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ヒスイとコハク  作者: 九十九 少年
23/24

終わり始まる


 進むにつれ”声”が大きくなって行き、呼ぶ方向へと進むが次第にヒスイの意識は遠のいて行く。


「大丈夫?」

「大丈夫だ…何か話をしよう…何がいいかな…」

「珍しいね…ヒスイからそう言う事言って来るなんて…そうだね…村の皆元気かなあ…ヒスイってガーネと喋った事ある?」

「ガーネか…何度かあるよ…コハクと話していた時、こっちをじっと見てきて一人になったら話しかけられたんだ『あんたコハクの事どう思ってんの』って…あの時は何も答えられなかった」

「ふふ…ガーネらしいなあ」

「ゾイは何度か俺に突っかかって来たな…いつか文句を言ってやろうと思ったけど最後あいつに救われると思わなかったな…もし会えたら話したいよ」

「ゾイは不器用だけど本当にいい奴だから」

「…フローラでは医者を目指そうと思う」

「決めたんだね…優しいお医者さんになれるよ…ふふ、本当に不思議、こんな事喋るヒスイって」

「本当はお喋りなんだよ」

「あはは、何それ」


 それからもお互い病魔や傷の事も忘れてしまうくらい色々な話をして笑い合った。

 だがコハクの体の石化は速度上げ、ヒスイから流れる血は地面に小さな川を作っていく。


 ”声”が更に大きくなって行く中、ヒスイは奇妙な物を見つけ止まった。


「どうしたの?」

「…人の…石像だ…」


 目の前に突如現れた人の石像、その表情は苦しみと悲しみに満ちている。

 どうやらこの石像一体だけではなく周りを見ると何体も存在したていた。


「…全て…苦しそうな…顔をしている…」

「…ジェットの荒原で助けてくれた人が言ったの…石像病の人は疎まれ一人でどうにかするしか無いって…苦しみに耐えてここまで救いを求めに来るって…」

「…そう…か…」


 ヒスイの反応が明らかに鈍くなっていた。もはや二人に時間はない。


 二人はその石像の集団の中を進んでいくと徐々に霧が晴れていき、高地だと言うの森が現れたこの先に必ず何かがある事を二人は信じて進むと、森が終わり視界一面に草原が広がり空ではもう星が輝いていた。


「…着いたのか…?」

「うん…すぐ近くで”声”がする」


 ヒスイはぼやける視界で見渡すと風で揺れる草原の中央に何かを見つけ、そこに向かって歩き始めた。

 一歩一歩がとてつもなく重くコハクは何か言っているようだが、もう聞こえない。

 流れる血もほとんどないようでポタポタと小さな赤い雫が垂れ緑の草を染めた。

 それでもコハクを決して離しはしなかった。ゆっくり、ゆっくり歩いて、そして何かの目の前までたどり着くとヒスイは力尽き倒れてしまいコハクは投げ出された。


「う!…ヒスイ!ヒスイ!しっかりして!」


 コハクは意識を無くしたヒスイを必死に呼び起こそうとしたが、反応がなく不安に駆られている

その時だった。


(…あなたは石の子ですね…)


 それに驚いたコハクがその声のする方へ顔を向ける。

 そこには大きな岩があり、その中心には人の顔があった。


 その顔の目がゆっくりと開くとコハクを見つめる。


「もしかして…あなたは『始まりの人』ですか?…」


 目がほとんど見えないコハクには何がそこに在るかが明確には分からなかったが、この声の主が『始まりの人』だと本能で確信した。


(長い道のりでしたね…この呪いに罹りながらもよく辿り着きました)

「呪い?これは病気ではないのですか?」

(私が『始まりの人』だと言われる所以…村を石像病から救ったと言われているようですが真実は違います…石像病に…神に魅入られた者は私一人だったのです。村は私を神の元へ捧げ繁栄を保とうとしました。それを私も受け入れ、この神の山と呼ばれるスフェーンで石化し私自身も神になるはずでした)

「神になるはずだった…?」

(そう…石化が進み、この世界での死を迎えようとした時、私は神の意志に抗い生きたいと願ってしまった。そして神にもなれず人でもなくなり、体は石化、この場所で何千もの時を過ごす事になりました。それでも神の怒りは凄まじく、私だけで終わるはずだった石化を呪いとして今の時まで石像病として多くの人々を苦しめました。そして私を求めこの地を目指した者達はもう少しの所で石化が進行し、その場から動けず完全に石像となってしまい、今まで誰一人辿り着けはしなかった…)

「それがさっき有ったっていう石像達…」

(…ですがあなたは辿り着きました。あなたが『終わりの人』なのです)

「『終わりの人』?」

(この呪いを終わらせる方法…それは私自身がいなくなる事…半神である私が石の子の願いを叶える時、私は役目を終え、この世界から消滅します…願いを叶える者、それが『終わりの人』です)

「私が『終わりの人』……」


 今起こっているのは夢なのか、現実なのか、不思議な感覚にさせられたが足元でヒスイの浅く弱い呼吸が聞こえた時、コハクは自分がやらなくてはならない事を思い出した。また『始まりの人』も問いかける。


(『終わりの人』あなたの願いはなんですか)

「お、お願いです!私達を助けて下さい!」

(それは、あなたと…そこに横たわる彼の命を救うと言う事ですか)

「そうです!私と、このヒスイの命です!」


 その願いを聞いた『始まりの人』はコハクを見つめるだけで何も言葉を発しない。風が吹き草が揺れ擦れる音だけが周囲を包む。


「…なぜ何も言ってくれないのですか…」

『始まりの人』は戸惑うコハクに対して重い口を開く。

(その願いは叶える事が出来ません)

「え…」


 コハクはその答えに頭が真っ白になった。唇も肩も震えながら問う。


「な、何故なんですか!?何でも願いを叶えてくれるのではないのですか!?」

(…あなたの願いには事象が二つ…あなたの命と彼の命が対象となります)

「…どう言う事ですか?…」

(先程も言いましたように私は半分神であって半分人間なのです。力足らずの私では一つの事象に対してしか力が及びません)

「それは…私達のどちらかの命しか…助からないと言う事ですか…!」

(その通りです)

「そんな!…お願いです!…どうか私達二人共助けてください!」

(不可能です)

「うそ…」


 コハクは言葉を失い、黙り込んだ。


 だが段々と体の内から沸沸と湧き上がる物を感じ、そして今まで溜めてきたそれは雪崩のように身体中を巡り感情を爆発させた。


「ふざけるな!ここまで来てどちらかしか助からないなんてあるか!どれだけヒスイが傷ついてここまで私を導いてくれたと思ってるんだ!片足もなくして…!人間二人も救えないで神なんて名乗るな!」


『始まりの人』は黙って見ていた。興奮状態のコハクは声を荒げ呼吸を乱すが、ゆっくりと冷静を取り戻していった。


「本当に…どちらかしか助からないのですか…」

(…残念ですが)


 どうしてもこの事実は覆らないと確信すると、横で瀕死状態のヒスイに問い掛ける。


「こんなの酷い…残酷すぎる…ヒスイ…どうしよう…私どうしたらいいの…分からないよ…教えてよ…」


 宙を彷徨っていたコハクの手がヒスイの頬に触れると、そこに昨日感じた体温はもうない。

 その体温は彼女に一つの決断をさせると意を決し『始まりの人』へ体を向け言った。


「決めました…お願いです!ヒスイの命をどうか!…」


 言い終わろうとした時、彼女の左腕をヒスイの手が無意識に強く掴みその願いは中断された。


 ヒスイはその願いを決して許さなかった。


 最後の力を振り絞り彼女を止めたのであった。

そしてうっすらと開いたその瞳は完全に光を失い体は冷たくなっていた。


「そんな…うそだよ…」


 その手からヒスイの思いと、もうここにはいない事を知ったコハクは大粒の涙を流した。


「ずるい…ずるいよ…私だけで良かったのに…私は貴方がいなきゃ嫌なのに」


 泣き崩れるコハクに対し『始まりの人』は無感情で再び問い掛ける。


(…どうするのですか)

「そんなの私に決める事なんて出来ないよ…」

(彼の命はそこにはもうありませんよ。次の命へ生まれ変わる生命の渦に飲み込まれれば永久に戻れはしません)


 沢山の感情や思い出が溢れる中、旅の始めにヒスイが用意してくれた”命”の絵本を思い出した。


「次の命…生命の渦…」


 涙を溜めながらコハクは尋ねる。


「人は…命は…死んだ後…どこに行くんでしょうか」

(命の量は一定です。死の後には新たな生が待ちます)


 そして考えに考え抜いた先、一つの答えに行き着く。


「ヒスイ…私達に残された未来はこれだと思うの…私を信じて…願いを言います…私達がこの世界で死を迎えて、生まれ変わった時…私をまたヒスイに会わせて貰えますか…」

(…それは貴方の魂を彼の元まで導く一つの事象になり願いは受け入られます。ですが新しい命の二人が同じ世界、同じ時間に存在するか、もっと言えば人でない場合もあります…人として出会うにはどうしようもなく果てしない時間をかけるやもしれません)

「それでも構いません…どれだけ時間が掛かったとしても…私はヒスイに会いたい!」


 切なる願いが響いた。


(…分かりました)


 願いは受け入れた。


 すると一つの強く光る球体が現れ、コハクの胸の中に吸い込まれて行く。


(ああ…ありがとう…これでやっと終われる…)


 そう言った『始まりの人』はもう動く事はなくなり、ただの石と成り果てた。


「終わったの……?」


 呆然とするコハク。

 静寂が彼女を包み込む。


 いつの間にかヒスイの手が腕から離れていた事に気が付くと、コハクは手探りでヒスイを探し頭を胸元に寄せ優しく抱きしめた。


「…もうこんなに冷たい…ごめんね…こんな事にさせちゃって…村を抜け出して、二人で旅をして…すごく昔のよう……楽しい時も…辛い時も…いつも側に居てくれた…いつも私の事をずっと思ってくれていた…

…私は貴方に生きて欲しかったけど…貴方はそれを許さなかった…けど、これで良かったよね…この世界では幸せにはなれなかったけど…ずっと一緒にいようね……もっといっぱい伝えたい事があるけど…もう時間かな…」



…貴方が私の為にしてくれた事絶対に忘れない…

…貴方が私の為に生きる事…

…私が貴方の為に生きる意味…

…ありがとう…これからも宜しくね……



 コハクの目の前は徐々に暗くなり意識が無くなった…

 いつの間にか無数の夜光虫が現れ二人の周りを美しくも悲しい光を放ちながら舞う…



……



…数ヶ月後



 スフェーンの険しい道を進む二人がいる。

 一人は大柄な男、もう一人は華奢な女性、それはドットとペリであった。


「はあ、はあ、ドット、ちょっと待って」

「ん?ああ、すまない」


 ある時を境に、常にスフェーンを取り巻いていた霧が晴れ、その全貌を現すようになった。

人々は驚き不思議に思ったが神の山と同時に死の山と称されていることから、不気味に感じ近づく者はいなかった。


 ヒスイ達と別れた後、ドットとペリも遅れて外の世界へと足を踏み入れたが、ドットが逃走中に足を怪我を負った為、フローラで落ち合う事が出来なかった。それでもフローラに着いた二人は、宿屋ウトに行き着き、ヒスイ達がスフェーンを目指している事を知った。


 時間の経過がある為、ヒスイ達がもうここに居ない可能性が大きかったが、それでも何か痕跡や手掛かりがあると信じてドットとペリは山頂を目指す。


「あの子達、大丈夫かしら」

「大丈夫だ。あの二人は強い」

「そうね…二人が戻ったらご馳走作ってあげなくちゃ」

「酒が飲みたい…ポロは美味かったな」

「飲み過ぎはダメよ。フローラでは酷かったんだから」

「…その件はすまなかった…」

「ふふふ…四人で…フローラで暮らしましょう」

「そうだな」


 快晴の中、細く狭い断崖の様な山道を渡っていくと、緑が段々と増えていく中で石像の集団が出現し息を飲んだ。二人はそれを一体一体確認するとコハクが居ない事が分かり安堵する。そして森を抜け、草原のある山頂へと辿り着いた。


「ここが頂上か…」

「綺麗ね…」


 風の吹く草原の中を歩き中央まで来ると二人は止まった。


「…ただの岩か…」

「…そうね…」


 そこにはかつて居た神の抜け殻があった。ドットがその抜け殻を見つめる中、ペリの様子が変わる。


「ド、ドット…」


 口を両手で覆い、震えた声でペリは言った。ドットはペリが見つめる視線の先を追うと言葉を失った。


 そこにあったのは蔦が絡みつき頭蓋骨を抱く少女の石像であった。


 それが何か分かった時、ペリは膝から落ちその場で泣き崩れる。


「ううっ…コハク!…ヒスイ!…ごめんなさい!ごめんなさい!」


 ドットはペリの肩を自分に寄せると一つ雫が頬を伝った…



……



…ぼんやりとした意識の中、瞼を開くと目の前には見慣れた景色があった。頭上で輝く月が水面に映し出され、近くで鳴く鈴虫と宙を飛び交う夜光虫の青い光が幻想的な景色を作り出している。


「あれ、私…なんでここに居るんだっけ…全部夢だったのかな…」


 コハクはまだはっきりとしない頭で、ただ呆然と目の前の景色を眺めていた。

 不意に気配を感じ横を向くと、そこにはヒスイがいた。


「…ヒスイ!良かった!良かった!」


 コハクは飛びつくと、やはりあの旅は自分の夢だったと、虫除けの香水を貰う約束をしたあの夜のままだと思った。だがヒスイが返す言葉はコハクを現実へと連れ戻すものだった。


「…来てしまったのか…」

「え…それじゃ…やっぱり…」

「そうだ…俺達は死んだ…」

「…夢じゃなかったんだ…けどこうしてまた会えた…!」


 ヒスイはどこか苦しそうに笑う。


「ここは生命の渦…見てごらん」


 そう言うと、ヒスイは池の中央を指差す。すると池の中から無数の小さな光の粒が空へと昇っていった。


「これって…」

「この光は次の世界へ向かっていく命だよ」

「この一つ一つが?」

「そう全てが…」


 二人は無数の光の粒が空へ昇っていくのを見つめた。


「あの日々は…君にただ辛い思いをさせるだけだった…そして君を救えなかった…本当にすまない…」

「ううん…私を連れ出してくれて、私の為に生きてくれた…私は嬉しかった…だけど貴方も死なせてしまった…」

「俺は、ただ君の為に生きたかったんだ。後悔はしていない」

「ありがとう…私、幸せだった」

「そうか…ありがとう…もう行くよ」

「行っちゃうんだ…あのね、時間が掛かるかも知れないけど待ってて…必ず探し出すから」

「ああ…待ってる」


 ヒスイは微笑みながら光の球体をなり生命の渦へと吸い込まれた


 …それを見守るコハクの体も徐々に形を失い飲み込まれていった。


「不思議な感覚…沢山の思い出と感情が溢れてくる…あれ?…私今何を考えていたんだっけ?…」


 光の中に飲み込まれれば飲み込まれるほど、今までの人生が蘇る。それと同時に彼女から一つ一つの記憶と感情が剥がれていき最後は無となった。


 ただ一つの想いを残して…

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