てか本当にそれだけでいいのか?」
ラウルにもう一度疑わし気に訊かれて私は頷く。
――そうだ。先生の恋人になりたいだなんて、おこがまし過ぎる。
私は先生に前世のことを思い出して欲しくて、それで18歳の誕生日におめでとうと笑顔で言って欲しい。それだけだ。
するとラウルはなんだか気の抜けたような顔をしてから、またこちらを小馬鹿にするように鼻で笑った。
「まぁそうだよな。レティとアイツじゃ全然釣り合ってねえもんなぁ。ははっ、そりゃそうだ!」
そうしてラウルはカラカラ笑いながら自分の席の方に戻っていった。
「なによあいつ、ホント失礼な奴ね。でもレティ、本当にそれでいいの? 先生のこと好きなんでしょう?」
「うん。大好き」
私は笑顔で言う。
「なら、」
「ちょっといいかしら?」
突然、甲高い声が会話に割り込んできてびっくりする。
目の前に立っていたのは、あまり嬉しくない相手だった。
「イザベラ……?」
金髪を見事な縦ロールにしたクラスメイトのイザベラは、私を見下ろし言った。
「レティシアさんに大事なお話があるの。放課後、少しばかりお時間くださらない?」




