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第一話


 むかしむかし、とある王国に『聖女』と呼ばれるお姫様がいました。

 お姫様には生まれながらに特別な使命がありました。

 王国の繁栄と安寧のため、18度目の誕生祭の日にその命を神に捧げなければなりません。

 そんなお姫様には秘かに想いを寄せる相手がいました。

 それは王国を守る騎士であり、いつもお姫様の傍に控える従者でした。

 しかし運命には逆らえません。

 可哀想に、お姫様はその想いを胸に秘めたまま18歳という若さでその生涯を閉じました……。



「しかし! なんとそのお姫様はこの現代に生まれ変わったのです!」


 私は自分の胸に手を当て声高に言う。


「それが私、レティシア・クローチェです!」


 続けて私は目の前の彼をびしっと指差す。


「そしてお姫様が秘かに想いを寄せていた騎士の生まれ変わりが貴方です。ユリウス・フォン・レヴィ先生!」

「はっはっは。それはまた運命的な再会ですねぇ」


 古い書物が両側に積み重なった机の向こうで銀の髪をオールバックにした彼、歴史教師のユリウス先生は中指でクイと眼鏡の位置を直した。

 そんなちょっとした仕草も本当に様になっていて思わず見惚れてしまうくらいにカッコいい。

 ただその表情筋は先ほどから死んだまま。「はっはっは」なんて言っているけれど顔は全く笑っていない。


「なのに、なんで先生は何にも憶えていないんですか~」


 がっくりと机に突っ伏した私に先生は追い打ちをかけるように冷たい言葉を浴びせる。


「何度言われても憶えていないものは憶えていません。ミス・クローチェ、将来は作家志望ですか?」

「だからこれは作り話じゃないんですってば~」


 ――そう。先ほどの話はフィクションではなくノンフィクション、私の前世での実話なのだ。

 物心ついた頃から私はこの『聖女』だった頃の夢をよく見ていた。

 それが前世の記憶なのだと確信したのは、今学期始めにこの王立ベルトリーニ学園に赴任してきた彼を目にしたときだ。

 教壇に立ち自己紹介をする彼を見ながら、私は知らずのうちに涙を流していた。


 まさに運命だと思った。


「クラウス!」


 彼がひとりになるときを待って背後から前世での名を呼ぶと、彼はぴたりと足を止めた。

 だから私は続けて叫んだ。


「私です。セラスティアです! またこうして会えるなんて……!」

「……」


 こちらを振り向いた彼は涙をいっぱいに溜めた私を見て、ゆっくりと首を傾げた。


「ひょっとして僕に言ってますか?」

「え……?」


 そして彼は眼鏡の位置を直し続けた。


「すみませんが僕は演劇はさっぱりで。お相手なら誰か他の方を当たってください」


 彼は……クラウスは私のことを憶えていなかった。

 私はショックと恥ずかしさのあまり、それから3日間寝込んだ。


 でも、私は諦めなかった。

 前世での私、セラスティアは彼に想いを伝えられなかったことを悔いたまま命を落とした。

 それこそ今世でも夢の中の私はいつも後悔している。

 だからこうして生まれ変わって再会できた今、この想いを隠さずに伝えようと決めたのだ。



 と、先生がはぁと呆れたような溜息を吐いた。


「その昔、この辺りにあったという亡国に奇跡の力を持った『聖女』と呼ばれる女性が存在していたことは確かなようですが」

「それが私なんです~」

「もしそれが事実だとして」

「事実なんです~」

「なぜその騎士が僕だと思ったんです。人違いでは?」


 ぶんぶんと首を横に振って私は顔を上げる。


「間違いないです。髪色や目の色は違いますが、私にはわかるんです」


 クラウスは金髪に碧眼だった。

 ユリウス先生は銀髪、そして――眼鏡の向こうの今は紫水晶のような瞳をじっと見つめる。


「先生は間違いなく、セラスティアが想いを寄せていた騎士クラウス。その生まれ変わりです」

「……」


 先生は私から視線を逸らし今度は短く息を吐いた。


「残念ながら僕に前世の記憶なんてものはありません」

「なんでだろうなぁ~~」

「ミス・クローチェ。そろそろ昼休憩は終了ですよ。僕も授業の準備がありますので退出してもらっても?」

「は~い」


 その声がほんの僅か低くなったことに気づいて、私は仕方なく一礼してから先生の部屋を出た。


(怒るとちょっとだけ声が低くなるところなんかも、クラウスまんまなんだけどなぁ)


 ――おはようございます姫様。本日もこのクラウス、貴女様を全力でお守りいたします。

 ――姫様。なかなかお戻りにならないのでお迎えに上がりました。

 ――姫様。そろそろお休みになられてはいかがですか? 明日の公務に響きますよ。


 私が王国にとって大切な『聖女』だったからだろう。

 クラウスはとにかくセラスティアに対し過保護だった。

 でもいつも優しい笑みを浮かべていた。その笑顔がセラスティアは大好きだった。

 

 来月の誕生日、私は18歳になる。

 今の私に奇跡の力なんてない。聖女の証もない。

 だから前世のような酷な運命は待ち受けていない。

 このまま何事もなく平和に過ぎるのだろう。

 でも私にとってその日はやっぱり特別で――。

 

(せめてあの頃のような笑顔で「おめでとう」って言って欲しいなぁ)


  ⚔⚔⚔


「その顔じゃ今日もダメだったの? レティ」


 教室に戻ると友人のアンナが苦笑いを浮かべていて、私は力なく頷き彼女の隣の席に着いた。

 アンナはふわふわの赤毛を揺らしそんな私に優しく笑いかけた。


「お疲れ様。レティがこんなに積極的だなんて思わなかったわ」


 アンナは初等部の頃からの親友。でも前世云々の話はしていない。

 親友だからこそ、きっとこんな話をしたら私がおかしくなってしまったと余計な心配をかけてしまうに違いない。

 だから彼女は、私がユリウス先生に一目惚れをしてそれから猛アタックしていると思っている。


「恋は人を変えるって言うけど本当なのね。その髪型、レティによく似合ってる」

「ありがとう、アンナ」


 以前は三つ編みにしていることが多かった私。

 でも最近は先生に思い出して欲しくてセラスティアのようにハーフアップにして薔薇をかたどったバレッタで留めている。


「でも彼のどこにそんなに惹かれたの?」

「そりゃあカッコいいし、博識だし、優しいし」

「優しい? ユリウス先生が?」


 目を丸くして本気のトーンで訊かれて、思わず言葉に詰まってしまった。

 ……クラウスは優しかった。

 

(でもユリウス先生に優しくされたことは……確かにまだないかも)


 そのことに自分でも小さくショックを受ける。

 と、そんなときだ。


「お前またアイツのとこ行ってたのかよ」

「ラウル……」


 偉そうに腕を組んで私たちの前に立ったのは、ラウル・ファヴィーノ。

 金髪に碧眼、まるでクラウスのような見た目の彼も初等部からの幼馴染。

 そして一応、私の「許婚」。

 と言っても、あくまで親同士が勝手に決めたこと。私も彼もその気は全くない。

 家柄の良い令息令嬢が大勢集まるこの学園では別段珍しいことではなかった。


「あんな鉄仮面のどこがいいんだか」


 鼻で笑うように言われてムっとする。


「煩いなぁ。人の事をどうこう言うより、ラウルこそいい加減本命決めたらどう?」


 そう、彼は昔っから女の子が好きで、いつも恋人を取っ替え引っ替えしている。

 ルックスが良いことは認める。しかもあのファヴィーノ伯爵家の三男坊。この学園の中でもトップクラスの家柄である彼に近づく女の子は後を絶たない。

 でも何度か揉めている、いわゆる修羅場を目撃したこともあって幼馴染としては少々心配なのだ。


 痛いところをついてしまったのだろうか、彼は一旦口を噤むと私を睨みつけた。


「本命なら……」

「え? いるの?」

「――や、ここを卒業するまでは俺は自由でいたいんだ。それまでは好きにさせてもらうさ」


 そうしてカラカラと笑いながら彼は早速他の女の子たちの方へ行ってしまった。


「いつか痛い目に遭っても知らないんだから」

「相変わらずね~」

「え?」


 アンナがやれやれと頭を振っているのを見て、私は首を傾げる。


「ラウルもまさか、恋愛に全く興味なさそうだったレティが教師に一目惚れするなんて思わなかったんでしょうね」

「一目惚れっていうか」

「違うの?」

「……ううん。違わないけど」


 見た瞬間にビビッと来たのだ。ある意味一目惚れであることは間違いない。

 と、そこで教室の扉が開きユリウス先生が入ってきた。

 背筋がピンと伸びた隙のない美しい歩き方はあの頃のクラウスを彷彿とさせて。


(やっぱり、好きだなぁ)


 そう心の内で呟きながら教壇に向かう彼を目で追っていると、隣から少し呆れたような溜息が聞こえてきた。



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