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姫様は嫉妬している。




 ドラゴンから貰った花は、一輪挿しに差して窓際の棚に置いている。花が部屋にあるだけで少し体調が楽になる気がしているから不思議だ。

 暫く花を眺めていると部屋の外から女性の声がした。確か、私に仕えることになったという不運な侍女の声だったはず。

 返事をすると侍女は腕いっぱいに大きな花束を抱えて入ってきた。「姫様に陛下から贈り物でございます」と笑顔で私に手渡してくると、花瓶の用意を始めた。


 生まれてこの方贈り物と呼ばれる物を貰ったことがなかった私は、花束を手に困惑する。この間のドラゴンからが初めてだった。

 親からの贈り物にあれが該当するというのなら、侍従のアズレトはそうだったのかもしれないけれど。

 色とりどりの花々はどれもこれも聖の森でしか見たことのない品種ばかりで尚更混乱する。

 この城の庭も、部屋も、どうして、どこからの情報なのか。


 初めて侍女の名前を呼べば、私よりも幾つか年上だろう侍女は嬉しそうに返事をして、こちらに笑顔を向けてくる。

 その様子が慣れなくて、未だに居心地の悪さが抜けない。しっかりと板に付いてしまった高圧的な物言いにも動じない侍女は、私の疑問に対して包み隠さず全て答えてくれた。


 陛下は失踪しているのが常のような方だから、そう肩肘を張っている必要はないということ。

 この花達はこの国の近くの森に自生しているもので、私が祖国の庭に植えていた種類と同じという情報を元に、私の気が少しでも休まるように陛下が手配したこと。

 私の周りには特に魔力の強いものを配置しているし、誰もむやみやたらに触れようとはしないだろうから心配する必要がないということ。

 侍女は最後に「陛下は既に姫様にお会いしていますよ」と言って締めくくった。


「……大変ね、全く記憶にないわ。私、名前を知っている者や二度見た者自体数が少ないもの。これで覚えていない、なんて失礼よね」


 腕を組んで眉間に皺を寄せて、唸りながら記憶を隅々まで遡ったけれど、そんな高貴な身分の男性に会う機会なんてなかったはずだ。

 私の発言を聞いていてか、侍女は悲しそうに眉を下げる。憐れんでいるのならやめてほしい。これが今までの私の日常で、別段それが堪えていたというわけでもない。

 私の機嫌が急降下したのが分かったのか、侍女は深々と頭を下げて謝罪してくれた。


「陛下が悪いと思われますので、気にされなくてもいいと思いますよ。あの御方も、男性としてまだまだでいらっしゃいますからね」


 首を傾ぐ私に侍女は困ったように笑う。

 陛下が悪いとはどういうことなのだろう。一頻り考えてもその真意には辿り着けそうになかった。



 花を飾っているのが良かったのか、午後からは体調が良い。アズレトが見当たらないので手が空いている従者を適当に見繕ってもらい、数日ぶりに大好きな靴を履いて城の中を歩いていた。

 固い床を歩く時の踵の音に安心する。斜め後ろを一定の距離を保って歩いてくれる従者も、私の急な気まぐれで付き合わされているのにも関わらず、嫌な顔一つしない。


 この従者は腹に悪意を抱えている様子でもないけれど、誰かに意地悪なことを言う癖が抜けていない私は、一度鼻で笑ってからいつもの調子で口角を持ち上げた。

 顔色の良くない私がこういった表情をすれば、気が触れているように見えて不気味だそうだ。


「あなたも不憫なものね。こんな女の気紛れの為に控えなければならないなんて」


 私には護衛が必要ない。そのくらいの魔力をこの身に蓄えているのを、少なくともこの城内にいる者達は知らされているはずだ。

 肩書きばかりが私をか弱い存在にするけれど、実際計測されている中では私が一番強いのだから、ちょっと出歩くくらいで従者を付ける意味はない。


 夜空のような美しい紫紺、彼の髪色も祖国にはない色だ。

 そんな紫紺の彼も最初に名乗っていたはずだけど、失礼ながら忘れてしまった。人生であんな数に名乗られるのは初めてのことだったから、動揺して記憶力が使い物にならないくらい落ちてしまっていた。


「姫様の護衛という大役が不憫だなんて……陛下のお耳に入るといけませんので、どうかそのようなお言葉は今後お控えくださいませ」


 悪い方にも良い方にも顔色一つ変えることなく口を開いた従者は、アズレトとは違った種類の美形でアズレトの数倍態度が固い。

 思わず顔が引きつった。アズレトの時も私がその態度を良しとしないことから、徐々に砕けたものに変えさせていたのを思い出した。


 もしまた付いてくれるようになるとしたら彼の言葉遣いも改変しよう。

 あまり持ち上げられても、私はこの人達に何もできないどころか命を奪ってしまう危険性も持っているのだから。

 それから、二度目が本当にあるとしたら侍女から彼の名前を聞こう。



 従者は私の体調や体力を考慮しながら城の中を案内してくれた。

 祖国とは比べものにならない大きさの図書館に心躍らせたり、研究者達の実験室を外から眺めて従者を質問攻めにしたり、子どものようにはしゃいでしまう私に、従者の彼は目を丸くしながらも初めて笑ってくれた。

 お高く留まった振りをしていても所詮私は子どもだ。歳ばかり重ねているけれど、小さな頃から閉じ込められるか森にいるかだった私には何もかもが目新しい。


 息が切れてきたのを見兼ねた従者は、私を部屋に戻す為に道を引き返す。

 後ろを向いてしまえばどこも同じ景色だから、暫くは一人で抜け出せないと思う。城の規模が違うとここまで覚えられないとは。


 途中、聞き慣れた声が耳を掠めて立ち止まる。朝から見かけなかった侍従だ。

 話の内容こそ聞こえないものの、使用人達とどうも親し気な侍従を見ていると胸の奥を何か嫌なものが渦巻いた。

 私の姿に気が付いたらしい侍従が驚きに目を瞠り、私の方に向かって来ようとしたから従者を置いて逃げた。後ろから「姫様!」と声が聞こえてくる。

 私の足は遅い。だから捕まるのは時間の問題とは言え、私は走るのを止められなかった。

 愛する靴の踵が擦り切れるのが嫌だとか言っている場合ではなかった。



 ものの数秒で追いつかれた私は不貞腐れていた。

 肩で息をしながら侍従を睨み付け、いつもの口調で可愛げのない言葉を投げつけていた。


「数日で随分と仲良くなったのね。この私を放っておいて」


 私の言葉に侍従は大きく目を見開いて、そして何度か瞬きを繰り返す。まるで思っていたものと違うとでも言いたげな反応だ。

 侍従が口を開かずとも、一年も側で侍従ばかりを見ていれば嫌でも表情くらい読めるようになる。何も言わなくても何が言いたいか分かってしまう。


「寂しかったじゃない! アズレトは私のものなのに!」


 認めるのは癪だけど、私はアズレトを取られたのが嫌だった。

 親から何も与えられなかった私に唯一与えられた侍従。まさか、今になってこんなに子どもじみた独占欲が出てくるとは思わなかった。


 私が形ばかりの結婚をしたとしても、侍従はずっと私のものでいてくれると驕っていた。

 泣きそうになるなんて本当に子どもみたいだ。暫くきょとんとしていた侍従は花が綻ぶような愛らしい笑みをして、その可愛くない口を開いた。


「姫様だって浮気しているでしょう?」

「浮気ですって? 私にはアズレトだけよ」


 何か、言い方を間違えた気がする。また驚いている侍従が次第に顔を赤くするものだから、次いで私も恥ずかしくなってきた。

 なんでまともに受け取るのか。いつもみたいに適当に流して、鼻で笑って馬鹿にしていればいいのに。

 何とか言い訳をしようとまごついていると、先に立ち直ったらしい侍従はいつ見ていたのか「別の者にあんなに嬉しそうにしていたじゃないですか」とこれまた可愛らしく口を尖らせた。

 そういう顔はやめてほしい。女に生まれたことを後悔する。


「彼はとても良い方だったわ。次にあなたがいなかったらもう一度お願いしたいくらい」

「浮気ですね」

「っだから、あなたが私から離れなければいいでしょう? 私もアズレトの方がいいわ。一年前から私のものなんだから」


 めちゃくちゃな我が儘を言っている自覚はあるけれど、この口はもう止まらなかった。

 こんなの、四六時中側にいろと言っているようなものだし、侍従にも他の仕事があるのだから困るに決まっている。


 それなのに、侍従は一等嬉しそうに笑って、「仰せのままに」と言ってみせる。嘘だとしても嬉しさに心が満たされた。

 これでは私の我が儘も子どもな部分も直りそうにない。




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