俺といじめっ子と違法漫画サイトとアウトロー魔法少女
彼はどこにでもいる普通の男子高校生だった。
どこにでもいる、オタクで地味でクラスで目立たなくて友達が少ない普通の男子高校生である。
その日、彼は運悪く先生から体育倉庫の片付けを命じられていた。――ただそれだけだったなら『運悪く』とは思わなかっただろう。不運だったのは、同じクラスのいじめっ子Kとその友人と一緒にするように命じられたことである。
幸い、彼は本格的にいじめの対象になったことはなかったが、罵詈雑言を浴びせられたり、小突かれたりしたことはあった。出来れば近づきたくない相手である。
案の定、Kたちは彼にそうじを押しつけてきた。本来なら三人でやってはやく終わらせて然るべきだが、そう訴えることは出来なかった。
仕事を押しつけた二人は、一人掃除をする彼など気にせずスマートフォンを見ている。二人の会話が彼の耳まで届いた。
「あ、K、何読んでるんだよー」
「あ? これ『アウトロー魔法少女ルルカ』」
「何? 萌え系?」
「アニメになってたし面白いのかな、って。でも絵も下手だし微妙だわ。作者もふさげて書いてるだろ。ま、これ全部無料で見れるサイトだから。そうじゃなきゃ読まないし」
「だよなー。でもそれ違法サイトじゃねえの?」
「合法だよ、合法! なんか国外のサイトだから日本の法律は適応されないんだって」
「まじで? 俺も使うわ」
そんな会話を、彼は拳を握りしめて聞いていた……。
掃除を終えて家に帰った彼は、自室に籠もり、一人ベッドを殴った。
「くっそ……! お前なんかに……!」
彼は『アウトロー魔法少女ルルカ』の大ファンだった。もちろん原作コミックは全巻買っている。アニメ化したときは、DVDを買うお金はなかったが、配信サイトで有料で視聴した。主題歌CDも買っている。壁にはヒロイン・ルルカのポスターを張っている。
『アウトロー魔法少女ルルカ』は普通の魔法少女では太刀打ちできない一癖ある敵と、アウトローな方法で戦う魔法少女ルルカ(23)の活躍を描いた作品である。型破りな彼女の戦い方、普通なら伸ばなしになっている社会悪を裁く痛快っぷりに、いつも彼も元気をもらっている。
思い出すのはKの言葉。いや、作品を面白くないと言うのは自由だ。それは個人の自由だと思って許す。だが、無料で読んでおいてあの言いぐさ。さすが腹が立つ。
本当なら何か言ってやりたかった。けれどそんな勇気はなかった。
彼はスマートフォンを手にする。そして『ルルカ』の作者のSNSを開いた。――彼は作者のSNSもチェックしていた。あまり投稿は多くないが、作品への真摯な姿勢が伝わってくる内容である。作風自体は破天荒だが、作者自体は真面目で作品への愛にあふれている――そんなところも、ファンになった理由である。だからKのようないい加減な言葉を聞くと腹が立つ。
「でも……先生はそういうの興味ないのかな。著作権のこととか、お金のこととか……」
だったらファンの自分がこんなふうに怒るのはおかしいのでは――そう思ったときだ。
『そんなわけないでしょう。漫画家だってお金が欲しいのよ』
そんな聞き覚えのある、掠れた女の声が聞こえてきたのだ。
「こっ、この声は……」
『こっちよ、こっち』
彼は目を見張った。
なんとポスターの中のルルカがうんざりした顔でこっちを見ていたのだ。
「な、なんでポスターの中のキャラが……」
『あたしは魔法少女だから。魔法使えるに決まってるでしょ』
魔法少女らしからぬハスキーな声(アニメ通り)で、彼女は言った。しかしこの無理矢理っぷり、まさしく『ルルカ』である。
「やっぱり……先生も嫌な思いしてるのか……」
『当たり前でしょう。漫画家だって出来るだけたくさんお金が欲しいのよ』
「そ、そうなのか……」
『漫画家だけじゃないわ。作家もイラストレーターも歌手もデザイナーも……すべてのクリエーターは出来るだけ自分の作品がお金になってほしいと思ってるわ。彼らにも老後の不安とかあるのよ』
「老後の不安……」
この魔法少女らしからぬ言動。まさしくルルカである。
『それに……本になって出回るような作品には、必ず作者の熱意なり才能なりが詰まっている。それを楽しむなら、対価を払うのが道理というもの』
「そう、だよな……! 俺も出来ること、考えてみる! 警察……は無駄か……。先生に言っても迷惑だろうし、出版社に……」
『それもいいけれど』
ルルカはポスターの中で不適に笑っている。
『あなたの目の前にいるのは――アウトロー魔法少女なのよ』
それから数日後――
Kは早朝、姉が自室に飛び込んできて目を覚ました。
「あんた、これ、どういうことよ!」
血相を変えた姉はスマートフォンの画面をつきだしてきた。
寝ぼけてそれを見たKだか――その内容に目を見開いた。
そこにはKの本名や学校、住所などの個人情報とともに、万引きしている写真、動物を虐待している写真などが載せられていたのだ。
Kにも身に覚えが内容だった。彼がしてきたのは、クラスメイトへの嫌がらせ程度だ。(もちろんそれとて軽いことではないが、Kにとっては『その程度』である。)
「めっちゃ炎上してるんだけど!」
「は? 俺、こんなん知らねーし!」
「でも、うちの住所とか載ってるし……どーすんのよ、これ」
騒ぎを聞きつけ、母と父がやってきた。母は泣き出し、父はこんなことしたのかと殴りかかろうとしてくる。必死で叫んで、なんとか押し止める。
「ほ、本当に無実なんだな?」
「そーだよ!」
「じゃあ、とりあえず、警察だ、警察。個人情報保護法とか、なんかそんなんあるだろ」
そうして父親から、警察に相談の電話をする。
本来なら登校しないといけない時間だったが、それどころじゃなかった。なによりクラスメイトもこれを見ているのだろうと思うと、とても学校になどいけない。
警察からは調査します、という言葉。意外にもすぐにまた電話がかかってきた。電話をとった父の顔が、みるみるうちにゆがんでいく。
「え……取り締まれない?」
その言葉に、Kは勢いよく受話器を奪う。
「どーいうことだ! 俺は無実だ!」
『残念ながら……こちら海外のサイトで。日本の法の適応外なのです』
掠れた女の声だった。ハスキーな声は、半分笑っているようにも聞こえる。
『それでは、失礼いたします』
「あ、ちょ、まて!」
ガチャリ、通話が切れる音。
Kがどれだけ叫んでも、返事は帰ってこなかった。
Kが学校を休んだその日――彼は終業後、すぐ自室に帰った。
クラスメイトたちはKのことを噂しているのは、彼の耳にも入った。サイトを作ったのは、おそらく学校内の誰かだろうと話しているのも。――真相を知っているのは彼だけである。
『まったく……日本の法律に守られてる坊やが脱法サイトに手を出すなんて笑えるじゃない』
ポスターの中、ルルカはそう不敵な表情を浮かべる。彼は苦笑いを浮かべた。
「やり過ぎじゃないかなぁ、さすがに。確かにあいつはろくでもないやつだったけど……」
『何言ってるの。作者にとって不利益な行為は、キャラクターを殺しているも同意。むしろやさしすぎるくらいよ。ま、写真はねつ造だから間違ってもほんとに逮捕されるようなことはないだろうし、一時炎上しても、すぐ風化するでしょ。ネットなんてそんなものだし』
「そ、そうかな? でもどうやってあんなページ……」
『アウトローな魔法の力よ』
「本当にアウトロー! ……というか、あの違法サイトを潰すことも出来たんじゃ……」
『それは出版社とかの仕事よ』
「正論」
そういいながら、彼は複雑そうな表情だ。まだなにか気になるようだ。
『なに? あいつのことは個人的にも嫌いだったんじゃないの?』
「いや、まぁいい気味だと思うけど、なんか結局、匿名の掲示板とかで無責任にあおってる連中と一緒なんじゃないかって思って……」
その言葉にルルカはふっと笑った。
『そんな良心的なことを言うなんて……あなたにはアウトロー魔法少女の資格はないわね』
「え、そんな資格いらないけど」
というか、男子高校生なのに魔法少女って。ルルカがそのためにやってきたというのも、初耳である。
『その心、せいぜい大切にしなさい。――でも、そういうことならここにいる理由もないわ』
「え」
『でも……これからも応援よろしくね』
「ちょっと待って――」
最後に「ありがとう」と伝える前に、ポスターの中の彼女は物言わぬイラストに戻っていた。
だがしかし。ルルカが最後に言った言葉は、彼の胸の中にずっと残り続けるだろう――