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結局のところ、その夜はなにもなかった。
あったのは次の日の夜のことだった。
学生用の狭いぼろアパートで一人ぼんやりとしていると、なにかが聞こえてきた。
いや、聞こえてきたわけではない。
それは音とか声といった類のものではなくて、耳で聞いたわけではないのだから。
頭の中に直接聞こえてきた。
いや、それも正しくない。
音とか声とかいったものではないのだから。
頭の中に直に意志を伝えてきた。といった感じか。
声が聞こえないのに脳が聞こえていると判断した、というかなんだか説明しがたいものなのだが、頭の中に入って来たのは言葉であることは間違いない。
それはこう言っていた。
――やっと会えた。
――やっと会えた?
戸惑っていると言葉がまた入って来た。
――わたしよ、わたし。あの廃病院にいたの。
――!
あのときに感じたなにかか。
その正体が一日置いて俺のアパートまで来ている。
当然のことながら恐怖を覚えた。
――怖がらないで。わたし、あなたに危害なんてくわえないから。