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Ⅱ-『普通』とかいう気に食わないヤツ

「……でもさ、京子」


「菓子パン要らないってば」


「その話はもう終わったよ」


 不遇な菓子パンの最後の一口を口に放り込み、私は続ける。


「さっきから普通普通って言うけどさ──『普通』なんて無いじゃん」


「やだぁ、すーちゃんが普通のこと言ってる」


「えぇ……?」


 京子の言っている意味が分からず彼女の方を見てみるが、彼女は卵焼きに夢中でこれ以上の説明をする気は無さそうだ。

 諦めて私も二つ目の菓子パンに意識を戻す。購買では一番人気のメロンパンだ。これでもかというくらい砂糖がまぶされたこのパンといちご牛乳を一緒に飲むのが、私の日課なのである。この不健康なことをしている感覚が癖になってやめられないのだ。どちらも果物の名前がついているくせして安っぽい甘さしかしないのも面白い。


 ……と、私は、京子の箸が止まっていることに気付いた。


「京子、どうした……?」


 返事がない。ただのしかばねのよう──


「──『普通』なんてちょろいよ‼」


「うぉっびっくりした」


 突然立ち上がって叫んだ京子の声が踊り場に木霊する。階段の下の方から「今なんか聞こえなかったか?」「たぶんアレだろ、七不思議」などという男子生徒の適当な会話が微かに聞こえた。


 私はと言えば、メロンパンを持ったまま唖然として京子を見上げることしか出来ない。


「えっと……京子さん? 熊でも出た?」


「熊に出会ったら大声出しちゃダメだよ、すーちゃん。あと走って逃げるのもダメ」


「そうなんだ、勉強になった……って、そうじゃなくて」


 マイペース過ぎる人間の女の子に出会った場合はどうすればいいのだろう。


「あー、ごめんごめん。普通の話ね。──ねぇ、すーちゃん。さっき、すーちゃん『普通なんてない』って言ったでしょ?」


「うん、言ったね」


「でもさ、例えばあたしたち、毎日こんなところでご飯食べてるけど──どうしてれば『普通の女子高生』なのかって、薄々分かってるでしょ?」


「それは……何、教室で机くっつけてグループでお弁当食べたり、二つ折りケータイをデコったり、放課後はみんなで甘い物を買い食いしたり、みたいなこと?」


「そうそう。スカートを膝上丈にしたり、腰にユニクロのカーディガンを巻いたり、プリクラ撮ったり」


 言われてみればそうだ。普通なんてありません、みたいな、どこかで耳にした都合の良い通説を信じたまま、それ以上『普通』について考えたこともなかったが──私たちが漠然とイメージ出来てしまう以上、『普通』は残念ながら、在るらしい。みんなの共通認識として、世の中にのさばっているらしい。


「だからさ、普通ってちょろいよ、すーちゃん」


「うん、何となく京子が何を言いたいか分かってきた」


「さっすがすーちゃん。──つまりさ、『普通』が何だかあたしたち知ってるんだよ。敵の姿は丸見えなんだよ」


 敵なのか、『普通』。


「だからさ、すーちゃん」


 そう言って京子は、私の真横にすとんと腰を降ろす。そして手に持っていた弁当箱を置くと、私の手をぱしっと取った。その勢いで少しだけメロンパンが潰れた。


「やってみようよ、『普通の女子高生』」


「えっ」


「ずっとじゃないよ、一日、しかも放課後だけ。さすがにあたしたちが膝上丈スカートで教室に入ったら色々と不都合だし。あたしとすーちゃんでさ、あたしたちが『普通の女子高生』だと思うこと全部やるの。スカート折って、カーディガン巻いて、甘い物食べてプリクラ撮って。すーちゃんとなら絶対面白いと思うんだよね。──どう?」


 一気にまくし立てられて勢いに押されてはいたが、私と京子の仲だ、京子の言いそうなことくらい見当はついていた。そして、見当がついた時点で──私の返事は、もちろん決まっていた。


「乗った。やろう、『普通の女子高生』ごっこ」


「すーちゃんならそう言ってくれると思った!」


 心底嬉しそうに、京子は私の手をぎゅっと握る。すっかり平たくなったメロンパンも、この笑顔に免じて許そう。いちご牛乳で流し込んでしまえばきっと、なんてことはない。


「で、いつやる?」


「今日やろうよ!」


「今日は無理だよ。今日文芸部あるし」


「あっ、あたしも茶道部あるんだった……じゃあ来週の今日は?」


「よし、決まり。京子、そのふわふわの髪、いかにも女子高生です、みたいなサラサラにしてくるんだよ」


「そういうすーちゃんこそ、当日はそんな時代錯誤の三つ編みと眼鏡は禁止だからね。文庫本持ってくるのもダメだから!」


「相分かったとも」


 これは叛逆だ、私は何となくそう思った。いつかは『普通』に憧れ、努力までして目指したのに、いつの間にかそれを自ら拒み、突き放した私たちの小さな叛逆。自分で『普通』とは真逆の方向に進んだ筈なのに、いつかの憧憬が微かに残っているような、それが癪でたまらないような──そんな私たちは、やろうと思えば『普通』なんて簡単になれる、でもそうで在りたくないから自分でこの道を選んだのだと、そう言い切るためにきっと、こんな遊びをするのだ。叛逆よりも復讐の方が近いだろうか?



 とにかく、私と京子は、今日からちょうど七日後、思い切り中指を立ててやることにしたのだ。──『普通』とかいう、気に食わないヤツに。

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