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姫様は最強の妻になると誓っている。




 兄と和解し、騎士達に喝采を送られていた頃、夫が血相を変えて詰め所へと飛び込んできた。

 仕掛けていた防御魔法が作動したのを察知してやってきたのか、私の無事を確認した夫は一等愛らしい顔をして「良かった……」と笑った。


 兄は私の身を反転させて、両肩を掴んできたと思えば、あっさりと夫へ引き渡す。

 驚きに振り返ると、そこには穏やかな笑みが鎮座しているだけで、あれほど夫との時間を妨害していた兄の姿は何処にもなかった。


「知りたい話は義弟に聞け」


 義弟。その言葉を聞き逃さなかったのは私だけではなかった。

 私を受け止めた夫が「お兄様?」と呼んでも兄は噛み付いたりしない。今しがた来たばかりで何も知らないはずの夫は、周りの騎士達を見回して、従者と目を合わせただけである程度理解したようだった。


「必ず、フェリウの願いを聞き届けます」

「当然だ。……妹を任せたぞ」


 何よりも私のことを最優先に考えてくれる。そんな夫の力強い誓いは、直接的な甘い言葉よりも深い愛に満ちていた。

 そして、普段の調子を加えつつも優しく送り出してくれる兄。私はどうしても今伝えなければならないと、夫の腕の中でもう一度振り返った。


「お兄様、そ、その、あ……ありがとう」


 固くて可愛さの欠片もない、ぎこちない音をしていたのに、兄は至極嬉しそうに笑ってくれた。



 静かな庭園を夫と手を繋いで歩く。

 私が注意を怠ったばかりに仕事を中断させてしまったのに、「仕事は後でも出来ますから」と夫は気にした様子もない。

 いつもなら、こう、恐ろしく的確な説教だとか、さりげない嫌味だとか、色々と耳に痛い言葉が降り注ぐ場面であったはずだ。

 今日は怒らないのね。と口を突いて出た台詞に、夫はただ可愛らしく笑うだけ。ちゃんと私が謝るところを作ってくれないと、素直に口を開けない私は夫に謝れない。


 豪奢な薔薇のアーチを潜って、城下を一望出来る場所に造られた東屋に導かれた私は、椅子へと促されて上着を肩に掛けてもらう。

 向かいに座った夫は、ほんの少し悩んだ素振りを見せてから話を切り出した。


「竜人には、竜体がある者とそうでない者が存在しています。生まれながらに竜である者と、……元々人であった者です」


 夫は、あまり頭が良いとは言えない私にも、分かりやすく順を追って説明してくれる。


 まず、人を竜人にするには、人に竜人の血を混ぜなければならない。

 全ての例がそうとは言い切れないけれど、夫婦になった者が人である相手と交わるのが一般的らしい。二人の愛の証として、同じ時間を生きる為、この選択をした夫婦の片割れが新たな竜人になる。

 しかし、人が竜人になったからといって、身体の作りの都合上、竜化は出来ない。せいぜい肉体が増強されて、寿命が大幅に伸びる程度なのだと。


「フェリウの場合、人である器を竜人に変換すれば、魔力は安定するでしょうし、体調不良も改善されるかもしれません」


 そう聞けば、私にとっては良いことづくめに聞こえる。けれど、夫は痛みを隠すように、そうではないのだと首を振った。


「俺の母は、俺を産んですぐに儚くなりました。母は、元より竜人ですが、父の魔力が、子どもである俺の魔力が、母の身体には強すぎた」


 夫が苦し気に紡ぐ言葉の意味を、私は少し遅れて理解した。

 多分、相手の魔力の強さに身体が堪えられない。宿主である自分の身をも害する、今の私と同じ状態だ。

 同じ竜人同士であっても、強すぎる魔力を持つ相手の子どもを産むのが至難の業ならば、私を大事に思っていてくれた兄が反対するのも頷ける。


 私は魔力の問題がなくとも、元々身体が弱い。竜人になったとしても、体調に関しては、夫も改善するとは断言出来ないのだろう。

 これを知っていた兄は、私が夫の子を身籠って死ぬ可能性を危惧していた。

 夫は、今人の身にある私の寿命を大事にしたいと思っていた。


 愛に溢れすぎた周りの人々の思いを、長年嫌われ者だった私は、どう受け取ってどう飲み込めば正解なのかが分からない。

 ただ、過保護な兄と夫は、私が何であるか、忘れすぎではないだろうか。


「アズレト、私、何が何でも貴方より長生きするつもりなの」


 これは竜人になれるなんて知る前から、ずっと思っていたこと。

 椅子から立ち上がった私は、夫の元へと歩み寄って、その美しいかんばせを両手で包み込む。高貴な紫の瞳が瞠られる。


「貴方の全部、既に私のものなのよ。貴方の死に顔、絶対に手土産にして会いに行くつもりなんだから」


 私の想定する、夫への完全勝利の図だ。

 伊達に生まれついた化け物ではないのだから、人の身でも達成するつもりだった計画。


 何より、私は夫よりも強い。義父の強さがどんなものかは分からないけれど、間違いなく女では最強だ。夫の子どもの一人二人産んだところで、大人しく死ぬとは思えない。

 竜人になって魔力が安定すれば、夫や周りの人々を毒することもなくなる。それは私にとって何よりも大事で、何を引き換えにしても手に入れたい幸せな夢。

 その為に人を辞めるなんて、余裕だ。


 間抜けに口を開いたままの夫に、私の完全勝利計画をひたすらに言い聞かせてやる。

 どうだ、参ったか。今日という今日こそは私の圧勝に終わりそうだ。

 暫くして、夫の麗しい顔が泣き出しそうに歪む。そんなに虐めたつもりはなかったのに、予想外の表情をされると用意がなくて困惑する。


「私は大丈夫よ。心配なんて要らないわ。それとも、化け物嘗めてるのかしら?」

「フェリウの強さは存じております。でも、そうじゃなくて……貴方は、どうしてそんなに強いんですか」


 夫が気に掛けているのは、私の魔力の強さではなかったみたいだ。別の強さと言われたら、精神の話になるのだろうか。

 そう言えば、夫は以前、私の懐が広すぎるだの、慈悲深いだの、怖いくらい私を絶賛したことがあった。

 その時は、「慈悲なんて美しい心は持ち合わせてないわ。私に希望をくれたわけでもない者に執着しない、期待していないだけ」と答えた。


 裏を返せば、幾らでも執着している相手だからちょっとした言動が気になるし、古くて嫌な記憶だって今まで取ってある。私は、怒りっぽくて負けず嫌いだから。

 つまり、私が夫から心の強い存在に見えているのだとすれば、理由は一つしか思い当たらない。


「決まってるじゃない。私が貴方を愛してるからよ」


 ただでさえ大きな瞳を、何度見開けば気が済むのか。夫にはもう少し、私の愛を信用してほしいものだ。

 恥ずかしいのはどうにもならないかもしれないけれど、他でもない夫と交わす契りなら、怖いことなんて何もない。

 この人と何もかも乗り越えていけると思ったから、私は今、夫の隣にいる。


 一頻り固まっていた夫が、椅子から降りて私の前に跪いた。

 突然の行動に驚く私の手を取って、指先に柔らかな唇を寄せる。


「これからもずっと、俺の隣で笑っていてくれますか?」


 何を当然なことを、と普段通りの返しが口から零れそうになって、慌てて唇を引き結ぶ。

 私達はもう、書面上では結婚している。けれど、政略結婚であった以上、面と向かって申し込まれたのは今が初めてで……。


「フェリウ、俺と一緒に、未来を歩んでいってくれますか?」


 ……どうしよう。何の心構えもなかったから、真摯な態度で愛を乞うてくれる夫の姿が嬉しくて言葉が出てこない。


 夫が侍従で、国王で、過去の男の子で、ミニドラゴンであると、知ったあの日は有無を謂わさなかった夫。

 いつだって、恋愛に疎い私を押し負かしていた夫が、兄に宣言した通り、私の願いを聞き届けるつもりでいる。


 緊張からか表情が引き締まっていて、それが元の冷たい美貌を引き立たせるのか、恐ろしい程に美しい。全然、年下の可愛い男の子だなんて言えない顔をしている。

 思いがけず感動してしまっている私は、泣きそうになりながらも何とか口を開いた。


「勿論よ。必ず、最強の妻になって貴方を支えてみせるわ」


 答えなんか分かりきっているはずなのに、明らかに安堵して表情を緩めた夫は、天使のように愛らしく笑った。


 あんまり可愛い時は、何か罠が仕掛けられているかもしれない。

 なんて、夫が侍従であった頃の感覚を思い出していた時、立ち上がった夫が私を抱き締めて囁いた。


「……貴方の死に顔を見るのは、残念ながら俺ですけどね」


 深く落ち着いた、勝ち誇った声音。やはりこの男、夫になろうが私に負ける気はないらしい。

 それだけは譲らないけれど、今日くらいは噛み付かないでおいてあげようか。「もう……」と呆れつつ胸を叩けば、いつもの大人気ない口付けが降ってきた。




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