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ヒスイとコハク  作者: 九十九 少年
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石の巫女

 石像病の前兆は1ヶ月前からで、涙、唾液に何か砂のようなものが混じっているのを感じ、それから時々、体が動かなくなる事が度々あったらしいが、すぐに治り気にはならなかったらしい。

 思い返すとコハクが青の池の帰り道、足場の悪い獣道でもサクサクと歩けていたのに村の整備された道でいきなり転んでしまった事は石像病の兆候だったようだ。

 

 別れた後の深夜に目に痛みが走り、ドットとペリに見せた所、涙と共に砂が異常に混じっていたらしい。それを見た二人は石像病を疑い村長の元へ駆けつけると石像病の話はすぐさま拡がって今日の昼間の騒ぎから今に至る。

 

 帰り道、ヒスイは色々と考えた。家に着くとすぐ大量の書物から石像病に関しての記述を探し始めた。

 

 ヒスイの家の明かりはその夜、消える事はなかった。


 翌日から日中は書物を漁り、夜にはコハクの家を尋ねる行動を繰り返した。石像病に関しては伝承、症状の記述しかなく治療方法は見つけられない。

 

 三日後の夜にコハクの家を尋ねるとドットが帰ってきていた。


「よお、ヒスイ久しぶりだな」

「お久しぶりです」


 ドットは大柄な体で性格も豪快そのものだ。そんな彼も表情から疲れが見えている。ヒスイは居間に通され、ドットは腰を下ろすと、ヒスイも腰を下ろし会話が始まった。


「ここ数日、毎夜訪ねて来てくれているんだってな、すまないな」

「いえ、とんでもないです…それでコハクは…」


 一呼吸の後、ドットはヒスイの目は見ずに再び口を開いた。


「知っての通り、あの子は石像病だ。これから守り神としてこの村に捧げる事になる。今までは検診が行われていて、今日、正式に石像病だと判断された」


 淡々と話を進めるドットに対してヒスイはその態度に不快感を募らせた。


「これからどうするんですか?」

「明日から守り神としての禊が行われていく予定になる」

「違う!あなた達はどうするんだ!?」


 ヒスイは声を荒げながら立ち上がった。後ろで見ていたペリはそのヒスイの初めて見せる態度に驚いた。


「…どうするって?」

「このまま、石像病を受け入れてコハクは村の守り神になるのか、ドットさんもペリさんもコハクに対して何もしないんですか?」

「コハクを助けるって事か?」

「それ以外に何があるんですか」

「石像病は神に愛された者の病なんだぞ、村、家族、本人にとっても光栄なことなんだ。受け入れるべきなんだよ」

「本当に言ってるんですか」


 一旦会話は途切れ険悪な雰囲気は続きお互い睨み合いが続く。


「第一、治療方法なんかあるのかよ」

「それは今探しています」

「適当な事ばっか言いやがって!ふざけんな!」

「このままコハクが死ぬのをただ待つのですか!」


 その言葉がドットの琴線に触れ、勢いよく立ち上がり次の瞬間、ヒスイの頬が硬い拳で撃ち抜かれた。ヒスイの体が吹っ飛び”ガシャン!”と大きな音と共に棚が崩れる。


「ちょっと!やめて下さい!」


 その音に驚いたペリが飛び出してきた。


「帰れ!!」


 ドットはそう言い放つと、ヒスイはゆっくりと立ち上がり、ペリを横を何も言わずに通り過ぎ家を出た。興奮していたドットだが、力が抜けたのか尻餅をつくかのように腰を再び下ろした。


「…ペリ…酒持ってきてくれ…」

「…私も付き合うわ…」


 普段は大きく力強い背中のドットだったが今は悲しげで弱々しい。そんな背中をペリは優しくさすった。


……


 翌日も変わらずヒスイは家に籠って石像病に関わる記述を探し続け、夜にはコハクの家を訪ねた。ペリが出てきてくれるもののドットとの一件からコハクが戻ってきたかどうかの確認しかしなかった。ちらっとドアの奥に目をやるとドットの大きいが寂しい背中が見える。この日もコハクが戻っていない事を知るとそそくさと後にした。

 

 四日目、朝から本を漁るが情報得られず、この日はコハクの家には向かわなかった。

 

 五日目、この日も何の情報も得られず。

 

 六日目、早朝から日が沈むまで村人に石像病について聞き回るが情報は得ることは出来ない。

 

 七日目、再び書物と格闘するが、読めども読めども石像病の実態はどこにもなかった…


 いくら探しても手掛かりが無い状況に気が滅入ったヒスイは一冊の本を取り出す。それは誰かによって書かれた手記。ヒスイはこの手記だけは昔から常に読めるように手元に置いてあった。一人の考古学者が世界中を駆け巡り人種や町、文化、食べ物、自然現象、宗教、神話などを纏めた物だ。ある一節にフローラという都が出てくる。そこは学問に栄え、世界中の知識が集まると言われ、どうやらこの本の著者はフローラに暮らしていたようだ。


 この手記をヒスイは数え切れない程、読み返してる。だがヒスイは全く飽きる事なく読み続けられた。ある程度、読み進めていく内に疲れには勝てなかったのか、瞼を一瞬閉じた所、深い眠りに入ってしまった…


…ヒスイの目の前にぼんやりだがは美しい女性が映し出された。


”ヒスイ、この世界はとても広いのよ”

”外はとても危険だって聞いたよ?”

”それは違うわ、外には素晴らしい世界が広がっているの。お父さんが知っているわ”

”お父さんはどこにいるの?”

”今はね、ちょっと遠くにいるの。もう少しすれば会えるから。そうしたら皆一緒に暮らそうね”


 場面は変化し、先程の美しい女性が頭を優しく撫で語りかける。


”ごめんね、絶対に帰ってくるからいい子で待っていて”

”…お母さん…?”

”…愛してるわ、ヒスイ”


 ヒスイは夢を見ていた。ヒスイはゆっくり瞼を開き眠りから目覚める。夢は幼い頃の”ラズリ”の記憶であった。再び手記に手を伸ばしペラペラとページを捲る。

 幾度と読んだ手記だがやはり石像病の事は書かれてはいない。空白のページが続き最後のページに差し掛かるとそこにはある人達へ綴ったメッセージだった。



”親愛なる家族へ いつか君たちと世界へ。  ラピス”

   


…外はすっかり暗くなっている。


 人々は深い眠りの中で、ヒスイは何となく”青の池”へ向かう為に家を出た。

通い慣れた獣道の道中にも今夜はいつもより多くの夜光虫が飛び回る。気にしつつも池に着く数歩手前、誰かの気配を感じた。ヒスイは注意を払いながら最後の枝を潜り抜けた時、池の前で座り込む人影を見た。


 コハクだった。


 その後ろ姿は以前より小さく痩せたように感じる。一歩踏み出した時、足音にコハクが気が付き、ヒスイの方を振り向いた。


「ヒスイ…久しぶりだね」


 彼女は微笑みながらそう言った。


 ゆっくりとコハクの方へ歩いて行き横に腰を下ろした。二人の間は前より離れていた。


「ごめんね、この前は約束破っちゃって」

「虫避けの香水だ」

「え!持ってきてくれたの!嬉しい!」


 コハクはいつもように振る舞った。香水を手首に数滴かけ擦り合わせ香った。


「すごいいい香り。こんないい香りなのに虫は嫌いだなんて何だか不憫ね」

「……」

「……」


 会話は途切れ目の前の美しい景色を二人は見つめるしかない。沈黙を破ったのはコハクだった。


「私、石像病になっちゃったんだって」

「……」

「これから時間をかけて村の守り神になるんだって」

「……」

「ここ数日間、大変だったんだよ。色んな儀式みたいなの受けたり、体調べられたり…あ、もちろん皆女の人だったけど!」

「……」

「…何か言ってよ…」

「…コハクは本当にこのまま石像病を受け入れるつもりか?」

「え…」


 ヒスイの言葉にコハクは何と言おうか少し考えて答えた。


「色々聞いたんだけどね、治らないんだって」

「……」

「私は受け入れるよ。それが村の為になるんだし。皆が幸せになるのなら」

「……」

「けど、やっぱりちょっと不安かな~」

「納得は出来ない」

「……」

「何かあるはずだ、治療法が」

「急にどうしたの?…治すっていったって…村は喜んでいるんだよ?」

「病魔を神格化していること自体おかしい話だ。それで人が幸せになる事がどうして言える?」

「それはそうだけど…」


 コハクはいつもとは違うヒスイの言動に困惑した。


「ははは、なんか今日のヒスイ変だよ。自分から話すし声もはっきりしてる」

「コハクは、本心なのか?」


 真剣な表情のヒスイに対してコハクは目を合わせる事が出来ず言葉に詰まり、戸惑ったが何とか笑顔を保ち続ける。


「はい!お終い!ちょっと疲れているんじゃない?最近薬の調合で忙しかったんでしょ?それよりもう帰ろうよ、今更だけどすっごい遅い時間だしさ」


 そう言うとコハクはヒスイに背を向け帰り道の方へ早足で向かう。ヒスイは何も言わずに見ていたが茂みに差し掛かる手前、コハクは立ち止まる。自分の肩を両手を抱えると体が小刻みに震えていた。


「どうしよう…怖い…やっぱり怖い…私、どうなっちゃうんだろう…」


 コハクの底知れない恐怖心が漏れ出し、その場から動けず村へ帰る一歩がどうしても踏み出せないでいた。そんな姿をヒスイはじっと見つめる。ヒスイはコハクに近づき背中越しに話した。


「それがコハクの本心だろ?だったら探そう、治療方法を」

「…どうやって…」

「家の本を隅から隅まで調べ尽くす。必ず何かあるはずだ」

「…石像祭の後、私はもう村には下りる事は出来ないんだよ」

「それまでに見つける」

「…本当に?」

「信じてほしい」


 一週間後、石像祭でコハクは正式な義を受け、石像になるまで人目につかない場所へ隔離される。残された時間は少ないが、その優しく、力強い声にコハクは肩から手を離しゆっくり後ろを振り返りヒスイを見ると、その言葉を信じてみたくなった。


「…ありがとう…私、ヒスイを信じるよ」


 水面に映し出されていた月はすでに無くなっていた。

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