姫様は衝撃の事実に目を剥いている。
「何処に隠れているのよ馬鹿!」
廊下の真ん中で地団駄を踏んでいる私を、使用人達が不思議そうに見ては一礼して通り過ぎていく。
彼是数時間程侍従を捜し回っているけれど、城内を隈無く歩いては扉を開けているににも関わらず、未だ捕まえられそうにない。
もはや私は初めてを奪われた乙女のそれではない苛立ちに包まれていた。むしろ、この状況で一瞬でも羞恥を感じられたことが奇跡だ。
逃走したクズ野郎は見つからず、従者には意味深なことを言われて仕事に戻られ、私のこの胸に蟠る気持ちを何とか出来そうなのが侍従本人しかいないという現実に嘆いた。
「姫様、廊下で休まれていては身体に触ります」
匙を投げて廊下に座り込んでいた私に声を掛けてきたのは侍女だ。
私を心配する声が穏やかだから、それが私に向けられたものではないのが分かるけれど、何処と無く怒っているように見えるのは気のせいだろうか。
「あの……もしかして、怒っているかしら?」
「ええ、不甲斐ない主君の情報を耳に入れましてね。私、我慢の限界です」
どうやら間違いなく怒っているようだ。
廊下の冷えが身体に移ってしまったのか、下半身に軋む痛みを覚えて立ち上がる。
侍従に『無毒化』されてから絶好調だったものの、病み上がりであることには変わりはないらしい。あまりにも元気に身体が動くものだから、つい調子に乗ってしまった。
「一度お部屋に戻りましょう。そちらで私から全てをお話しさせていただきます」
私がいない内に整えていたのか、充分に温められた室内で、ソファーに促された私は膝に毛布を掛けられる。
大分過保護な扱いに思われるけれど、私が自分を大事に扱わない分、こうして侍女に迷惑を掛けているのだろう。
以前に謝れず仕舞いでいた分、私は「いつもありがとう」と労いの言葉を掛ける。それだけで一度怒りを消して笑ってくれた時、侍女の実年齢がまるで分からなくなった。
とてもではないけれど、私の幾つか年上の女性にしては懐が大きすぎるように映る。
「姫様は、『竜人』という種族をご存知ですか?」
侍女の切り出しには首を傾げた。
ドラゴンと呼ばれる生き物自体、つい最近生存を確認したばかりなのに、その竜に人がつく生物のことを知るはずもない。
私は並みな反応をしたのか、侍女は「……そうですよね。まずはそこから」と何度か頷いた。
「私は国王陛下の乳母をしていまして、今も陛下のことは実子のように可愛がっております」
うん、ちょっと待ってほしい。いきなり理解が追い付かなくなった。
前提として、私は陛下が何歳なのかも知らされていない。それに陛下の年齢をかなり若く見積もったとしても、侍女が乳母をするには若すぎる。
私の混乱に気が付いている侍女は、少しずつ衝撃の真実を明かしていく。
「私は人の見た目では二十代前半ですが、実年齢は六十です」
「ろ、六十、ですって……!?」
侍女は魔女か何かだろうか。彼女達魔女は不老の力を手に入れている等という文献が残っているけれど、まさか、本当に実在していたなんて。
ドラゴン程度で驚いている場合ではなかったようだ。
「どうやら斜め上に思考を巡らせていらっしゃるようですので申し上げますが、私達竜人は百年生きてもまだまだ若輩者です」
情けないことに、既に理解が追い付かず思考が停止した。
何とか私が噛み砕き、飲み下せるようになるまで、侍女は根気よく説明を続けてくれた。
まずこの国の民は八割方『竜人』という種族で構成されているが為に、個々が強い魔力を持っていること。私が出会っている侍女も、従者も、騎士達も、全員が竜人であること。
鍛練場に邪魔をしに行っていた時にも、驚くべき身体能力を持つ者が多いとは思っていたけれど、まさか彼等が人間じゃないとは思わなかった。
そして、当然ながら国王陛下も竜人であると告げられた。
陛下は老齢の前国王の負担を減らす為、弱冠十四歳で即位しているらしい。
幼い頃から利発な子どもだった陛下は、即位して一年も経たずに国王としての頭角を表し、現在も立派に国を率いているそうだ。
どんな十四歳だ。
私の十四の時は、偉そうにふんぞり返る仕草を完全に身に付け、髪を掻き上げては高笑いしていた程度だと言うのに。
「陛下は今年十七になられて、男性として益々見目麗しく成長されましたが、所詮は見た目だけだったようです。まさか、形ばかりでしか手に入れられていない奥方に何も明かさないまま、本能のままに唇を奪い、あまつさえ逃げるなど……」
唇をわなわなと震わせて怒っているところ悪いけれど、また話がよく分からなくなった。
「好きな女性が出来てからは幼いながらに奮闘しておられましたし、漸く人の見た目が人間の年齢に追い付いてきたからと城を空けられた時は、私達使用人一同、陛下の完全勝利を楽しみに待っておりました」
時々、「よく分からないわ」と言ってみてはいるのだけれど、侍女の話は熱が入ってしまったらしく、どうやら声は届いていない。
「それが半端な勝利で満足しているあの姿! 目も当てられません! 私の監督不行き届きも原因の一つでしょう。乳母失格でございます!」
「あ、あの、そろそろ言葉は耳に届くかしら……?」
これ以上訳が分からなくなると正していくのがつらい。
自分が取り乱していることに気が付いて我に返ったらしい侍女は、何度か私に頭を下げて謝罪をしてから、今度こそ冷静に説明をしてくれた。
竜人は人の姿を手に入れるまでに遅延があり、大体の竜人は人間よりも若いままの見た目で過ごすところ、陛下は無理矢理にでも成長を望んだそうだ。
理由は、好きな女性が年上でただでさえ追いて行かれているのに、見た目が更に遅れているのが我慢ならなかったから。
陛下は無理な成長を遂げたせいで、人としての器官が一部大幅に遅れたままになっている。この遅延に関しては何処に現れるかは個体で違いがあるそうで、陛下は喉が未完成のまま姿だけ大人になってしまったらしい。
それは今でも顕在で、調子よく話せていても途端に言葉が次げなくなったり、朝目覚めた直後から既に話せなかったりと、時折無言にならざるを得なくなってしまったようだ。
現在は城を空けていた分、消化し切れていない仕事が大量にあり、渋々好きな女性から引き離されることになった陛下は、余力で女性に会いにいった。
話せもしなければ、自分だとも認識してもらえない、まだ幼いドラゴンの姿で。
「ねえ、あの、それって、その……」
ほぼ確信してはいるけれど、確認するのが怖かった。
だって、本当にそうなら、陛下は天使でドラゴンで、――ということになる。
「子どもらしい遊びをしたことがなかった陛下にとって、強く美しく等身大な姫様に恋をするのは必然的だったでしょう」
侍女の話の通り、あの幼少期の時間を大事に思ってもらえているなら、私にはまだ一つどうしても納得出来ないことがある。
「なら、どうして会いにきてくれなかったの……私は、ずっと会いたかったのよ……」
子どもの頃に受けた傷や悲しみをその時期に癒せず、大人になるまで引き摺ってしまえば、それからはそう簡単に消えたりはしない。
色んな理屈を付けて納得しようとしたけれどどうしても納得出来なくて、結局は『会いたい』という気持ちをずっと抱えたままここまで来てしまった。
「そればかりは、陛下の口から聞いた方がいいかもしれませんね」
扉を開けた侍女が、「陛下の元へご案内します」と私を外へと導いた。
数時間歩き回っても見つけられなかった部屋は、侍女や従者のような特別親しい間柄の者にしか教えていない、秘密の抜け道から行けるようになっていた。見つけられるはずがない。
部屋に近付く程に再度怒りは沸いてくる。あれとかそれとか、色んなことに対して。
今日という今日は、全てをはっきりさせるまでは何一つあの男の言うことは聞かないと決めた。
重厚な扉の前に私を案内した侍女は、「では、私はこれで」と立ち去っていく。
あの男を引き摺り出す前に二人きりにしてくれるなんて有り難い配慮だ。何故なら私は淑女にあるまじき行動をするつもりで、全面戦争を目論んでいるのだから。
「アズレト! いい加減ここから出てきなさいよ!」
返事を待たずに扉にタックルしてやった。




