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姫様は兄の思いを受け止めている。




 兄のせいで夫との時間も持てていないけれど、そう言えば私の愛すべき筋肉馬鹿達にサンドイッチを作っていなかったと、今日は詰め所に押し掛けていた。


 愛すべき筋肉馬鹿達、もとい騎士達の大体の好みを覚えてきたところだ。一人ずつ名前を呼んで手渡す時、皆して何か表彰されるのかと思う程、丁寧に両手で受け取っていく。

 何人かに一人「姫様、覚えていてくださったんですね……!」と涙する者がいたけれど、私の記憶力をどこまで悪いものだと思っているのか。「当然でしょ?」と返せば、何だか嬉しそうに笑うから、失言を許してやらないこともない。


「フェリウ、見つけたぞ……」


 騎士達と賑やかな昼食を楽しんでいると、何処からともなく地を這うような低い声が私を呼んだ。一拍遅れて、兄が息を切らして突入してくる。

 この兄、もしや部屋にいなければ見つけるまで捜し回るつもりなのか。兄妹の時間云々と言いつつ、新手の嫌がらせなのではないか。

 

 艶やかなストロベリーブロンドを乱していて、麗しいご尊顔は疲弊していて、おまけにお腹の鳴る音まで付けてくれた兄。

 迷惑極まりない存在だけれど、私を捜していたせいでお昼を食べ損ねているなんて。ほんの少しだけ可哀想な気もしなくないから、本当は夫のおやつになる予定だったパストラミサンドを差し出した。

 確実に私よりは高貴な食事をしてきたであろう、兄の口に合うかは知ったことではないけれど、「妹のお手製で良ければ」と一言添えておく。

 兄は周章狼狽した様子で受け取り、一口齧って「まあまあだな」と適当な感想を伝えてきた。まあまあの割には進みが早いように見受けられる。


 鼻の良い夫が、また自分の分が無くて悄気る姿が目に浮かぶ。つくづくサンドイッチにだけ運がない男だ。

 またアズレトの為だけに焼いてあげるわよ。想像の中で呟いて、機嫌を直した夫の柔らかな髪を撫でておいた。



 毎度のことながら、この国の人々は心が広すぎる。

 私だけでなく兄まで乱入してきて、最上級に面倒な客が二倍に増えたようなものなのに、騎士達は皆して異国の戦術に聞き惚れている。先に遊びに来たこの私を差し置いて。

 正直面白くない。いや、兄の話自体は興味深い内容で面白い。とにかく、そういうことじゃない。


 あれよあれよという間に兄と騎士達の手合わせが始まった。

 兄はただの人間、騎士達は竜人。真っ先に観戦しているのは、魔力も身体能力も劣る兄を心配してのことではない。断じて違う。


 数日おきに闘技場に通い詰めている私は、騎士達一人一人の特徴や得意な属性、立ち位置を覚えていた。

 将来的に夫から軍事を任されたいと思っているからだ。夫の隣に並ぶ者として表舞台に立てなくても、夫を支えていきたい、この国を守っていきたい。

 何もかもから守られ、隠されるだけの存在にされるのはまっぴら後免だから。


 闘技場とは違い、詰め所の庭先で観る試合の臨場感は計り知れない。

 兄の剣術は力強く、迷いがなく鮮やかだ。様々な属性の魔法をものともせず、適切に対処をして、勝機を見出だす。


 何試合か見ていて、兄が防御魔法を得手としているのが分かった。

 防御魔法は肉体強化の魔法の一種で、戦闘時の兄は常時不可視の鎧を纏っている。

 何人目かの騎士が兄の身体に模擬刀を当てて、空気に波紋が広がるのを確認するまでは気付かなかった。自身の何かを強化していると見ていたのに、兄の強さは本人の力量らしい。

 ……とても面白いけれど、面白くない。


「何やら楽しそうですね」

「全然楽しくないわよ」

「そうおっしゃる割りに、姫様は熱中しておられるようですが」


 いつ現れたのか、騎士団長である従者が隣にいた。

 たくさんの下っ端達を伸しても尚、息一つ乱さずに佇んでいる兄。従者は名乗りを上げる者が途切れたのを見計らい、我こそはと剣を抜いた。


 注目の試合、私の足は自然と前に歩み出ていた。「姫様、離れていてください」「危ないから下がっていろ」と二人から注意を促されて我に返る。

 私としたことが、戦闘に心酔し過ぎて無意識に近寄ってしまうなんて。



 舞うように軽く受け流す従者と、風すらも断つ兄の二人が、練習試合という言葉の概念を壊した。

 実際に戦争が起こっていたなら、こんな光景も嘘ではないのかもしれない。そう思わせる迫力と殺気には、さすがの私も怖いと思ってしまう。

 こんな凄惨な未来を引き起こさない為にも、私は頑張らなければならない。


 ふと、拮抗していると思われた二人の均衡が崩れる時が来る。

 避けきれなかった従者の模擬刀を、兄が押し切って弾き飛ばした。

 まさか、人である兄が勝つとは予想もしていなかった。おめでとう、と声を掛けてあげるのも吝かではない。

 兄の元に向かう為に、一本前へと踏み出した時、「姫様っ!」と従者の切迫詰まった声が耳に届いた。


「フェリウ!!」

「え」


 天高く舞い上がった模擬刀が、私に向かい落ちてくる。

 何故なのか、身体が動かない。全てのものの動きが遅く見える。

 如何に騎士達が練習で怪我をしないよう、刃を潰された模擬刀であっても、鉄の塊には違いない。そんなものが速度を出して落ちてきたのなら、確実に負傷するのは目に見えていた。


 固まっている私を誰かが抱き締めてくる。

 それが兄だと気付いた時には、頭を抱えられて地に押し倒されていた。


 兄の背中越しに強い衝撃を受ける。

 鋼鉄同士が衝突したような硬質な音が響いて、模擬刀は地面に転がっていった。

 兄が模擬刀を防御魔法で弾き返した音だったのだと、遅れて理解した時には抱き起こされていて、髪についた砂を払われているところだった。


「お兄、様、どうして……?」

「兄が妹を守るのは当たり前だろう。何の為に強くなったと思っている」


 毀れ物を扱うように優しく触れてくる兄の手に、防御魔法がかけられている。

 それは先程の試合で使われていた魔法より強固で、皮膚に一枚膜を張っただけの薄い、繊細な魔法だった。

 肉体強化を出来る魔力持ちは少なくない。それでも、ここまで強力で緻密な防御魔法を組める者は此処にいる兄以外に存在しないだろう。


 兄は静かに事のあらましを語り始める。

 私を安全な離宮に隔離してからのこと。兄は王太子の役割をこなしながら、平均よりは強い己の魔力を磨き、身体を鍛えた。

 未来人々の頂点に立つ者として、誰よりも強い力が必要だと考えたからだ。

 誰よりも強くなれば、全ての人々を守れると、幼い日の兄は子どもらしく壮大な夢を見た。

 そうなれば、最強であるが為に苛む妹、私をも守れるのだと、兄は日々励んでいた。


「もう、必要はないみたいだがな」


 私を解放した兄に示されて自身を見下ろしてみれば、全身が白い光に包まれている。

 兄のものとは違った、隙がなく、それでいて柔らかな防御魔法。他でもない夫の暖かな光が私を守っていた。いつの間にこんな仕掛けを施されていたのか。

 私には滅多に訪れない窮地で、夫と兄、二人同時に守ってもらえるとは思わなかった。嬉しくて、思わず笑ってしまう。


「お前に誰も傷付けさせたくなかっただけなのに、かえってお前自身を傷付けた自覚はある」


 懺悔する兄の声色は苦い。あの日、私を離宮に幽閉することに賛同したのを思い返しているのだろうか。

 恐怖や驚きが消え失せて、いつもの調子が戻ってきた私は、兄に向かって不敵に笑うと腰に手を当ててみせた。


「何のことかしら? そんな事実、一切ありませんわ」


 やっぱり、素直な形では外に出ない。

 私が勝手に思い込んでいたものと事実は全く違った。だから、兄を許すのではなくて、本来の優しい事実に感謝する。

 ありがとう、すらまともに言えない私に、兄は「そうか」と笑顔を見せてくれた。


 頭に手が置かれる。

 毛流れに添って撫でられて、兄の優しい体温を間近で感じる。


「ずっと、お前のことを甘やかしてやりたかったんだ」


 父が私を愛していたという夫の語りを、私は話半分に聞いていたところがあった。

 だから今、本当の意味で理解出来たのだと思う。ちゃんと、私にも愛してくれる人が周りにいたのだと。




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