#074:迷宮で知る世の真実
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
お食事中、またはお食事前、及び食後で休まれている方へ。
念のために閲覧注意をお知らせします。
迷宮の中では昼も夜も関係ないとはいえ、疲れた身体で踏み込む気にはなれない。そこで、英気を養う意味とスタッシュに入りきらなかった商品を処分するために、かなり豪勢な晩ご飯を皆で食べてから交代で眠りに就いた。
もちろん、頼んでもいないモーニングコールをしてくる鐘楼とは距離を取っているよ。
荷車の受け入れ先を探す傍らに場所を調べてあるから二の轍は踏まないのだ。
そして迎えた翌朝は、それほどうるさくない朝一つの鐘を合図に起き出し、皆の体調を伺ってから着替えを待って、廃坑へと繋がる道を歩く。
荷車とセットでは様にならなかった鎧姿も、こうして見たらとても格好良い。
全身を覆い隠すようなフルプレートメイルではないけれど、要所だけはしっかりと守るその合理的な選び方に痺れて憧れるね。
斑模様に時間を停止させたミスリルシャツを着ていても、無駄に鎧が欲しくなってきたよ。
私のヘンテコ魔術で強化した装備品を身に付けるお母さんと、所々に金属パーツがあしらわれた防具を着て細めの槍を持つマチルダさんに見惚れていたら、ふと思い付いたことがある。
「マチルダさん。装備におまじないの魔術を掛けてもいいですか?」
「おまじない? いいけど、何をするんだい?」
「軽く触るだけですよ。それだけでとても強固な装備になるんです」
「本当なら面白いね。是非ともお願いするよ」
にこやかな笑みを浮かべて両手を広げてくれたので、装備品を指先でつついていく。
私が槍の穂先に手を伸ばしたときは不安を見せたものの、それ以外はくすぐったかったのか声を上げて笑っていた。
これでマチルダさんの装備も皆と同じく最硬品質となり、易々と傷を負うことはないはずだ。
私のおまじないが効果を発揮することなく到着した廃坑の入口付近では、冒険者が食い散らかしたと思われる残飯に集った昆虫を捕食する爬虫類にかじりつく魔物――という、食物連鎖の縮小図を間近でみられる混沌とした状況が展開されていた。
そこら辺にゴミをポイ捨てすると、このような縮小社会が描かれるのだね。
今後はゴミ箱の設置も視野に入れておかなければ……。
これからのことを脳内メモに刻みつけて踏み込んだ迷宮の内部はというと、爽やかな朝日に照らされていた地獄絵図とは打って変わって真っ暗闇が広がっている。まだ入口近くなら陽光が入り込んでいるけれど、数十メートルも歩けば視界が閉ざされてしまいそうで、スタッシュから取り出したランタンの調子を確かめてしまうのも無理はないことでしょう。
「明るさ、よし。オイル残量、よし。それでは、一攫千金目指して出発、進行!」
「待ちなさい、サラ。下手に動いたら死ぬわよ!」
お母さんが放った物騒な言葉に驚いて、片足を上げたままの状態で思わず静止する。
そして、どういう意味なのか尋ねてみれば、笑えない答えが返ってきた。
この迷宮は発見されてから時間が経っているけれど、初めのうちは下層へ通じる道がどこにあるのか誰にもわからない。
それを見つけなければ迷宮討伐は難しく、手当たり次第に探しても時間がかかるので、堪え性のない馬鹿者が地面を掘って進んでしまい、命を奪い去る罠と成り果てた落とし穴が密かに口を開けて待っているそうだ。
それではさすがに危なすぎるので、無闇に開けられた穴を塞いだり、その犯人に注意を促したりしている迷宮奉行と呼ばれる自治団体が存在する。しかし、彼らは何の権力も持たないために、周囲の迷惑を顧みない利己的な冒険者がそれに従うことはないらしい。
このような理由から迷宮内は人工的な落とし穴だらけであり、しっかりと前を向いて歩いていても命を落としてしまうことがあるのだとか。
「なにそれ。迷惑すぎる」
「中層まで行けば周りに岩が増えて掘ってられないから、穴があるのは上のほうだけよ」
下層へ向かって一直線に掘り進めても周囲の岩に阻まれてしまい、そこで方向転換しても岩が出現し、デタラメに掘っていたら土砂が崩れて身動きも取れずに死亡――とかありそうだね。
そんな目に遭いたくなくても、土の具合なんて一目見ただけではわからない。皆とはぐれたら冗談抜きで死にそうだし、エクレアを外に出すのも中層まで行ってからにしておこう。
ランタンの灯りを頼りにして、致死の罠が隠れ潜む迷宮をゆっくりと歩いていく。
入ってすぐのころは木材で補強された通路だったけれど、迷宮は下方へ伸びる性質があるとのことで、別れ道に出くわせば下り坂を選んでいたら何の変哲もない洞窟になってきた。
そこでは、どこからか入り込んできたらしきネズミがチョロチョロと走り回っている。
「虫とかネズミとかさ、ここって衛生的にどうなの?」
「そんなことを気にする冒険者なんて居ないわよ。これからは迷宮で寝泊まりするのよ?」
「……そうだった」
「汚れが酷ければ水の魔術で洗い流――あっ、あれ捕まえるわよ!」
話を途中で止めたお母さんが何かを指差しているけれど、暗すぎてサッパリわからない。
ランタンが意外と重かったことで交代制となり、現在の当番をしているマチルダさんが灯りを向けてくれても一向に見えなかった。
「どれ?」
「ほら、あれよ。あの虫」
「……虫? なんで虫なんか」
「何言ってるの。あんた大好きでしょ?」
害虫でなければ好きでも嫌いでもないのだけれど、いったい何と勘違いしているのかしら。
記憶保護の力で幼少期を振り返ってみても、虫と戯れた記憶は一切なかった。
強いて挙げるとすれば、父が持ち帰ってきた奇妙な虫を見て、まだこの世界に馴染んでいなかった赤子の私が泣いていたことくらいだよ。
過去の情景が頭の中で再演されている間にも、お母さんが件の虫を捕まえてきた。
片手でガッツリ掴んだそれを私に差し出されても、やはり脳内メモですら覚えがない。
「なに、これ?」
「本当にわからないの? この虫からお酢の元が採れるでしょ?」
「…………雄? 雌は?」
「性別じゃなくて、お酢。酸っぱいやつ」
嘘だろ……。嘘だと言ってよ、お母さん! マヨネーズで散々使ったよ、お酢。
お米を見かけないのにお酢があって不思議に思ったこともあるけれど、どこか国外で生産されているものだと考えていた。
それが、虫。しかも、ネズミが走り回る不衛生なところに生息する虫。……勘弁して。
洞窟の暗闇とは関係なく目の前から光が失われて茫然自失となった私の前で、首を傾げるお母さんがこの世界に蔓延る闇を説いて聞かせるように語りだした。
この虫から搾り取った体液を苦い水に入れるとぶくぶく泡立つそうで、それを寝かせておけばお酢に変化し、迷宮やその付近だけではなく私たちが暮らす町でも流通しているらしい。
しかも、苦い水とやらも湧き水トラップと呼ばれており、迷宮内で容易く採取できる。
そのために、上層から中層にかけて幅広く生息していることで、あまり力のない冒険者でも簡単に捕まえられるこの虫と併せて大量に持ち帰られ、そのおかげで市場ではとても安く提供されているそうだ。
湧き水トラップかぁ。スープがあるのに井戸水が妙に売れた理由はこれが原因に違いない。
帰り際にうっかりと飲んでしまって、口の中が悲惨な状態になっていたのだろうね。
そんな水を使ってまで中和させる必要があるのなら、虫の体液は相当酸っぱいようだけれど、周囲を走り回るネズミや、まだ見ぬ他の魔物どもから身を守るためなのかな。強い酸味を感じるなら吐き出す生物は多いと思うし、生きていく上での自衛手段なのでしょう。……というか、それってただの酸攻撃なのでは。
毒も使いようによっては薬になるし、虫にとっては偉大な進化だとしても、人間から見ればそんなものなのかもね。
虫の不遇な生涯を静かに偲んでいると、私が微動だにしなかったことで心配したのか、マチルダさんからも自身の経験を挙げられた。
「今日はまだ見てないけど、蜘蛛も食べるよ? これがまたおいしいんだ」
「いいわね、蜘蛛。すぐに痛んじゃうから迷宮限定グルメよね」
「……蜘蛛はさ、害虫食べてくれる益虫だからそっとしておこう?」
前世でも、タランチュラの素揚げなんていう風変わりな料理があった。
私は食べたいと思ったことはないし、お皿に盛られていても口にする勇気もない。
それに、アシダカ軍曹は漆黒の戦慄を攻め討ってくれる頼もしき勇者なのだから、気味悪がらず大切に扱うべきなのですよ。餌がなくなれば人知れず姿を消すあたりも素敵だしね。
そういえば、今までにエビやカニを食べている人を見かけたことがない。
私たちが住んでいる町は海から遠いけれど、川なら近くにあるのだから市場やお店で売られていてもよいはずなのに見覚えがない。蜘蛛がおいしいと言うのであれば、エビやカニを売り出せば驚異的な利益を弾きだしてくれるかもしれないね。
この内容には今後も触れることがあります。
できる限りぼかして書くつもりですが、それも難しい場面があるかもしれません。




