姫様は構われなくて拗ねている。
あの侍従、私の文句すら受ける気がないということだろうか。
一日と言わず数日空けている侍従に対し、私の鬱憤は最高潮にまで上り詰めていた。
侍女には「あらあら、拗ねておられるのですか?」等と子ども扱い丸出しなことを言われたけれど、当然そんなわけがないと言い返しておいた。それを良い笑顔で返されたのだから、侍女も侍従同様に私を怒らせて遊ぶ方法を見つけたらしい。
それほどに気を許してもらえるのは嬉しい。やっぱり嬉しくない。
一月経たずで諸外国の情勢やらをざっくりと把握出来るところまで来た。侍女には褒められたけれど、ここまで来たら侍従には盛大に褒めてもらわないと気が済まない。やや棒読みでは満足出来ない。
気になるのは魔物の襲撃の件だ。
祖国では私が定期的に焼き払っていたせいか寄り付かなくなり、代わりに近隣の国では度々出没しているとの動きだった。
あれでは被害を他国に押し付けているに過ぎなかったようだ。何も知ろうとせず、淡々と燃やしていた頃に少しばかり後悔が残る。
もう少し他国の状態も教えてもらえていれば……今更考えても仕方がないことだけれど。
直近の情報を見る限り、この国にもいつやってきてもおかしくない。
けれど、この国は魔法にも軍事にも長けていて、国民一人一人の魔力量が多いとは聞いている。一匹や二匹では誰でも駆除出来るが為に話題にしていない線もある。
こればかりは実際に視察に回ってみないと分からない。外を自由に歩きたいなんて我が儘は言わないから、他者に被害が及ばない方法で調べてみたい。
「一度、騎士達に話を聞いてみたいわね。何時なら都合がつくか、掛け合ってもらってもいいかしら」
「まあ、姫様御自身が参られるのですか? 役職を問わないのでしたら、いつでも誰かしらに空きはあると思いますが、お話するだけでしたらアズレト様にお任せするのが宜しいかと」
侍女の言う通り、別段私が自ら出向かなければならない理由はない。
騎士達も急に嫁ぎたての王妃もどきにやって来られて、尊大な態度を取られても鬱陶しいことこの上ないだろう。
早くも墓穴を掘る結果に終わるかもしれないけれど、私は今までと同じでは嫌だった。見られるものはこの目で、聴けるものはこの耳で聴きたい。
「私はあれより暇よ。貴方も知っているでしょう。私、今日は午後からやることがないのよ。暇潰しをさせてくれない?」
これまたどうしてこんな偉そうな言い方にしかならないのか。
それに、侍女も侍女で「では、御一緒させていただきます」と笑っていて、全く気を悪くした様子もない。
侍従と同じで私に甘過ぎる。これでは何年も使い続けてきた傲慢な言葉遣いはまだまだ直りそうにない。何処かで矯正しなければ。
午後からは私の我が儘の通り、侍女に騎士達の集まる鍛練場へと連れてきてもらっていた。
一応侍女が私が来ることを伝えていたそうだけど、物凄いざわつきようだ。私は珍獣か何かに分類されているのか。
手の空いている者を呼びつけては話を聞き、騎士達が交代して段々と情報が詳細になるにつれて、役職が上がっているようだ。隊長、部隊長と入れ替わった時には、本当に手が空いているのかと首を傾げた。
皆して私相手にやたらとそわそわしながら、堅苦しく敬語を駆使しながら報告してくれる。普段はもっと砕けた話し方をしているだろうに、「もっと楽にしていいわ」と声を掛けるも無駄に終わった。やはり、私は話をしにくい空気を出しているらしい。
十数人から聞いた情報をまとめる。
まずこの国の騎士の仕組みは、国民からの依頼で派遣されるようになっているということ。小さな魔物程度なら国民の誰もが駆除出来る能力を持っている為に、日頃からの巡回の必要がないらしい。
どれだけ小さくても魔物は魔物だ。それを誰でも何とか出来るとは、今までの常識が覆されるような話だ。
たまに魔物の襲撃はあるものの、大した数ではないので今のところ驚異はないという意見も、また他国からすれば常識はずれだろう。
ますますこの国の討伐形式が気になる。次に襲撃があった時に私も同行したいと申し出れば、部隊長を名乗る壮年の騎士に「ダメに決まっています!」と間髪入れずに叩き落とされた。何というケチ。
口を尖らせて拗ねていると、まだ一年目だと言っていた若い騎士に「僕達が陛下に殺されるんですよ! どうか御慈悲を!」と懇願された。陛下の人物像がさっぱり分からない。
連れていってもらえないとしても、この国の戦闘態勢や個人の能力は素直に気になる。また後日見学に来てもいいかと尋ねればすぐに了承がもらえた。
今日のところは急に遊びにきたものだから、そろそろ御暇しようと思う。
わざわざ手を止めて集まってくれた騎士達に、ちょっとばかし緊張しつつも感謝の言葉を述べなければ。そう、『愛され王妃』感のある感謝を。
「それなりに満足のいく報告が貰えて良かったわ。またお邪魔するわね」
これじゃない。
長年の癖か、どや顔で眉を吊り上げて髪を払う仕草をしてしまうのも明らかにいけない。
嫌われの道を全力で突き進んでしまったかと思いきや、騎士達の顔を見回しても誰一人として怪訝そうな顔はしていない。この国は偉そうな迷惑人間に寛大すぎやしないだろうか。
言葉がダメなら奥の手を使うしかない。というか、元より使う気で持っていていたのだけれど。
侍女に持たせていたバスケットを受け取り、蓋を開けて騎士達に見せると、突然のサンドイッチの登場に一同ぽかんとしている。
ほとんどの騎士達が初対面になるし、好みが分からなかったから色んな種類を作ってみたけれど、食べてもらえるだろうか。
「私、パンを焼くのは得意なの。どうぞ皆さんでお好きなのを食べてくださいな」
まだまだぽかん状態は続く。やっぱり、得体の知れない女が急にやってきて、手作りのサンドイッチは気味が悪かったかもしれない。
反応が何もないのはさすがの私も苦しい。俯きぎみに「別に、要らないなら捨てても構わないわ」と小さな声で付け足す。
いたたまれたくなってきて、部隊長に無理矢理バスケットを渡してその場から何歩か逃げ出す。
遅れて着いてくる侍女を振り返ってから、完全に固まっている状態の騎士達を見て、一番言いたかった言葉を喉奥から絞り出した。
「本日は突然遊びにきたにも関わらず、有益な情報提供、有り難う存じます」
早口になってしまったけれど、ちゃんと言えた!
じわじわと上り詰めてくる羞恥を振り払うように、かなり遅い小走りで立ち去ると次第に後方から雄叫びが上がり始めた。
体力ある男達の声量ときたら、大きすぎてびっくりした。
「姫様、騎士達は今日という日を忘れられないと思います」
「でしょうね。私がいなくなったからって喜びすぎよ」
「あの、姫様、好意に対しての察しが悪いと言われたことは……?」
何か間違えていただろうか? 私の返事に対し、侍女が何故か微妙な顔をしていた。
その夜、数日ぶりに顔を見せた侍従に溜まっていた鬱憤をこれでもかとぶつけてすっきりしたところで、昼間のパンの匂いを嗅ぎ分けたらしい侍従に「あの、俺の分は……?」と聞かれた。
そんなものあるわけがない。今日会えるか分からない人の分は焼いていない。
はっきりそう言ってあげると、予想以上に悄気た表情をされるものだから、何だか可哀想になって「また焼いてあげるわ」と言うしかなくなってしまった。