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姫様は怖がりながらも渇望している。



 一体どれだけいるのか。どれだけ焼き払ってもまた生まれて、いつまで経っても終わらない。

 あの胸騒ぎはこれの準備だったとでも言うのか。結果としては悪すぎる。


 こんなに多くの魔物を殲滅するのは初めてだ。

 断続的とは言え短時間で放ち過ぎた為か、辺り一帯が自分の魔力で満ち溢れているのが原因か、身体の中の魔力に揺らぎが生じているのが分かる。

 それが徐々に頭を締め付けて、眩暈へと変わっていくのを額を押さえて堪えていると、燃え盛る空間には似つかわしくない、色とりどりの花びらが目の前で散った。


「アズレト……?」


 突如目の前に現れた侍従が、花びらを散らしながら魔物を消し去っていく。

 蔓を幾重にも巻いて突き刺していく多段な攻撃は、数匹ずつ現れる魔物を逃すことなく潰していき、魔だけを吸い取って浄化していく。

 今までに、何度も連れ立って魔物討伐に向かっていたのに、一度も見せてくれなかった魔法攻撃を見せつけられた。

 まさか、最も魔力消費の激しい樹属性が得意だとは思わなかったけれど。


 戦う姿にしては美しすぎるそれを呆けて見ていると、いつの間にか背後で魔物の気配がした。近すぎる。仕留められても刺し違えるかと思っていた矢先、私よりも早く動いた侍従が剣を抜き払い、一刀両断して倒してくれて事なきを得た。


 突然のことに状況を把握し切れないでいる私を見下ろして、侍従は柳眉を吊り上げた。


「貴方は……! 本当に何処まで馬鹿なんですか!」


 馬鹿ですって? いつものように、言い返す為だけの言葉が自動的に脳裏を過ったけれど、私は黙りを続けている。

 侍従がここまで激昂している姿は初めて見た。それだけ、私は良くない状態に置かれていたらしい。


 私が焼き払っていた時とは違って、新たに魔物が生まれる様子がないのは、使う魔法の属性に問題があったのだろうか。

 そんな、今考えるべきことじゃない事ばかりを考えてから、蚊の鳴くような声で「ご、ごめんなさい……」としか言えない情けなさ。

 一度叱責して気が済んだのか、落ち着いた様子で溜め息を付いた侍従は冷静になって続ける。


「経緯は奴から聞きました。確かに、姫様の火力は一撃で見れば敵う者はいません。けれど、その分持続性もありませんよね。息切れも早い」


 侍従の言う通りだ。私は一撃が馬鹿みたいに強いだけで、長期戦には向いていない。最終局面のみで実力を発揮する、全く以て実用性のない魔法しか使えないのも自覚もしている。

 叫び声がしたから咄嗟に助けにきたはいいけれど、予想していたよりも魔物が多くて、これでは自滅の道を辿るばかりだった。


「貴方は魔力を溜めすぎても、放ち過ぎても身体に障る。器に魔力量が見合っていないんです」


 それも知っている。それでも、私にはこれ以外に出来ることはない。

 反論出来そうな部分はない。ただただ反省して縮こまる私に気付いたのか、侍従は私に手を差し出した。

 こんなに魔力が暴走している状態の私にもそんな真似をするのか。


「城に帰りましょう。騎士達には指示を飛ばしましたから、後は消化試合です。この国はこの程度で崩される国ではありません」


 所々意味が分からないけれど、今質問攻めにしても私の理解が追い付かないで終わるだろう。

 当然、侍従の手を取ることなくふらふらと歩き出した私は、歩幅を合わせてくれる侍従に連れられ、馬車の中に戻された。



 魔物の襲来で魔力を発散させた後、底をつく寸前まで魔法を扱い続けた後遺症か、私は高熱に侵されていた。

 誰も私に近寄るなと、言えるものなら言いたいのに、口を動かす気力も残っていない。今自分がどうされているのかも分かっていない。

 そんな状態でどれだけ時間が経ったのか、目も開けられない状態に陥った時、侍従が耳元で私の名前を呼んだ。


 もう全ての感覚が曖昧になっているのに、侍従の声は何とか判別出来るようだ。

 それにしても、初めて顔を合わせた時以来、一度も呼ばせなかったのに、何故今になって。


「失礼をお許しください」


 失礼ならば毎日のように働いている癖に。私がよく分からない状態の時にだけ許可を取ろうなんて、どういう嫌がらせだろう。

 何とか口を動かして、「嫌よ」と声に出した時には額にひやりとした何かが触れて、熱が吸い取られていく気持ちよさに息を吐く。それは、まるでドラゴンに触れている時のような、そんな感覚だ。


 急速に楽になっていくのは、何が起こっているのか。未だに重い瞼を無理矢理に持ち上げて、それの先に視線を動かすと息が止まった。

 侍従が、私の額に掌を乗せている。


「っ、いや、アズレト、死なな……」


 振り払う力までは戻っていないから、何とか喉から声を絞り出す。


「言いそびれていましたが、俺には魔力を無毒化する力があります。だから、俺は貴方に触れられるのです」


 嘘か真か、そんなことは穏やかな顔をして私の頭を撫でる侍従を見れば明らかだった。侍従は、本当に私に触れても何ともないらしい。

 無毒化なんて俄に信じがたい能力だけれど、実際に体感していると何とも言えない。

 だから侍従は、いつだって私に手を差し伸べようとしてくれていたのだろうか。私が頑なに理由を聞かずにそっぽを向いていたから、言い出せずにいたのだろうか。


 暫く撫でられ続けて、腕が動くよう になってきたところで身体を起こすと、「無理はなさらないでください」と怒気を含んだ声で諌められた。

 けれど、そんなことには構っていられない。


 両腕を伸ばして侍従の首に回す。

 力の抜けている私はさぞ重いことだろうに、抱き付く私に何一つ文句を言わず、「な……?」とか「っ、姫様?」とかひたすらに驚きの声を上げるだけだ。

 声が裏返っているなんて面白すぎる。そんな侍従の姿に、私はしてやったりとほくそ笑む。


「ずっと、貴方に触れたかったの」


 力の入りきらない腕になけなしの力を込めて。

 侍従はと言えば息を飲むばかりで、待っていてもいつもの憎まれ口は発動しないようだ。

 とうの昔に忘れてしまっていた人肌の温もりに、その優しい温度に浸りたくて目を閉じる。


「アズレト、貴方は私に触れられるんでしょう? ねえ……抱き締めてくれないの?」


 腕を回してくれたらもっと体温を近くに感じられるのに。

 やけに早く鼓動を刻むその胸の音に耳を寄せて、この男でもここまで動揺することがあるのかと、もう一度笑う。


 私のあからさまに嬉しそうな笑い声が癇に障ったのか、侍従は私の顎を掴んで強引に目線を合わせてきた。妙に真剣な表情をするものだから、思わず笑みを消して見つめてしまう。

 さすがにこんなに近くで見るのは初めてだけど、この男は何て綺麗な顔をしているのか。


「挑発も大概にしていただけますか」

「あら、いつもの仕返しじゃない」

「貴方は仕返しでこんな真似をするのですか」

「こんな真似ってどんな真似よ。言っておくけど、嘘は一つも吐いていないわ」


 怒りの頂点に達しそうになっていた美貌が、また目を丸くして固まるのはなかなかに愉快だ。

 いつもの応酬のはずが、侍従の反応が予想からずれたものになるせいで何だかすっきりしない。

 顎を掴んでいた手が頬を撫で上げて包み込む。ずっとこの温もりが欲しかったのに、そんな触られ方をすると胸の奥がくすぐったくなるからやめてほしい。


「……俺も同じです。貴方に触れる為に、俺は頑張ってきたんですから」


 紫色の瞳が嬉しそうに細められる。白銀の睫毛に囲まれたその輝きに、過去の記憶が重なる。

 何だろうこの既視感は。


 頭の中が混乱を極めて、穏やかに凪いだ声が告げた言葉の意味を理解する前に、唇に柔らかな熱が押し当てられた。




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