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侍従は重たい愛を抱えている。





 違和感を覚えたのはドラゴンの姿で少女と会っている夜のこと。

 アズレトでもこれが一度目だったのだが、少女はこの数日に何度もある『気のせい』だと告げてきた。

 少女の言う通り、確認したところでは気のせいだったが、アズレトとは違って何年も魔物を狩る仕事をしてきた少女の『気のせい』は、そのまま済まされていいものとは思えなかった。


 まだ気のせいで流されているうちに手を打たねばならない。

 朝、人型を取ったアズレトは騎士団の部隊を各地の森に派遣した。最も大きな森は王都の外れにあるので、城にも人数は残しておく。

 これまでに侍従として少女の仕事に同行し、幾つかの類型が見て取れるようにはなっていたが、ここまで少女が警戒していても確信に至らないのは極めて異例だ。

 少女の手に余る規模の襲撃がある可能性が高いと見て、騎士達の魔力量や属性を考慮し、何処から始められても叩けるように配備した。


 結果、国を全方位から襲撃されるという最悪の事態が待ち受けていた。

 それだけならば、撒いていた騎士達の実力で問題なく押し切れそうだと思っていたのだが、侍従が更なる問題を持ち込んできた。

 少女が自ら王都の森に向かっていったという、事後報告だ。


 正面から出る時間も惜しい。窓を開け放って飛び降りれば、「陛下!?」と驚愕していたにも関わらず、続いて飛んできた侍従がすぐさま竜体を取って下に回り込む。着地する場所が地面から紫紺の背になった。

 あの驚きの後の判断にしては素早すぎて此方が驚いていると、『陛下のされたいことくらい分かっています』と呆れて首を振りながらも侍従は現地へと送り届けてくれた。




 少女に正体がバレ、襲撃の件が片付いた頃。

 合間に休息を取ろうと少女の部屋を訪れても、中から返事がない。庭にも姿がなかったが、城内を散策でもしているのだろうか。


「アズレトっ!」


 踵を返そうとしたところで、愛しい衝撃を背中に受けた。自分の姿を見つけた瞬間に飛び付いてくるとは、信じられない程に嬉しい。


「お義父様とお話しをしてきたわ」


 口元が綻びそうになって、そのまま固まった。

 あの父、まだ正体を明かせそうにないから紹介は追々と告げていたのに、バレたと知って早速少女を呼びつけていたらしい。

 何やらご機嫌な少女に部屋の中へと招かれて、座るのかと思いきや少女は立ったまま話を続ける。


「『王妃には未熟な小娘よ。愚息のことは頼んだぞ』って、反対されているのか歓迎されているのか、どっちなのかしら? 面白い方ね」


 初対面の少女にも父の悪い癖が出ていたようだ。

 二重で頭を抱えていると、少女は「とても良い方だわ」と嬉しそうに微笑んでいた。


「お義父様とお呼びしたら、『何だ。我が娘』って返事してくださるの。私は良いお義父様まで手に入れてしまったようね!」


 あの父、早くも出来たばかりの娘に親馬鹿を発揮しそうな状態なのか。

 その後も、少女が嬉々として父のことばかり語り続けるものだから、胸の中で沸々と煮える不快な気持ちと共に少女を抱き締めて、寝台の上に雪崩れ込む。


「今、貴方と一緒にいるのは俺です。俺のことを見てくれませんか?」


 言葉を紡ぐのを止めて、顔を真っ赤に染め上げている少女の唇に自分のそれを重ねる。

 魔力を吸い取る際に微弱に感じる苦しさも掻き消される甘さに、もっと欲しいと深く追い求める。

 少女から全力で胸を叩かれるまで、それまでの小さな抵抗を無視して貪っていたせいか、再度視線を合わせた少女は恥ずかしそうに眉を吊り上げて「アズレトの馬鹿!」と罵ってきた。


 可愛い。少女の喉元に顔を埋めて口付けてから、胸に頭を乗せて強く抱き締める。少女の身体は柔らかくて温かい。

 母は自分を産んで間も無く亡くなっている。そのせいか、乳母はいるとは言え女性の身体に触れた記憶は少ない。

 こんなに柔らかくて優しいものだとは知らなかった。


 何故か抱き締めた時から少女が身を固くして緊張していたが、「ああ、もしかして、まだ……そういうこと」と一人で納得してはそっと抱き締め返してくれた。何のことだろうか。

 髪を撫でられるのが心地好い。ドラゴンの姿の時はよく撫でられていたが、人型では初めてだ。


「そう言えば、言葉遣いを改めないのね。敬語も『姫様』も不要なのに」

「癖になってしまいましたから」


 侍従という役も嫌いではない。生涯の愛も忠誠も誓えるのなら、これ以上のことはない。

 ふと、未だに伝えていないことを伝えるなら今かもしれないと思い至った。抱き締め合っていた身体を離して、寝転んだ状態で向かい合う。


「姫様、俺は貴方の父上に、貴方の存在を抹消した理由を聞きました」


 父上、という言葉に反応してか、少女の表情が凍り付く。

 今まで自分を幽閉していた相手の心情を今更汲み取れとは言わないが、知っておいてもいいのではないかと、少女には構わず話し始めた。


 少女の祖国には少女の兄である王太子と、少女の二人しか子どもがいない。

 国王は側室を設けず、正妃だけを愛してきたが為に、たった一人の『駒』となってしまった少女には産まれた側から縁談が絶えなかった。

 しかし、少女は類い稀な魔力をその身に宿し、その力を年々増長させている。

 このまま国に置き続ければ詳細が公になって他国への脅威となり、駒として嫁がせればその国の軍事力が跳ね上がり、少女にとっても世界にとっても悪い結末しか見えなかったのだと。


 それからは国の総意として、高い魔力量を厭う姿勢に変えた。元々人間は魔力量が低い。この国には魔力の面で旨みはないと他国に思わせる為だ。

 国王は、間違っても愛娘を軍事兵器として周囲に認識されたくなかっただけだった。


 顧みれば、侍従の契約に関しても、あの契約書の化け物という言葉は振るいに掛ける為のものだった。

 噂に怯える使用人達、予想に反して大人しくしていない少女。実際に力を見た者の口を塞がなくてはならないし、この先は力も頭もある者が付いてほしい。

 今まで通りでは少女の状態が好転しないと踏んだ国王の判断だった。


 結局はアズレトが計画をへし折ってしまったわけだが、少女の祖国からすればアズレトの訪れは青天の霹靂であったと思われる。

 あの日、脅迫したにも関わらず国王から頭を下げられたのは、アズレトが少女をただの女性として欲しがったからだ。


「……何だか、私色々と勘違いしていたようね」

「姫様は他にも勘違いが多数ありますが」

「貴方ってほんと可愛くない」


 別に可愛くなくても結構だ。ムッとしていると「その顔は可愛いわ」と付け足されて複雑な気持ちになる。


 他にも、疑問が浮かべばその都度国王を捕まえて問い質していたが、国王が少女の為にしている仕事の多さにはいつも驚かされた。

 少女のことを口外したら一族纏めて葬り去る、など極悪非道な仕事もあるのでこれは少女には黙っておく。

 愛情が時に狂気の引き金を引くのはアズレトにも身に覚えがあるので否定は出来ない。


「まあ、何でもいいわ。私は貴方と出逢えて幸せだもの。それだけで充分なの」


 相変わらず損害を物ともしない潔さと、明るい笑顔に胸が焦がされる。

 拗ねたり自虐したり文句を言ったりはする癖に、最後には許してしまう少女のことをアズレトは尊敬してやまない。


「姫様?」


 笑みを消してアズレトの頬に手を当てた少女は、何かを強請るような目をして見つめてくる。

 それじゃない、と半目になる少女の要求が分かったアズレトは、その音を優しく声に乗せた。


「フェリウ様」

「……違うわ。やり直しよ」


 初めて少女の名前を知った日は、その可憐で美しい響きに、何度か口にしては枕に顔を突っ込んで悶えていたとは口が裂けても言えない。


「フェリウ」


 要らないことを思い出したせいでどうにも恥ずかしくなって、寝返りを打って身体ごと顔を背けた。今にも顔が燃えそうだ。

 背中越しに小さく笑う声が聞こえてくる。こんな時だけ二つ歳上の余裕を見せてくるのは卑怯だ。

 もう少し追い付いている実感が欲しい。


「ねえ、アズレト。私、貴方のことが大好きだわ」

「……俺は貴方を愛してます。大好きじゃ足りないですよ」


 そんな無邪気な告白では到底満たされなくて、か細い声で呟くと聞こえなかったらしく聞き直されたが、何でもないと振り払った。

 全てを知られてからは立場が弱くなっている気がする。こんな風に負けているままではいけない。


 対等な立場で向かい合ってからが本番だったようだ。

 新たに下剋上を試みることを胸に掲げて、圧勝する自分を思い浮かべてから悪い笑みをして少女と向かい合う。

 大きく目を見開いた少女が、悔しそうに「可愛い顔をして……」と唇を尖らせた。可愛い顔をしているのはどちらなのか。


「簡単に告白してきますけど、俺に死ぬまで愛される覚悟は出来ているんでしょうね」


 掴んだ指先に唇を落とせば、みるみる内に赤くなっていく少女は、一度深呼吸をしてから口許に不敵な笑みを刷いた。


「上等だわ。今に見ていなさいよ。おばあちゃんになっても愛させてあげるわよ」


 少女が老いて朽ちるまで。竜人にはあまりにも短い時間を思って、物悲しい気持ちを覚えながらも「当然です」と笑い返す。


「それから、貴方を置いていくつもりはないから覚悟は貴方がなさい。化け物を嘗めないでもらいたいわ」


 次に目を見開くのはアズレトだった。

 まさか、蔑称を自虐以外で使われるとは思わなかった。

 自信満々に鼻を鳴らしてふんぞり返る少女をきつく抱き締める。この少女ならば、そんな奇跡も起こせそうだ。

 やはり、まだまだ少女は追い抜けそうにない。




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