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姫様は胸騒いをいだいている。




 魔物の件が気になり始めてから、気にし過ぎだとは思うけれど魔力がざわつくことがある。

 虫が知らせるのか、祖国では襲撃が起こる数日前から、外気に触れる度に肌が粟立つのを覚えていた。寒くもないのに震えて自分を抱き締めたくなる感覚だ。

 私には一度で滅殺する力があるのに、前触れだけはどうしても怖いと思ってしまう。そんな状態に近い瞬間が時々ある。


 この国の人々の魔力が強いのなら、私と同じ感覚になったりするのではないかと思ったりもした。けれど、あまりにも一瞬の出来事で、他人の反応を確認するまでに『気のせい』で落ち着いてしまっていた。

 実際、気のせいだった。魔力がざわついては気のせいで数日が過ぎて、またざわついては気のせいで、妙な気疲れだけが溜まっていく。

 本当に『気のせい』で済ませてもいいものか。


 休憩にお茶を淹れてくれる侍女に視線をやる。今日のお茶には疲労回復の効果があるのだと教えてくれる侍女は、いつものように笑っているだけ。


「ねえ、ここ最近、何か感じることはないかしら」

「最近、ですか。でしたら、姫様がお疲れになっていることくらいでしょうか」


 事も無げにそう言うだけの侍女は、「甘くしておきますね」とお茶の中に黄金色の蜜を混ぜる。

 この侍女は魔力が強い。侍従と同じく、全く恐れを成さずに私に接近出来るのは自信があるからだと、幾ら私でも気が付いている。

 侍従だってそうだ。靴を履かせたり上着を掛けてきたり、ほんの少し間違えば命に関わり兼ねない距離も平然とこなす。

 私は常に魔力に満たされていて纏っている状態なのだから、本当に『触れなければ』大丈夫なのかは分からないのに。


 危険の塊に近付いて笑顔でこなせる時点で、相当な魔力量と精神力の持ち主のはずだ。そんな侍女も気が付かないのなら、やはり気のせいなのか、それとも私ぐらいにしか分からないものなのか。


「視察に行きたいわ。王都から外れた場所の森がいいわね。出来れば今夜」

「それだけはなりません」


 間髪入れずに叩き落とされた。

 侍女が頷かない理由は分かる。聖の森と違って、呼吸を始めた木々の犇めく森は最も『魔』が生まれ易い状態だ。

 対処出来るとしても、わざわざ魔物が生まれているかもしれない場所に、自ら足を踏み入れるなど愚かしいだろう。


「確かめたいことがあるわ。早い方がいいのよ」

「アズレト様を通して――」

「何でそこでアズレトが出てくるのかしら。あれがこの話を通すわけがないわ」


 数日に一度、何故か恐ろしく疲れた顔をして戻ってくる侍従。

 そんな侍従が私の我が儘を取り次いでいる時間があるとは思えないし、まず何故侍従の許可が必要なのか。この侍女が侍従に任されているから、二つ返事では決められないということだろうか。


「……姫様は、御自分が陛下の大事なものであるという自覚はありますか」

「ないわね。会ったこともないもの。大事なんて、本人からも聞いたことがないのに勝手なことを言わないで欲しいわ」


 毎日気を張り詰めていて疲れているせいか、いつも以上に冷たい物言いにしかならない。

 これではただの八つ当たりだと気が付いて顔を上げた時には、侍女は少しだけ悲しそうな顔をしていた。

 この口は、素直にごめんなさいの一つも言えないのか。




「またやってしまったのよ……」


 夜の庭でドラゴンに懺悔をする。こうして懺悔をするくらいならさっさと侍女に謝ってしまえばいいのに、すぐに謝れずに機会を失ってからは引っ込みが付かなくなっていた。最低最悪だ。


「この口はどうしてなのかしら。愛らしさの欠片もないのは知っているわ。それこそあれの爪の垢を煎じて……いいえ、更に悪化しそうね」


 侍従のことを思い浮かべたけれど、あれも可愛らしいのは顔ばかりで口はそうでもなかった。むしろ悪い。


 いつも愚痴に付き合ってもらっている御礼に、ドラゴン用に小さめに切ったサンドイッチを用意していた。

 ドラゴンが肉食なのか草食なのかも分からないし、何となくあの日の天使に似ているからか、パストラミのサンドにしたら喜んで食べてくれた。

 美味しいかと聞けば、元気に「きゅう!」と鳴き声を返されて笑顔になってしまう。


 色んなサンドイッチを作ってみた中で、天使もパストラミが一番好きだった。特別何か言っていた記憶はないけれど、パストラミの日だけ目の輝きと食べる速度が違った。

 ……そう言えば、侍従もパストラミが好きだった気がする。


「貴方も小さいのに肉食なのね」


 当然とばかりに頷くドラゴンの、頬に付いているパン屑を取る。

 指先でそっと払っただけなのに、何故かドラゴンは物凄く恥ずかしそうにしている。


「私のことばかりで、貴方のこと全然知らなかったわね。これからいっぱい教えてくれる?」


 最後の一口を放り込んだドラゴンは何度も頷いてくれた。

 嬉しくて頭を撫でるとやっぱり恥ずかしそうにする。私と同じで、ドラゴンもあまり触られ慣れていないのかもしれない。


 逃げようとするドラゴンを追いかけて撫でくり回していると、不意に嫌な予感が背筋を滑り落ちた。

 滑らかな触り心地だったドラゴンの鱗がほんの少し尖る。これは、ドラゴンにも分かるのだろうか。


「……これ、一体何なのかしら」


 ドラゴンは私の手から逃れると、小さな羽を羽ばたかせて宙に舞い上がり、瞳を爛々と輝かせて辺りを見渡す。

 何の異常もないと感じたのか、再び地に降り立ったドラゴンは大きな疑問符を浮かべながら首を傾げている。


 ここ最近、数日に一度似たような感覚があるけれど何もないことを何気無くドラゴンに告げると、「きゅぅう!?」と予想に反して驚いた声で鳴くものだから不安になる。

 急に怖くなってくる私の手を両手で挟んだドラゴンが、私を安心させるように二回、柔らかく手の甲を叩く。

 まるで、任せてほしい、と言っているようなそれにまた笑って、未だ収まらない胸騒ぎを誤魔化したくて胸元に手を当てた。




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