#073:田舎村ネットワーク
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
迷宮へ繋がるらしい廃坑の出入口を覗き込んでみると、奥へと延びる狭い通路の両側は長い年月を感じさせるほどに黒く変色した木材で補強されていた。その頑丈さは放置され続けても崩れていないことから疑いようもない。
しかし、そんな古く狭い通路へ荷車ごと強引に乗り込んでしまえば、まだ新車に近い車体の側面をぶつけて傷だらけになることは必至でしょう。
正直なところ、何かの理由をこじつけて中に入るつもりだったけれど、傷だらけになった愛車という、聞いただけでも怖気が走るパワーワードを思えば、ここで素直に露店を出すに限る。
「予定どおり、ここでお店開こうか」
「そうね。迷宮に入りたいとか言われたらどうしようかと思ったわ」
「うんうん。わかってるよ。傷だらけの荷車は嫌だもんね」
「傷だらけ……? そんなのはどうでもいいわよ。中で何か起こったら荷車がつかえて邪魔になるでしょ。壊してる間も惜しいわ」
傷が付いても気にしないというよりは、私たちの身が心配だったのね。
それなら、今までも問題なくやってきたのだから、何か切っ掛けを作って迷宮行きを提案してみようかな。高く売れる素材が気になるし、誰かに迷宮討伐の先を越されたら堪らないもの。
そんなことを考えている間にも、お母さんとマチルダさんが荷車から商品を降ろし始めたので、私たち三人組も露店の準備に取り掛かった。
いつものように石を拾いにいき、竈を作ったら火を育てて大鍋を置く。その隣にはお馴染みの木箱テーブルを据えて、見栄えよく商品を並べたら完了だ。
私もそうだけれど、エミリーとシャノンも作業に慣れてきて手際よくこなしていたよ。
坑道の入口付近だと虫が出てきて非常に鬱陶しいから場所を少々ずらし、私たちの露店前を通らなければ迷宮に入れない位置で営業を始めた。
迷宮帰りの人が坑道から出てくると、驚いた顔で見つめてくるのでエミリーによる売り込みをかけ、事情が伝わったらにじみ出るような笑みを浮かべて私のお店でサンドイッチとスープを注文し、シャノンの怪しい魔石査定で順調に売れていく。
その一方で、これから迷宮へ潜るチームには、マチルダさんが手伝ってくれているお母さんのお店で堅パンをはじめとした携行糧食や、必要不可欠となるランタンオイルに蝋燭、その他にも傷薬、解毒剤、増強剤などが僅かに売れている。
片や飛ぶ鳥を落とす勢いで、片や打ち落とされた閑古鳥が鳴く。
早くも目に見えるほど売り上げの差が出てきてしまった。
村に戻ればもっと安く買えるのに、わざわざここで購入するのだから私の術中に嵌まったな。
あとで買う物が目の前にあれば、急ぎでなくともつい買ってしまう心理を突いたのだ。
それも、危険地帯から脱出してすぐ目に入るのだから、お財布の紐も非常に緩かったりする。
決してお母さんのお店に魅力がないのではなく、私のほうが需要にマッチしただけなのだよ。
それに、これから迷宮へ出発するというのなら準備万端で当然だ。ここで何か売れるほうが不思議とも言えるよね。
しかし、このままでは荷車の商品が売り切れるのは相当先ではなかろうか。
今もスープの器はお母さんのお店へ誘導しているけれど、これだけでは足しにはならない。早いうちから手を打っておくべきかも。
「ねぇ、お母さん。そのチーズ買い取っていい?」
「お腹空いたの? しょうがないわねぇ」
「違う違う。サンドイッチに挟んで売るんだよ。あと、ナッツとかもスープに入れちゃって、堅パンと干し肉もスープとの抱き合わせにしようか。まだまだ残ってるよね?」
「どれも保存用だから、塩辛くて味が合わないかもしれないわよ?」
そんなことを気にしていたら売れる物も売れないよ。毒が入っているわけではあるまいし、合わせて食べるかどうかは買った人が決めたらいい。
そうなれば、念のためにチーズやナッツは添えるだけにしておこう。
「その時はその時だよ。食品は私が引き受けるから、お母さんとマチルダさんは帰ってきた人に砥石を見せて、これから出かける人にはオイルとか薬が不足してないか尋ねてみたら?」
「そんじゃ、あたしもその方向で呼び込みするわ」
「支払い場所もわたしがまとめて受け持つよ。迷宮にお金持っていく人なんかいないと思うし」
「……少し見なかった間に随分と逞しくなったね。ボクも見習わないと」
私の意を汲んでくれたというよりも、自分たちも迷宮に行きたいからか着々と役割を分担していき、その日は夜遅くまで営業を続ける。
そうして客足が途絶えた瞬間を見計らって村の近くまで暗い夜道を歩いて戻ると、村を囲う柵と荷車で挟み込むようにテントを張って交代で仮眠をとった。
すべての宿屋が埋まっていることは既に確認しているから野宿だよ。
私の加熱で暖めてはいるけれど、眠ってしまうと継続的に発動しないみたいですごく寒い。日中はスタッシュの中で大人しくしてくれていたエクレアが心強い相棒さ。
翌日は、朝早くに鳴る迷惑な鐘で叩き起こされて廃坑の入口前へと向かう。
こんなに鐘楼の近くで寝ていたとは、昨夜は暗くてよく見えなかったようだ。夜中でも迷宮から戻ってくる冒険者を厭って奥まった場所にテントを張った弊害だよ。
まだ眠い目を擦りながらも昨日の場所で露店を開き、断続的に訪れるお客さんの相手をする。
売れ具合はあまり変化がないものの、それでもお互いの売り上げが増えていることに安堵してお昼ご飯を食べていると、朝一つの鐘よりも迷惑きわまりない存在が近付いてきた。
「うわぁ、ほんとにいる! 見てみて!」
「おい、さっさと支度するぞ。ちょいと向かいに失礼しますよ――っと」
「ちょっとあんた。もっと丁寧に扱わないと落としちまうよ!」
「おっと、すまねえ」
「父さんってば、いつも母さんの尻に敷かれてるよね」
「うるせえ。俺が下から支えてやってんだ!」
騒がしい年頃の娘を連れて荷車を引いてきた壮年夫妻が、私たちの向かい側に陣取った。
そして、荷台から降ろした木箱で即席テーブルを作り上げ、その上にはほのかに湯気の立つ料理を並べだし、お酒の樽も脇に据えて臨時の酒場を完成させた。
私たちがこの村にやってきたのは昨日の今日というにもかかわらず、早くも対抗店が襲来したようです。……フットワーク軽すぎない? それに、情報が回るのも早すぎる!
しかも、村に近いだけあって料理はまだ温かいし、重たい酒樽まで運んできているよ。
お母さんから買い取ったお酒が私のお店にもあるけれど、量が多いと重くなるので少しだけしか持ち込めなかった。食品を傍らに扱うような雑貨店では、おそらくは村にある酒場の出張所が相手だと到底かなわない。
実際に、今も迷宮から出てきたチームが吸い寄せられるようにして対抗店へ足を向けている。
それからも、続々と増えるおじさん連中によって宴会場と化したあちら側を羨ましく思いながら、私たちのお店を選んでくれている女の子が主体のチームに商品を勧めている。
そんな時に、臨時の酒場で何やら問題が発生したようだ。
「おい、姉ちゃん。これ冷めてるじゃねえか。取り替えてくれ」
「あ……ごめんなさい。でも、どれも同じような状態なんです」
「向こうの店はまだ温いんだろ?」
「そんなこと言われても、温めるだけの魔道具なんてうちにはないですよ!」
「仕方ねえ、もうあっちで買うわ」
そう言った冒険者が私たちのお店にやってきたので、前もって商品を渡す準備をしていたら『塩辛くて酒のつまみによさそうだ』と、ナッツやお豆を求められた。
邪魔な対抗店だと思っていたけれど、こちらの売り上げに貢献してくれるなら御の字だね。
「ちと高ぇが、まぁいい。どうせならオアシスで売ってくれねえかな」
「オアシス……ですか?」
「迷宮内にある広場だ。魔物が出てこねえから休憩所になっててな」
「そうなんですか。考えてみますね。お買い上げ、ありがとうございました~」
今のところは臨時の酒場と共存できてはいるものの、もしも対策を打たれたら危ういだろう。
そんな不安に怯えていたら、迷宮行きを相談できる絶好のチャンスが舞い込んできた。
それをすぐさまお母さんに打診してみても『まだ売れ残っているでしょ』と頷いてくれない。それなら私のスタッシュに詰め込むことを提案してみれば、基本的にオアシスは危険度が増す中層以降にあるという理由で断られた。それでも、迷宮内のほうが携行糧食や薬類が売れるという考えには賛同してくれたので、粘りに粘ってなんとか合意を引き出せたよ。
あとはもう、移動するには足枷となる荷車を預かってもらえる場所さえ探し出せばよいので、早めにお店を閉めて村中を探し回る。すると、以前マチルダさんが泊まっていたらしい宿屋が『預かり賃をいただくが』と受け入れてくれた。
その料金を支払ってからは、そこの店主とマチルダさんが『弔い合戦か?』などという話をしていたので、私たちはそれを聞かないように耳を塞いで場を離れたよ。




