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姫様は国を恋しがっている。





 年々強くなる魔力は天井というものを知らないのか、また一つ跳ねあがっては体内を食い破ろうとしていた。

 最悪に体調が悪い。


 十九歳。駒になるには遅すぎる年齢を迎えた私は、元よりこの力がある限り王女としての本来の使命は果たせないものだと思っていた。

 それを知りながら暇つぶしに勉強はしていたけれど、教育係は片っ端からいなくなったからほとんど独学だ。実際、私が政で役に立つかはわからない。全然自信がない。


 世継ぎも何も心配の要らない末端の王子にお飾りとして嫁ぐならまだしも、まさか、元々こちらが良いようには思っていない、大国の王の元へ送られることになるとは思わなかった。


 この政略結婚の魂胆は、大方私の身体に触れて王が死に、内乱を起こしているうちに叩きたいといったところだろう。

 幽閉されてから今まで、王女はいないと嘘八百並べ立てて隠蔽していたのに。邪魔に思っていた娘をお払い箱に出来た上、気に入らない国を潰せるかもしれない好機に上機嫌で私の出生を明かした、ということか。

 一晩考えて私は身の振り方を決めた。どうせ死に損なのだから、最後に一泡噴かせてやりたい。

 我が父ながら浅慮な考えだ。この駒である娘が今こうして企んでいることにも気付かないなんて。



 好き勝手に渦巻いていた、禍々しい魔力が大人しくなったところで、輿入れの日はやってきた。馬車なんて乗るのはいつぶりだろう。

 全く、あんな国滅びればいいのに。いや、放っておいても時間の問題な気もする。

 何も言わずにおとなしく発つのも癪だと、遠くなっていく王城を一瞥して恨み節を吐き出していた。言ってはみたものの、実際のところ今後のあの国に関してはどうなろうが特に興味は湧かない。


 それよりも、私の発言を聞いてか噴き出している目の前の侍従を睨み据えておく方が重要だ。

 愉しそうに目を細めたかと思えば、「威力が控えめですね。寂しそうですし」なんて聞いてもいない感想を言いながら上品に笑っているのが腹立たしい。「別に寂しくはないし、清々しているくらいよ」と言い返せば『ではそういうことにしておきましょうか』とでも言いそうな顔で一等美しく微笑まれた。

 ダメだ。この男と共に過ごすようになってから、物凄く子どもっぽくなっている気がする。子どもの頃だってこんな口は聞いたことなかったのに。


 それにしても、世話係として男を従えて行くのをよく了承してくれたものだ。相当な変わり者だと思う。こんな行き遅れもいいところの化け物を正妻に、という時点で変わり者どころの騒ぎではないけれど。

 隔離された世界で生きている私にも、嫁ぎ先にどんな噂があるかは聞いている。詳細は分からないながら、魔力が強い者が集う大国の王だ。強大な力を持っているという至極当然な噂だった。

 計測を受けている中では私が最強に収まっているそうでも、その王は魔力値を計ったことすらないらしい。


 笑みを止めた侍従は、窓から景色を眺めているだけで一枚の絵になる。

 初めて会った頃には既に完成していた冷たい面差しも、一年経てば丸さが消えてまた一つ男らしくなっているように思う。

 侍従はなんだかんだと弄りながら、急に私が嫁ぐのに不安があるのだろう。常日頃『姫様は俺がいないと何もできないんですか?』と言いたげな眼差しを感じたりするけど、私は侍従が付くまでは自分のことはほとんど自分でする、王女らしさの欠片もない生活をしていた。


 実のところ、聖の森で天使とお昼を食べていた時も、天使が美味しそうに笑う度内心でどや顔を決め込んでいた。何故ならそのサンドイッチ、パン生地から私の手作りなのだから。

 前にあまりにも侍従の目線に腹が立って、美味しいサンドイッチが作れるという話をしてやったら物凄く驚いていた。これには思いっきりどや顔してふんぞり返ってやった。勝った、と思った。


 だからつまり、私は侍従に全力で甘えているだけで本当は一人でも大丈夫で、心配には及ばない。

 今回見ず知らずの国王の元に行くことになったけれど、彼がこれから先も私の侍従でいてくれることが本当は嬉しかった。

 その喜びがこの口から出ることはなかったけれど。



 数日掛けて辿り着いた城の前で馬車を降りる。

 絶対に触れるはずがないのに、侍従はいつも必ず私に手を差し伸べる。従者としての基本を忠実にこなしているだけかもしれないけど、いつもそれに応じられず、一人で降りるのが心苦しかった。

 それでも侍従は気にせず笑ってくれる。何とも愛らしい笑顔だと思ったところで、「間抜けにも口が開いていらっしゃいますよ」なんて言い出すからいつかは不敬罪で訴えてやろうと思う。


 到着して早々、出迎えで先頭に立っていた侍女が、丁寧な礼の後に申し訳なさそうな顔をして衝撃の内容を告げてきた。


 陛下が失踪中。


 思わず、はしたなく「は……?」と声を上げてしまって侍従に目で注意された。嫁いできたその日に相手が不在だとは想定外だった。これは私も父も予想を裏切られている。


 私をそのまま置いておけとは、なかなか失礼だ。そういう私は今日、王を怒らせる気で来ていたのに失敗した。予知能力でもあるのではと無駄に勘繰ってしまう。

 王がいなくなっているというのに、皆が皆落ち着いている。いないのが当たり前のような空気に、焦燥感に付け加えて気味の悪さも感じてくる。この国は一体どうなっているのか。



 訳もわからず、その日は宛がわれた部屋で眠ることになった。

 事前に情報が入っているのか誰も私に近づこうとはしないし、ましてや城内に足を踏み入れても誰も叫んだりしない。怖がられるのが日常になっていた私には少しばかり居心地が悪かった。


 部屋の内装は私の趣味で揃えられていて、随分前から私の為に誂えられていたかのように見えた。

 どこかでお会いしただろうかと考えては頭を振る。私はずっと幽閉されていたのだから、夜会にも茶会にも出席していない。誰にも会っているはずがない。


 窓から見える景色は祖国の部屋の庭に似ていた。庭師にまで私の生活ぶりが知れ渡っているのだろうか。

 まだあそこで生活していたのは数日前のことなのに、この景色がひどく懐かしく思えて僅かに目頭が熱くなる。

 あんな国無くなってしまえばいいと、心から思っているはずなのに、急に寂しさが込み上げてくるものだからよく分からない。


 もう少し眺めてから寝ようと思っていたところに、何かが花の苗を抱えてちょこちょこと歩いているのが見えた。

 あの丸っこい身体、白銀の表皮、間違いない。どうして国を越えた今、再び遭遇出来たのかは分からないけれど、あの小さなドラゴンが持っていたのは聖の森にしか咲いていない花だった。


 急いで庭に回り込めば、小さなドラゴンは花の苗を一生懸命に土に植えていた。短い腕でぽんぽんと土を叩いて固めてご満悦そうだ。

 そんな後ろ姿に「ねえ」と声を掛ければ、びくりと身体を揺らしたドラゴンが前回同様高速で逃げ出してしまいそうだったので私は必死で呼び止める。


「お願い、待って! 私はあなたに御礼を言いにきただけなの!」


 ぴたりと動きを止めたドラゴンは、「きゅ?」と訳が分からなさそうにあるようでないような首を傾げてこちらを振り返った。


「私、昨日ここに着いたばかりで寂しかったの。でも、あなたが植えていた花を見て少し元気になったわ。だから、その、ありがとう」


 声を掛けられたドラゴンからすれば、今の台詞は意味が分からないと思うけれど、何も考えずに咄嗟に言えたのは何とも稚拙な物言いだった。

 どう言い直せば伝わるか……小さい頃の話から? それともまず以前に私と会ったことをドラゴンは覚えてくれているのか。でも、聖の森の話をしないことには……。

 言葉を選び兼ねていると、ドラゴンはおそるおそる私の足元に寄ってきては見上げてきていた。


 静かに側にいるだけのドラゴンが、過去の記憶に重なってどうしようもなく懐かしくなる。

 あの頃、天使もこうして私が何か話し始めるまで待っていてくれた。


 落ち着いて誰かに向き合って話すなんて八年ぶりだ。私の下手くそで長い長い説明を聞きながら、ドラゴンは可動域のよく分からない首を縦に振っては相槌を打って聞いていてくれた。


 話は分かった、と言った様子でドラゴンは私に向けて短い手を突き出し、「きゅっ!」と短く鳴いたと思えばその手の上にぽんっと花を咲かせた。「まあ!」と子どものように手を合わせて歓喜の声を上げる私にそれを渡してくれる。

 受け取った花は聖の森でしか見たことのない紅色の小さな花で、百合のような姿をしている。私が離宮に庭を作った時にもいくつも植えた花だった。

 ドラゴンは一度手を上げてから今度こそ立ち去っていく。


「あの、また会えるかしら?」


 小さく呟いた声は届いたらしく、ドラゴンはこくりと頷いてから走り出し、夜の闇に紛れていった。




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