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人類間引きミサイル

作者: 中村はちす

 西暦30××年、遺伝子操作によってテロメア細胞の活性化に成功した人類は、永遠の若さと長命……究極の”ピンピンコロリ”人生を手に入れた。


 しかし、この自然の理を大きく外れた遺伝子操作によって世界人口は激増。未曾有の食糧危機を招くに至った。


 地表の表面積だけでは食料を補えず、田んぼや小麦、ジャガイモ畑として活用してた広大な土地には、深い縦穴が掘られ、黒い屋根と壁で覆われたシェルターのような建造物が建てられた。”もやし畑”である。


 もやしは大根や大豆などの植物の種子に太陽光を当てずに育てるため、平面で育てる通常の作物よりも生産効率が高い。


 光を遮断する黒い建物の中には、何段にも土が敷かれ、人類の生命線たる、あまねくもやしたちがスクスクと育っていた。


 ただ空腹を満たすためならば、生産性の高い二十日大根を育てればいいが、これだけでは栄養が偏る。

 このことから、種子は二十日大根のほか、完全食に近い高い栄養価を誇る南米原産のほうれん草の仲間、”キヌア”が重宝された。


 しかし、キヌアは貧しい土地と寒い高原地方でしか育たない。


 世界各国ではキヌアを育てるために、火山性の養分が少ない土をもとめ、自国の山々を切り崩し始めた。


 世界遺産、自然遺産、それに準ずる名高い山々を切り崩し、もやし畑を築いても増えつづける人口により食料不足は慢性化の一途をたどっていた。


 誰よりも早くもやしを得るために、人々はもやし畑の近くにこぞって住み着くようになり、それがエスカレートすると、地下に住居を構えはじめて都市を築き、地表から人間の姿が消えていった。


 このままではまずい。もやしを食らって腹を満たし、陽の目をみることなく、もやしのような生活をしていては、人類としての誇りを失いかねない。


 誰かが、なんとかしなければならなかった。


 何とかしなければならない、と。誰かが言った。後に記される歴史に、魔女や悪魔と記されたとしても、死んだみたいに生きている人類を救わねばならない、と。


 世界各国の首脳があつまり、全世界のまつりごとを議論する”世界統一連盟”。


 彼らは長年にわたる協議の末、十五ヶ年の歳月を要して、自然淘汰の理をはずれた人類を淘汰すべく、残酷な計画をを打ち立てた。


”人類間引き計画”


 後生に残すに値する、優秀な人類を選別し、他の者たちを淘汰する。


 彼らが打ち出した虐殺ジェノサイド計画に、一五ヶ年の歳月を必要としたのは、選別方法に万全を期するためである。


 世界統一連盟は、世界各国の思惑やしがらみの何もかもを打ち捨てて、すべての人類を平等に生命の秤にかけられる人材を育成するための機関を設けた。


 ”新人類育成学校”である。


 この学校で十年間、英才教育を受けた国籍入り乱れる男女を、世界各国へ派遣し、五年間滞在させて知り得た経験を元に協議を行い、彼らが人類の選別を行うのだ。


 新人類育成学校のエリートたちが各国に派遣されている間、世界統一連盟は、人類淘汰の究極兵器”人類間引きミサイル”を開発した。


 このミサイルは、たった一発で人間を安楽死させるナノマシンを全世界に振りまくことのできる兵器で、ナノマシンは淘汰の対象になる人間だけを選別して活動するしくみだ。


 ……そして、選別の時は来た。


 十年間、苦楽をともに分かちあった秀才たちが、五年の歳月を経て再会を果たしたが、喜びを分かちあうにしては、集った理由が重すぎた。


 彼らは、世界統一連盟が勝手気ままに作成した”選別対象”のリストを元に協議を行った。


”血液型による選別”


”人種による選別”


遺伝子ゲノムの分析による選別”


 どれも一長一短で淘汰の果てにリスクが残るものばかりだった。生命の存続についての英才教育を受けた男女らは”労働もせず、学校にもいかず、職業訓練も受けていないクズ”であるNEETですら、世界が終わるまで潰えることのない強い生命力を持っていると信じていたからだ。


 わざと戦争を起こして淘汰を運に任せた方が、もっとも公平ではあるまいか。


 もともとが虐殺にあたいする計画なのだから、彼らには善悪モラルというしがらみは捨てていた。


 しかし、戦争を起こすにしても、地中に潜って日がな一日もやしを食べたり育てたりしているだけの一般人に、闘争本能なんて残っていないし、かろうじて機能している世界統一連盟も、全世界でもやしを育てるようになってからはほとんどの国交を絶っている。ある意味でもやしという存在が、無気力な精神と同時に、平和で平穏な日々をもたらしていたのだ。


「……そうだ。バカを淘汰しよう」


 協議の末、誰かが言った一言に、議会のみんなは同意した。


 バカといっても、いろいろある。新人類育成学校出身の男女らは、”バカの定義”についてを協議した。


 結局、明確な定義付けを行うことができなかったので、彼ら各々が確信する”バカ”についての情報を読み込ませたAI(人工知能)を開発し、このAIがバカな奴を判断して淘汰を行うことに決定した。


 彼らはその優秀な頭脳でもって、考えられうるかぎりの”バカ”の定義をAIにプログラムした。


 AIを起動する。秀才たちがインプットした”バカ”の定義と照らし合わせて”人類間引きミサイル”に搭載されたナノマシンに淘汰すべき人類の情報を入力する。


 発射ボタンは議会に参加した新人類育成学校の男女らの人数分用意された。すこしでも、人類虐殺の精神的ストレスを緩和させるための処置である。


 世界統一連盟からの承認を得て、秀才の男女らがボタンに手を添える。


 ……選別の瞬間が訪れた。


 …………………………


 誰もボタンを押すことができなかった。頭のいい彼らは、「自分が淘汰の対象ではない」という確信を持つことができなかったからだ。


 思想も国も垣根なく、全人類の生命を平等に秤にかけられるように育成された彼らであっても、やっぱり、自分の命が一番かわいかったのだ。


 しかたがないので世界統一連盟は、暇そうにしている男女に集まってもらい「このボタン押したら一億円あげるから、理由は聞かずにボタンおしてね」と依頼し、AIがバカと定義した人類を淘汰するようプログラムされたナノマシンを搭載した”人類間引きミサイル”のボタンを押させた。


 そして、ボタンを押した男女を含め、全人類が安楽死した。


 人類が滅んだ後、もやしたちはスクスクと育ち続け、光を遮る黒い屋根をつきやぶった。


 太陽光を浴びたもやしたちの葉緑体は活性化して緑の葉を茂らせ、世界中を覆い尽くして、地球は、緑の惑星に蘇った。


 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ワタシも・・・。 弱者ゆえに、自然淘汰される身。 甚だ親近感を覚えますな。 [一言] 短編としての出来映えは文句の無いところ。 後は何故<もやし>だったのかが読み味の切り口。 よしっ…
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