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1/6 「止める者」

「これは意味のない小説だ。だから読まないほうがいい。時間の無駄だ」


 俺はそう伝えるが、この人はそんな忠告もお構い無しにページを開いて、白い背景に無機質のように表示された文字列をじっと目で追っている。文章が読めているなら俺が言っていることだってわかっているはずだが、それでもこの人は俺を無視して読むことに集中している。


 この人は自分が読み解く文章の先にある何かを期待しているのだろうが、果たして求めるものが本当にあると思っているのだろうか。俺がわざわざ意味のない小説だと最初に伝えているのに、そんな言葉は見えない聞こえないというようにスルーしてただ愚直に文字を追っているだけだ。


  一字一句さえも見逃さない真剣な眼差しの奥には、どのような思考の世界が広がっているのだろうか。とりあえず読んでみようという好奇心なのか。何か裏があるのではないかという懐疑心なのか。まだ見ぬ世界を得ようとする未知への冒険心なのか。それともそのいずれでもない別の思惑があるのか。


 人は意味がないと断言されてしまうと、実は裏があって本当は意味があるのでないかと疑い、あるものとして思い込んでしまうとどこかで聞いたことがある。そして、実際に結果を受け取っても、最後には何かしら意味があったとこじつけるのだ。


 「本当だ。これには意味がないんだ。だからすぐに閉じるんだ」


 ……どうやらこの人に言っても無駄なようだ。意味がないとわかりきっている文字列の連続を興味津々な瞳で追うこの人の姿は、俺じゃ止めることはできないようだ。


 しかし、無駄であると助言しているのになぜ読んでしまうのだろうか。こんなにも親切に意味がないですよって俺が言っているのに、まるでその先が行き止まりで進んでも引き返すだけだと立ちはだかっているのにそれを押しのけて進もうとしているやつみたいだ。


  やはり声をかけても振り向いてくれないのならば、肩を叩くといった物理的な接触を介さないと気づいてくれないのだろうか。俺も物理的接触による注意勧告はしたい。けどそれは憚れる。


 なんてこった。それじゃ俺はこの人が無為な時間を消費するのをただただ見てることしかできないのか。時間は有限であり、金にこそ変えられても、その逆は実行不可能というのに。


 いや、まだだ。まだ最初の一ページ目だ。ここで止めることができれば最小限に済む。

  これまでに、といってもたった数分だが、消費された時間は無意味になってもこれから先の時間は無駄にはならない。

  この場で止める事ができればもっと有意義に時間を使えることだろう。


 さて、俺はこの人を止めたい。何とかして俺の言葉を心に届かせて引き返すように誘導したいところだが、どうすれば良いのかとても悩む。

 とある理由によって俺はこの人に物理的干渉ができない。それに他の誰かに頼むということもできないので、言葉で理解してもらう必要があるのだ。別に友人知人が全くいないということではないぞ? 本当だぞ?


 ふむ。……そうか! なぜこの人が読み進めるのかを聞けばいいのか!

 理由がわかれば対策もできる。もしもこの小説に意味を見出そうしているなら、いかにこれが無意味かを説明できればきっと手を止めてくれるだろう。俺が知っている限りの無意味さを伝えられればきっとわかってくれるはずだ! そうと決まれば早速聞いてみよう。


「なぜ、読み進める? どうしたら、俺の言うことを聞いてくれるんだ?」


 ……はあ、そうだよな。

 いや、心の何処かではわかっていたのかもしれない。この人に質問しても回答がないことが。

 でもわかっていても、一度くらいは聞いて見たくなるもんだろ?

 この人が意味があると思い込んでいる点と線の集合体を目でなぞっていくように、俺も届きもしない言葉を投げかけても見たくなる。

 意味がないとわかっていても、それでも試したいってのが人の心ってもんだ。

 もしかしたらこの人の心に何か変化があるかもしれないって。なにか疑問に思って止めてくれるかもしれないと。

  だが、それも失敗に終わっちまったようだ。


 さて、理由を聞いても回答がないのであれば対策は練られない。この人に何か伝えることができても、それを理解されなければ意味がない。まるでこの小説のようだ。


 確かに人の読む速度というものは人それぞれで、もしかしたらものの数十分で読み終わるかもしれない。けど、どこかに意味があるのかもと疑って読み進めたら、この小説を理解しようとする時間の分だけ無駄になる。


 読むだけなら問題はないかもしれない。けど、理解を始めようとするのはやめておいた方がいい。理解なんてするものが存在しないんだから。だから、時間の無駄だし、意味がないんだ。


 小説というのは読めば読むだけ何かを自分に与えてくれる。確かにそういうもんだ。

 でも中にはそれには該当しないものがある。まさしくこの小説がそうだ。いくら読んだところで何も得られないんだよ。

 この作者だって意味がないとわかっていながらも、どうしようもないただただ時間を引き伸ばすだけの文章を書き込んでいるだけで、そこには意味なんてものは存在しないんだ。


 どうしたら、その読む目を止めてくれるんだろうか。

 この人は左から右に文章を読むために移動させ、その文章がどういう文章でどういう意味かを理解しようとして、そしてそれらの意味を咀嚼して親鳥が我が子に餌を与えるように自身の心に感動を注ごうとしている。

 でもその餌には一切の栄養素が存在せず、いくら注いだところで心には虚無しか育まれない。まさしく無意味な給餌行動ともいえよう。

 しかし、それでもカロリーを無駄に消費することが必然となった眼球の左右運動を止めることはない。


 いや、待てよ?  そうか、あの手があったか。


「俺はこの小説の結末を知っている。意味がないって言うのもほとんどネタバレのようなもんだ。本当に意味がないんだ。ここでページを閉じておかないと本当に時間を無駄にするぞ?」


 そう、結末を教えてやればいいんだ。いわゆるネタバレというやつだ。けどネタバレというほどのネタなんてものがこの小説にないのが説得力に欠けるところだ。ネタバレがないのがネタバレといえばいいのだろうか。


 くそ。やはりまだ読み進めている。どうしてだ? 意味がないんだぞ? 本当だ。

 そんなに信じて疑わないなら最後のページを見てみるといい。それで全てがわかる。

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