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姫様は侍従のことばかり考えている。




 体調が快方に向かうに連れて、ドラゴンが私の前に姿を現す回数は増えた。今ではほとんど毎日、夜の庭に現れる。

 何故ドラゴンが国を越えても私の庭に現れるのか、どうして私にかまってくれるのかはわからない。思えば、ドラゴンに限らずあの男の子も私に会う理由なんてなかったはずだった。


 体調が思わしくなかったあの日、ドラゴンがもう一度咲かせてくれた花は未だに綺麗に咲いていた。

 一輪挿しの中で光を散らす姿はそれだけで美しくて、こんなに綺麗な魔法が存在すること、そんな力を持っているドラゴンに出会えたことに日々感謝した。

 叶うのなら、私もそんな誰かを笑顔にできるような魔法が使えたらいいのに。


 花の苗を植えては魔法を掛けるドラゴンに、私は他愛のない話をするだけだった。

 ドラゴンにはどうでもいい話で、客観的に見れば私は仕事? を邪魔しているだけなのに、延々と無駄話を続ける私をドラゴンは邪険には扱わなかったし、時には手を止めて相槌まで打ってくれていた。

 まるであの頃の再現のようだと、そう思いながらも、あの頃とはまた違って今に近い何かを感じていた。それが何なのかはいくら頭を捻っても分からなかったけれど。


「私には侍従がいるの。あなたと違って全く可愛げのない男よ」


 今日の分が終わったらしく、小さな羽根をばたつかせて段差をぴょこんと飛び越え、私の隣に腰掛けてきたドラゴンにそう切り出す。

 図書館で読んだ本の話、異国の地で何をすればいいのかわからないままだという不安、優しい人々に未だに慣れない話と、ドラゴンには色んな話をしておきながら、侍従の話をするのは初めてだった。

 隣で私を見上げているドラゴンは、鳴き声一つ上げずにじっと私の話を聞いている。


「でも、可愛げなんてなくて当たり前なのよ」


 当時の状況を見てもいない、私の生きてきた道を知りもしないドラゴンに何を言い訳しているのだろうと、自嘲しながらも「本当は生贄に侍従なんて選ぶつもりなかったの」と続けた。

 子どもの頃、ドラゴンと似た雰囲気の男の子と毎日森で遊んでいたこと、ある日を境に会えなくなってしまったこと、その男の子と似た色を持つ侍従に見て、思わず『欲しい』と口にしてしまったこと。

 その一言で侍従の人生を奪ってしまったこと。

 思い返しながら順を追う私の口調は懺悔をしているみたいだ。


 私はアズレトの出自も知らなければ、家名も知らない。父がどんな手段を使って侍従候補を召集し、選定したのかは知らされていない。

 常々疑問を抱いていた。立ち居振舞いを見る限りでは一朝一夕に身に付けたものではないのが分かるくらいだけど、貴族の出だとしたら調べて何も出てこないのは考えられない。


 この一年、何処かで後ろめたさを感じていたのは事実だ。それでも私はあの得体の知れない男を手放す気にはならなかった。

 命丸ごと預かっておきながら、恨まずにただ側にいてほしいと願う私は我が儘だ。


 誰にも言えずにいたというより、話す相手がいなかった侍従の話を、一から十までドラゴンに伝えた私の心は晴れやかだった。

 この罪を、我が儘を許されたいというよりは、胸の内を吐露して自分が納得したかっただけなのだろう。話してみてよく分かった。

 でも、だって、と侍従の立場を慮っている振りをしながら、私は侍従を欲しがったことを後悔していない。


「一人の男を自分のものにしておきたいの。……私に命を預けたまま、ずっと側にいてほしいの」


 あまりにも静かに聞いているドラゴンを見下ろして、開き直って笑ってみせる。

 ドラゴンが固まっているのは、情報量の多さ、話の重さ、それから私の浅ましさに頭がついてこない、と言ったところか。

 相変わらず可動域のよくわからない首を、ぎこちなく動かして私を見上げてくるドラゴンは、「きゅう……」と何故か恥ずかしそうに鳴いた。

 ドラゴンが目を逸らす理由に思い当たった私は、その小さな身体をひょいと持ち上げてひっくり返した。


「そう言えば貴方、男の子なのよね?」


 他の動物と同じように見分けられるとは思っていなかったけれど、案の定下半身を眺めるだけでは雄なのか雌なのかよくわからなかった。

 雄だったら、今の話は女の一人である私の執着に戸惑っても仕方はないと確認したかったのだけど、一体どういう構造になっているのか。


 私が考え込むより先に、「ぎゅううっ!?」と驚きの鳴き声を上げたドラゴンに逃げられて、しっかりと距離を取られた。

 短い腕で自身を抱き込む仕草をするドラゴンを見て、「ご、ごめんなさい、無神経だったわ」と焦る言葉が口から出る。今の行動は良くなかった。私だっていきなり下半身を覗き込まれたりしたくない。


 胡乱気な瞳で私を見つめながらも、何とか隣に戻ってきてくれたドラゴンの手を握る。温かい肌に触れると、それが人の肌ではなくても安心する。

 仕方なく差し出している、といった様子のドラゴンに何度も謝って、漸く許してもらえた時にはまた取るに足らない話を再開した。

 全てを打ち明けた後だからだろうか。話の節々に侍従に対する愚痴を織り込むと、どうしてかその数だけ心が温かくなって、明日顔を合わせるのが楽しみになってきた。何て主だ。


「いつもありがとう。貴方も、私にとって大事な存在よ」


 ドラゴンと手を繋いでいるだけで、魔力過多による気分の悪さが薄れていくのが心地良い。

 毒を吸い取られているようだ。そう思った時には眠気が押し寄せてきて、私はいつの間にか身体を横たえて重い瞼を下ろしていた。

 今、重大なことに気付きそうだった気がする。



 暖かな光が差し込んできて、眩しさから逃れるように寝返りを打つ。

 いつもと何等変わりない、まっさらなシーツ、寝心地の良い寝台、それを薄目で確認してから私は飛び起きた。


 私は昨日、ドラゴンと話しながら外で眠ってしまったはず。いくらドラゴンが最強の生き物とは言え、あの小さな身体で私をここまで運ぶのは無理がある。

 となると、誰かが私をここまで運んだ……?

 私の状態にいち早く気付き、対処しそうな人物はただ一人。まだ早朝であるとか、そんなことには構っていられなくて部屋を飛び出す。


「アズレト……!」


 侍従の部屋に向かって、起きているかどうかも確認せずに扉を叩く。

 何度も叩いていれば手が痛くなってきたけれど、それどころじゃない。返事も無ければ、中から何の物音もしない。

 血の気が引いていく私の耳に、「姫様……?」と待ち望んだ声が聞こえてきたのは、部屋からではなく廊下の向こうからだった。


「アズレトっ、何処にも異常はない? 体調は? 何か気になることは?」


 いつも通り平然としている侍従に詰め寄れば、訳が分からなさそうに首を傾いでいた。

 紫水晶に映る自分が必死の形相をしているのを見て、取り乱している自分が不思議に思えてきて、一度口を閉じた。

 見たところ侍従は元気そうだ。だとしたら別の誰かが危篤状態に陥っているのでは。安堵した直後にまたもや青ざめていると、侍従がまた眉を寄せて首を傾げた。

 朝からそれを可愛いと思っている場合じゃない。


「今、誰か死にかけていたりしないかしら」

「はあ、何をおっしゃっているのです?」


 悉く私を馬鹿にしている時の目をしている。

 表情や仕草が可愛いだけに苛々が込み上げてくるけれど、起きていた侍従が何も知らされていないのだとしたら、誰も手に掛けずに済んでいるということだろうか。


 漸く心の底から安心して、その場にへたり込む。

 本当に良かった。気が抜けると走った後の疲労感と、扉を叩いた手の痛みを同時に思い出す。

 私の前に片膝を立てて腰を落とした侍従が、上着を脱いで私の肩に掛ける。そう言えば、薄い寝間着一枚で部屋を出てきたのだと、今更思い出した。


「姫様、外に出られる際は羽織るものを忘れないでください。貴方は魔力に関係無く、身体は弱いはずなのですから、冷やすのは良くありません」


 淡々と注意を促されているけれど、どうも侍従は怒っている。声色は通常通りながら、表情は何処と無く冷たい。

 赤くなっている私の手に視線を落として、すぐ近くまで手を伸ばしかけて、耐え難そうに固く目を閉じてから手を下ろす。


 侍従は、私の言いつけは必ず守ってきた。

 でもそれは、百点満点とは言えない形だ。こうして私に手を伸ばした回数は数えきれないし、危うい距離だったことも今の一度ではない。


「ごめんなさい。善処するわ」

「ええ、もう少しご自身を大事になさってください」


 差し出された手には当然応えられない。

 支えなしで立ち上がった拍子に上着から侍従の匂いがした。直接触れられなくても、まだこの上着には体温が残っている。

 その温かさに更なる安心を与えられつつも、早朝から何の説明もなく半狂乱な姿を見せたのに、何も聞かれない不思議に疑問符が浮かんだ。

 まさか、寝惚けていた、とかで済まされていないだろうか。いや、いくら私でもここまでみっともない寝惚け方はしない。


「ねえアズレト、私、寝惚けてなんていないわよ? 私は、ただ、貴方を傷付けていないか心配で、それで……」


 これではただ否定しただけで全く話が伝わるはずもなく、目の前で侍従は呆れたように息を吐いている。

 詳細を説明するよりも先に、恨めしそうに半目で見下ろされて「お部屋まで送ります」と切り上げられてしまった。

 その表情は日々侍従のことを隈無く観察している私でも、何が言いたいのかさっぱり分からなかった。





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