#080:委託交渉
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
宣伝を兼ねて大量に持っていったコロッケとソースは、高い評価を得て食べ尽くされた。
その後は、羊飼いの隠れ家亭から提供されるおいしい料理をいただいたり、グレイスさんとクロエちゃんの美人姉妹とお喋りしたりして、お祭りの夜は賑やかに更けていく。
そして、翌朝は迷宮へ出立する準備のために中央通りへ向かった。
まずは商人ギルドで上納金を支払い、それが終われば買い物だ。
「いらっしゃい!」
「昨日のお祭りで出していたやつをください。ちょっと多くてもいいですか?」
「もちろんだとも。いっぱい買っておくれよ!」
「ありがとうございます。一つあたりのお値段は……ふむふむ……」
私や羊飼いの隠れ家亭のように、お祭りを利用して商品の宣伝をしていた店舗の中でも、特に人気の高かったところはしっかりとチェックしている。迷宮で買い叩いた魔石などの素材を売ったお金でそこから商品を買い込み、相場の確認がてらに町をぶらつき歩く。
そうやって、買いもしないお店までも冷やかしてから帰宅すると、マチルダさんが定期的に見舞われる避けられない体調不良のようで、明日の出発は延期することになった。
お祭りの間はゆっくりしていたい――と口にしていたマチルダさんの言葉は、本心から出たものだったのだね。私にも馴染みがあるのにまったく気付けなくて申し訳ない……。
それにしても、ぽっかりと時間に空きができてしまった。
このままスタッシュの拡張に明け暮れてもよいのだけれど、次の収穫期から始めようと思っていたコロッケの販売を前倒ししてみようかしら。
鉄は熱いうちに打てと言うし、コロッケを食べた人たちの記憶や興味が薄れてしまう前に、攻勢に打って出るのも悪くはないでしょう。
しかし、私は迷宮での商売をやめるつもりはないし、エミリーとシャノンは言うに及ばず、マチルダさんとお母さんも迷宮へ行きたい気持ちがあるかもしれない。もしもそうであれば、今後もコロッケを売り続けろと言われても難しい。
それに、マチルダさんの体調が回復するまでの期間限定販売では不興を買う虞も考えられるので、レシピさえわかれば誰にでも作れるコロッケは、お向かいのパン屋さんに頼んで業務委託の形で扱ってもらおうかな。
さすがに予想以上の好評を得た中濃ソースや、安定した人気を見せるマヨネーズは無理だけれど、簡単に解析されそうなコロッケのレシピなら教えても惜しくない。
なによりも、私とは親戚だし、お母さんにとっては実家だし、おかしな真似をしなくても生活には十分な余裕があるのだから、どこかの誰かを新規で雇うよりは桁違いに安心できるよね。
そんな思惑を薄い胸の内に隠し、夕食を求めるお客さんで混み合う前のパン屋さんへ行くと、遠い目をして壁を見つめる次男のお兄さん――私にとっては従兄がいた。
「こんにちは~?」
「んあぁ……サラか。エミリーならいないぞ~」
「伯父さんかミンナさんは?」
「父ちゃんも母ちゃんもギルドの寄り合いに行ってるんだったかな」
「……どうしたの? また振られたの?」
「…………はぁ」
あぁ、しまった。迷宮でもやらかしたばかりなのに、核心をついたようだった。
なんとかフォローしようと秘蔵のクッキーを見せてみても凹んでいるだけで、どうしたものかと悩んでいたら、エミリーが帰ってきてくれたおかげで事なきを得た。
「もう、しっかりしなさいよ」
「だってよぉ、パン屋継がないって知った途端に冷たくなったんだよぉ……」
「そんなやつ放っておけばいいじゃん。次行こう、次」
「そんな簡単に切り替えられるわけねえよ……」
従兄はそのまま壁にへばりついてしまったけれど、エミリーが励まし続けたことでお客さんが来ても応対できるまでに立ち直った。
「ふぅ。まったく、世話の焼ける……。それで、サラは何の用事だったの?」
「あ、えっと……何だっけ?」
「あたしに聞かれてもねぇ。……そのクッキー食べていい?」
「うん、いいよ。もうこれで在庫なくなるから後で作らな……ああ、そうだ、コロッケだ」
「ん、昨日のやつ?」
「そうそう。あれをこのお店で委託販売してほしいなって相談にきたんだよ」
いつかの麦茶騒動と同じく、私はレシピを提供するだけで材料の調達は委託先であるパン屋さんが行う代わりに、売り上げからの取り分は多めでどうか――という内容を伝えてみた。
その間にも、夕食用のパンを支度していた上のお兄さんやその奥さんがやってきて、昨夜の人気っぷりを見ているだけに割と乗り気のようだ。
ところが、そのまま承諾してくれる方向で話が進んでいたのに、相変わらず夫婦仲がよくて腕組みまでして帰ってきたエミリーの両親が、難しい顔で断りの言葉を口にした。
「サラちゃん。ありがたい話だとは思うんだけどね、今すぐは……ちょっと、ねぇ……」
「袋パンのことがあるからな。それに、コロッケもやるとしたら根回しが必要になる」
私が言うのも何だけれど、儲け話をみすみす逃すなんて正気の沙汰とは思えずに、つい礼儀を忘れた口調で問い質してしまった。
すると、それを聞いた仲良し夫妻から子供へ言い聞かせるようにして理由を教えてもらった。
以前、私が提案してお母さんにも代理を了承してもらったピタパンだけれど、製パンギルドでは未だに話がまとまっていない。そんな状態で、さらに利益の塊とも言えるコロッケの独占販売権を手にしてしまっては、同業者から白い目で見られて面倒なことになるのだとか。
ピタパンにコロッケとキャベツを挟んで、中濃ソースを掛けた炭水化物サンドを売り出せば、あまり時間を取れない職人さんや冒険者が喜びそうなのに、なかなかうまくいかないものだね。
このお話は残念ながら立ち消えになるのかと肩を落としていたら、彼女に捨てられた従兄が名乗りをあげて、まったく違うお店として立ち上げることを宣言した。
「小麦粉と卵はうちから買えばいいし、硬くなったパンなんかどうにでもなる。それに、芋と油はまだサラのところに残ってるんだろ? だったら、それを買い取ればいいだろ。なぁに、金ならたんまりあるから心配すんな」
「お前、あの子に相当貢いでなかったか?」
「……兄貴、それは言わないでくれ」
「ああ、もう! また暗くなったじゃん! あたしもう知ぃらない」
外も暗くなってきて夕食時も近付いたことで詳しい話は明日へ持ち越しとなり、従兄は誰からも相手にされず壁に頭をくっつけていた。
明くる日はパン屋さんが暇な頃合いを見計らい、励まし要員として呼んだエミリーと一緒にコロッケの作り方を従兄に教え込むと、簡単な工程だからすぐに覚えてくれた。
あとは、レシピの横流しをしない事や、勝手にオリジナル品を売らない事など、思い付く限りの禁止事項に同意してもらった。さらに、もしも契約違反を起こせば、髪の毛に火を付けてダンシングトーチの刑に処すことにも頷かせて――いや、自分の意思で頷いてもらったよ。
「なぁ、エミリー。これって冗談だろ?」
「……マジだと思う。前に盗賊捕まえたじゃん? あの時燃やしてたもん」
「ヒエッ」
「ちょっと待って。あの時は胸毛だよ?」
私の言葉を聞いた従兄がなぜか乙女のように胸元を手で覆っているけれど、そこのところは勘違いしないでもらいたいね。
頭部には袋を被せていたから髪の毛は燃やしていない。燃やせなかったのだ。
家に帰るとマチルダさんの体調が回復していたので明日は迷宮へ戻ることになり、そのことをエミリーとシャノンに告げてきた。それが終わってからは、まだ余っている材料でコロッケを作ったり、在庫が切れたクッキーを用意したりして夜を迎える。
出発当日の朝には、集まった皆からの『あの空間はもう嫌』という意見を華麗にスルーしてスタッシュに吸い込んだ。それと、水場が近いせいかオアシスがあまりにも寒かったので、我が家にある数少ない魔術的な利器――数年前にシャノンのお店から格安で譲ってもらった魔導ストーブも重ね入れ、時間加速と短距離転移で迷宮近くにあるヘイデンの村へと舞い戻る。
ここからは冒険者組の領域なので、私は後ろに控えて道案内をする。
そうやって、邪魔にならないよう皆の真ん中を歩いていたのだけれど、オアシス前にある横に膨らんだ通路まで来ると、またもや魔物の群れに出くわした。
「……ここは魔物の溜まり場か何かなの?」
「似たようなものね。メイズコアを潰すまでは、新しいフロアコアが出てくるもの」
前回はお母さんの元仲間である鷲獅子の爪痕が爆風と共に破壊したものの、新たなフロアコアはたった一日、ひどい場合は数時間で再出現して元の木阿弥となるそうだ。
村へ戻るために通った時は魔物がいなかったけれど、出入り口ですれ違った大所帯のチームが一掃していたのかもね。
しかし、今日は他に誰もいないし、私たちだけで乗り越えるしかなさそうだよ。




