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姫様は完全に間違えている。





 最近の私ときたら、政に関しては一切自信がない癖に、所謂王妃らしい仕事を振られると大喜びだ。自分がどれだけ不安になっていたかがよく分かる。

 数多くの資料を渡された際には、「私の力が必要ならば仕方ないわね!」と嬉しいのを隠す為だけに謎の虚勢を張って、やれやれな空気まで出したのにも関わらず、資料を持ってきてくれた侍女に「姫様、張り切っておられますね」と笑われてしまった。

 あれだけ完璧に取り繕った私の心の内が読めるだなんて、あの侍女は洞察力に長けている。お陰で恥ずかしい思いをした。


 とは言え、正式な発表もなされていなければ私は無害な人間ではないから、表立った活動は出来ないし、社交の場には出られない。

 今更、飾りとしての役目が果たせそうにない事実を突き付けられた。この先、陛下が戻ってきたとしても公の場では私は不在になる。この身体では出席出来ないのだから当然だ。

 本当に正妃という立場でいいのだろうか。陛下は何を考えて私を娶ったのか。


 任された仕事は領地の管理や近隣国の情勢を概観する等、机上での仕事ばかりになる。独学ではあるけれど最低限の勉強はしていた私にも辛うじて出来そうなものばかりだった。

 この国に来てから何度も感じているけれど、私のことをよく知った上で厳選されているみたいだ。部屋も、庭も、出来そうな仕事も。


 もう一つ気になっているのは、侍従からの指示なのか、皆が皆私を『姫様』と呼ぶこと。

 耳に馴染んでいる呼び名だから構わないけれど、日を重ねる毎にそれが『この国の王妃』として受け入れられていないように感じてくる。

 祖国での扱いに鑑みれば杞憂であるのが分かるけれど、それだけ慣れない環境での居場所の無さに心が弱っていたのかもしれない。


 頭では分かっているけれど、今までは自ら腫れ物でいることが、弾かれる存在であることが自身を守る手段だった。私は早々に考えを変えられるほど器用な人間じゃない。

 それも今だけの話だ。侍従がドン引きする勢いで愛され王妃に変貌を遂げてみせる。

 今に見ていなさい。書類に目を通す途中で拳を作り上げていると、控えていた侍女が大きな疑問符を浮かべて首を傾げていた。

 こういう時には侍従の「楽しみにしております」というやや棒読みの返しが恋しくなる。



 ところで、またもや侍従が姿を眩ませるようになっていた。それも、御丁寧に毎日いつもの侍女を予め用意してから消えている。

 何か機嫌を損ねるような真似をしただろうかと考えて、ご機嫌斜めだったら職務放棄をしてもいいのかと持ち前の我が儘な考え方が返り咲く。

 以前に私がぶつけた「寂しかった」は、正しく侍従には届いていなかったのだろう。

 何が、仰せのままに、だ。嘘つき。


 思い当たる節があるとすればあの半目。

 私が早朝から騒いでおいて詳細を説明しなかったのが悪いのだけれど、主人があれだけ慌てているのに問い質そうともしない侍従も悪い。

 何度思い返しても、あれはやっぱり変だった。何故私が半目で見下ろされて呆れられないといけないのか。


 一区切りを付けて、日頃の運動不足の解消に城内を歩く。

 もうこの城でも迷わなくなってきた。従者の一人も付けずに散歩しているけれど、口煩く注意してくる男はいないから知ったことではない。側にいないのが悪い。


「……で、陛下、いつまでやり過ごすおつもりですか?」


 我が物顔で城内を闊歩していたところ、とんでもない台詞が耳に届いて立ち止まる。

 声のする方へと足音を立てないようにゆっくりと近付き、見つからないように細心の注意を払いながら壁の向こうを覗き見る。


「御自身の不可思議な行動を振り返ってみてください。バレている、と思うのが当然では? 貴方は姫様を馬鹿にし過ぎです」


 何やら辛辣な意見を浴びせているのは、以前城内の散歩に付き合ってもらった紫紺の髪の従者だ。

 残念ながら、この位置からでは従者の声しか聞こえなければ、相手の姿も確認出来ない。


 どうやら一向に姿を現さずにいる陛下に対し、その態度が私を馬鹿にしていると怒ってくれているらしい。

 とても有り難いことだけど、さっぱり話が分からない。従者の目の前には陛下がいるのだろうか。バレているというのも、……何が?


「お聞きしていた通り箱入りで、一生懸命悪役を気取っておられるのが可愛らしい方なのは一度側を付いただけで分かりますが。いたっ! 少し褒めただけで殴りますか? 心が狭い男は嫌われますよ」


 可愛らしい……。未だ嘗て、侍従からやや棒読みでしか言われたことのない言葉をこんな時に聞いてしまうなんて。

 その前に付いていた言葉は忘れよう。私の演技はこの数年で完全なるものになっているはずなのだから。


 今ここを飛び出して行けば陛下に会えると分かっても、私はその場に縫い止められたかのように動けなかった。

 随分前に嫁いできておりながら、まだ陛下に会う勇気がない。陛下も、まだ私に姿を明かしたくない。

 利害が一致したところで、漸く動くようになった足で私はその場を後にした。



 昼間の出来事を吐き出せるものなら侍従に吐き出すものを、今日に至っては一度も私の前に現れなかった。

 何かしら忙しいのかもしれないけれど、それならそうと、侍女を介さず一言断ってから消えてほしい。


 誰もいない夜の庭で、紅色の花が並んで咲いているのを眺めていた。

 体調はとても良いけれど、侍従に言い付けられた通り、身体を冷やさないように一枚羽織って外に出ている。

 侍従は、私がこうしてたまに夜の庭で遊んでいるのも知っていて、ああ言ったのだろうか。……混ざってくればいいのに。ああでも、そうしたらドラゴンは困るか。


 考えを巡らせていると、木々の間から白銀の表皮を輝かせながらドラゴンがやってきた。

 短い足で走りながら、「きゅっ!」と高く鳴いて、後ろに持っていたものを私に差し出す。

 ドラゴンはよく私に花を贈ってくれるけれど、今日は花冠になっている。

 受け取ろうとしたところで、小さな羽を羽ばたかせたドラゴンが私の頭にそれを乗せてくれた。

 御礼を口にすれば、そんなもの何でもない、とでも言うように短い手を振る。小さい身体で男前だ。


「ねえ聞いて。侍従がね、また私を置いて消えるのよ」


 隣に腰掛けてくるドラゴンに愚痴を溢す。

 一度くらい顔を見せていけばいいのにと。丸一日いないなんて職務放棄も良いところたと。私の気持ちは全く伝わってなかったのかと。

 口にすればするほど寂しさが募っていく。


「寂しいわ。一日会えないだけで嫌なの」


 隣で静かに聞いていてくれたドラゴンが、そっと私の手を握ってくれる。今はドラゴンと一緒にいるのに、寂しいなんて言ったら失礼だと気が付いた。

 こうしてドラゴンに会える時間も私にとっては大事なものだ。侍従の話はここで終わりにしよう。文句なら次本人に会った時にたんまり言ってやればいい。


 それにしても不思議な構造だ。ドラゴンの手は丸くて、掌の形を成していないのにどうやって握っているのか。

 確かめようと脇腹辺りを掴んで持ち上げて膝に乗せると、「きゅっ!?」と驚きの声を上げられた。もう股間を覗き込んだりはしないから警戒を解いてほしい。


「私、陛下について少し分かったことがあるの」


 推察の域をでない、私の想像ではあるけれど。

 何故かギクリと身体を強張らせ、焦りを見せるドラゴンが逃げ出そうとするものだからしっかりと腕に閉じ込めて捕まえた。

 腕の中から「きゅううぅー」と情けない鳴き声が聞こえてくる。


「陛下は失踪していると見せ掛け、その実引きこもりなのよ。なかなか外に出られないから私に姿を明かせないんだわ」


 我ながら素晴らしい推理である。

 部屋に閉じ籠っている者同士、上手くいくのではとこの結婚に踏み切ったのなら、私は全力で陛下を応援しよう。その大きな一歩が国を安寧に導くかもしれないのだから。

 胸を張ってふんぞり返っていると、腕の中でドラゴンが「きゅう……」と何だか呆れ気味な声で鳴いていた。




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