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#075:ここにあったのか

2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。

 単価は安くても需要が高いことで間違いなく買い取ってもらえるため、お母さんがお酢の元――となる体液が詰まった虫を乱獲する。それを自分では持たず私のスタッシュに押しつけて洞窟の中を進むけれど、道がわかりやすいのは最初だけだった。

 進めば進むほど繋がりが複雑になり、さすがは迷宮といった風情を醸し出しているのだ。


 しかし問題点はそこだけで、記憶保護を持つ私の前では障害にもならない。

 そんな些末なことよりも、お酢の虫以外にも慣れ親しんだ香りを放つ虫が(うごめ)いている光景のほうが驚きだった。

 もちろん、嬉しくも悲しい気持ちで捕まえたよ。


 そんなことを行いながらも、土に埋もれている魔石を掘り出したり、大荷物を背負ったお客さんを見つけたらいつものように商品を勧めて歩く。たまに飛んでくるコウモリや壁に貼り付いていたトカゲに襲われるくらいで大きな戦闘もなく進んでいき、どこにあるかもわからない落とし穴に気を配るだけでよかった。


「あ、またスライムだ」

「溶けるからもう触れちゃダメよ。いちいち倒すのも面倒だし放っておきましょ」


 ある意味で迷宮を支配しているのは、このスライムと呼ばれる粘体生物だ。

 迷宮内ならどこにでも湧いてくるし、剣で切りつけても岩石を叩きつけても死ぬことがなく、挙げ句の果てに引きちぎれば分裂するという究極体。生ものでも不燃物でも、それこそ魔物の死体ですら易々と溶かして食べるので、うっかりと触れたら火傷(やけど)を負ってしまい、もしも(まと)わり付かれたら骨の髄まで吸い尽くされる。

 こんな言い方では凶悪な存在にしか思えないけれど、熱にだけは滅法弱くて燃やせば簡単に倒せることもあり、使い方次第ではとても役立つ魔物と言えるだろう。


 これをゴミ箱の底に配置しておけば、中身を捨てに行く手間が省けそうだよね。

 そう思って初めて見たときに捕まえようとしたら、お母さんからこっぴどく叱られた。




 そんな日々が矢のように過ぎていき、常に真っ暗闇なことで時間の感覚が曖昧になり始めたころになってようやく変化が訪れた。

 今までは昆虫を主としてたまに爬虫類が混ざる程度だったけれど、いつの間にやらその比率が逆転しており、その先へ進んでいると人型の魔物までが現れたのだ。


「……ふぅ。クレイとかマッドでも、やっぱりゴーレムはしぶといわね」

「いやいや。普通はもっと苦戦しますよ、レアさん。一刀両断ってなんですか!」

「チルチルも相当なものだと思うよ。弱点ばっかり突いてたし」

「そうだよね。二人ともすごすぎ。あたしじゃまだ無理だわ」


 動くものには避けることのできない弱点となる間接部や、周囲の状況を読み取っていそうな目元を的確に突くマチルダさんと、そんなものは関係ないとばかりに一太刀で斬り捨てたお母さんが、泥や粘土で形成された動く人形――ゴーレムをあっという間に倒していた。


 しぶといと言うのも、両断されてなお上半身だけで這いずり回っていたからだ。

 それもすぐに動かなくなったけれど、あれはかなりホラーな光景だったなぁ。

 ちなみに、戦闘中の照明はシャノンとお母さんの光属性魔術が担ってくれているよ。


「みんな、お疲れさま。何か飲む?」

「そうねぇ……お腹も空いてきたし、そろそろ休憩にしましょうか」

「それじゃあ、ご飯の支度するね」

「ボクも何か手伝うよ。ゴーレムの残骸を退けてこようかな?」


 私が皆の腰を落ち着ける場所を作るために(むしろ)や敷物を拡げていると、燃やしても硬くなってしまうだけの土人形は、エミリーとマチルダさんが魔石を取り出してから壁際へ寄せていく。それが終われば私たちと一緒にシャノンの水属性魔術で手を洗ってご飯を食べる。

 その片付けの際に、マチルダさんが何かに気付いたようだった。


「ゴーレムが居た割りには、まだ壁がやわらかいほうでした」

「そうなの? 思ったより成長が早いわね」

「ええ。ボクらのチームが通っていた時よりも育ってるみたいですね。先が思い遣られます」

「壁とゴーレムに何か関係があるんですか?」

「ゴーレムが出てくると中層へ入った目安になるんだよ。それなのに壁が硬くないんだ」

「へぇ。そうなんですか」


 中層に入らずともゴーレム自体は出現するみたいだけれど、やわらかい土では自身の重みに耐えきれず崩れてしまうそうで、たまに魔石が埋もれていたのはそれが原因だったのだね。

 しかし、動き回れるほどのゴーレムが姿を見せたのなら、それが可能になるくらいの魔力で満ちていることに繋がるらしく、迷宮の成長が著しいと解釈するようだった。




 ご飯を食べて一休みしてからも、まだ上層にいるなら落とし穴の危険は健在なのでエクレアにはスタッシュへ戻ってもらい、まだ見ぬオアシスを目指して歩を進める。

 その道中で襲ってくる魔物は、魔力が濃くなっている影響からか随分と大きくなってきた。

 地上では私の腕と大差なかったヘビなんて、今では大人の胴体と同じくらいの太さを持つまでに様変わりしており、もしも絡みつかれたら抵抗する間もなく絞め殺されそうに思える。


 そして、魔物と遭遇するよりもレアケースとなってきたお客さんには、死と隣り合わせな狩場への出張手数料を加味して特別料金で商品を売りつける。ところが、(こぼ)れるような笑みを浮かべてとても嬉しがるという不気味な事態が起こり、私の営業スマイルが僅かに引き()った。


 これがお母さんの話していた、狩場に求められる商人――というやつかもしれない。

 気を抜けば命を落とす迷宮では食料の調達なんて非常に困難だ。多数の戦利品を入手してもスタッシュがなければ捨てるに惜しい足枷と成り下がり、その結果として思うように動けないまま帰らぬ人となってしまいかねない。


 そんな追い詰められた状況下で、天使のような微笑みを浮かべた美少女であるこの私が食べ物や飲み物を販売し、さらには邪魔でしかなくなった魔物の素材で携行糧食を購入できるというのだから、地獄に見つけた一輪の花がごとく、思わず顔をほころばせてしまうのだろうね。


 これこそ夢にまで見た桃源郷。私が求めていたものは迷宮にあったのだ。

 最近はすっかり忘れていたけれど、これを想定してあれやこれやと手を尽くしてきた。

 売り物にはまだ余裕があるし、この調子でガッポリ儲けようではないか。

 ただし、お客さんが少ないという問題はいかんともし難いけれど。


 その後も、まれに出会えるお客さんへ物を売るたびに極上の笑みでお礼を言われた。

 道中でこれなら、オアシスまで行けば儲けが多すぎてスタッシュに入りきらないかも――と夢想していたら、通路の先から痛ましい悲鳴や金属を打ち付けるような音の重なりが騒がしく響いてきた。

 これはきっとあの音に違いない。すぐに駆けつけなければ。


「この先からお客さんの音がするよ! 急ごう!」

「お客の音って……魔物と戦ってるんでしょ」

「そんなのどっちでもいいよ! 人がいるなら商売するだけなんだから!」

「わかったから落ち着きなさい。守りの隊列で向かうわよ」


 迷宮に入ってからは、お母さんとマチルダさんが前を歩き、エミリーとシャノンそして私が後ろに続く攻めの隊列と、お母さんとエミリーが前で、間に私を挟み、シャノンとマチルダさんが後ろを歩く守りの隊列という、二つの陣形を場所によって使い分けて進んできた。

 今回は魔物が流れてきて戦闘になることも予想できるので、守りの隊列で事に臨むわけだね。

 そうやって私をサンドイッチする並びで戦場まで急いでみれば、なんとも酷い有様が眼前に広がっている。


 ちょっとした広場ともいえそうな空間には、アマゾンの奥地を探しても見つかりそうにないほどの体長を持つヘビや、コモドドラゴンよりも大きなトカゲなどが群れを成していた。それらに囲まれる形で多数のゴーレムに(なぶ)られているのは若い冒険者のチームだ。

 ところが、外周の魔物も冒険者に噛みつくことがあるものの、基本的には同士討ちをしており、誰が最も強いか決めるための決闘中と表現するほうが適切な情景に感じてしまう。愚直に冒険者を狙っているのはゴーレムだけではないかしら。


「どうしよう。終わるまで待とうかな」

「いや、あれは誰がどう見ても危険だよ。助けてあげないのかい?」

「助けるにしろ、逃げるにしろ、早いに越したことはないわよ」


 加勢するなら相手側にも動ける人がいたほうが戦力的に楽なのと、逃げるにしても囮として機能する今のうちに立ち去ろうって意味なのかな。ただのお節介で私たちまで危険に身を晒す必要はないのだ。これはシビアな考えなんかではなく、自己防衛も含まれているのだと思う。


 そして熟考の末に、助命したことを恩に着せて商品を売りつけよう大作戦が決行された。

 あの程度ならお母さんとマチルダさんだけで楽勝らしいので、それを実行に移してもらえば瞬く間に魔物どもは蹴散らされ、傷だらけの冒険者チームには平穏が訪れた。


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