#071:賑わう農村
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
畑で収穫した物を運ぶためなのか、村へと延びる道は馬車がすれ違えるほどの幅を持たせてあるようで、私たちがお世話になっている隊商でも詰まることなく進んでいく。そして、意味を成さないくらいに背の低い柵で囲まれた村の入口に到着すると、中に入るための順番を待つことになった。
ところが、暫く経っても遅々として列が進まず、何か問題でも発生したのかと首を伸ばしていたら、荷車に寄りかかっているお母さんから具合を問われたので結果を報告する。
「割と手際はいいみたいだけど、人も物も多いからまだまだかかりそうだよ」
「小さい村だと門番も少ないから仕方ないわね」
「誰か手伝えばいいのに」
「何言ってるのよ。検閲して税を払わせる場所なんだから無理に決まってるじゃない」
町や村に入るためには入都税を払うだけでなく、門番から荷物を検められて場合によってはさまざまな税金を課せられる。
そこで持ち込み・持ち出し禁止の品物を所持していたら没収された上で罰金を求められ、それに応じなければ即座に逮捕されてしまい、その後は罪人生活が待っている。
私が暮らしていた町から出る時は、本人でなければ中身がわかりようもないスタッシュの存在と、そこの住民であることが決め手となって面倒ごとは避けられた。しかし、今回は荷車を引いてよその村に入るのだから通行手形も持っていない。
時間がもったいなくても甘んじて検閲を受けるしかないのだよ。
ちなみに、王都などでお母さん達と別行動を取ったのはこの制度のためだよ。
そこで売るわけでもないのに荷車ごと中に入ったら無駄金を払わされるし、私のスタッシュがあれば何を買ってもバレやしないからね。
ただひたすら待ち続けるだけでは暇すぎて、掛け声に合わせて上げた親指の数を当てる例のゲームを皆で興じていると、ようやく順番が回ってきたので身分証の提示と積み荷の検閲を受けて村の中へと入る。
特に没収されるような物品もなく、高額な税金どころか入都税すら激安だったよ。
この村を治める貴族としては、食糧危機が迫っているから誰もが嫌がる税金を免除しようとして、国から怒られないように形だけでも徴収した――という感じなのかな。
私たちはここが目的地なので、お世話になった隊商の面々にお礼を述べてから村の奥へ進む。
外から見た限りでは田舎の農村という風情だったけれど、中に入ってみれば少しばかり事情が異なるようだ。
「なんか広場のほうが騒がしいね。昼間なのに冒険者がいるみたいだし」
「迷宮では昼も夜も関係ないからよ。ずっと真っ暗だから」
「あぁ、だからランタンは必須なんだ」
「そうよ。光属性のライトでもいいんだけど、魔力が惜しいって人もいるから必ず売れるわ」
お母さんは本当に覚醒したのでは……と思いながらも、荷車が道行く人々にぶつからないように注意しつつ村の広場まで向かい、そこに広がる光景を目にして私は絶句した。
「いらっしゃい、いらっしゃい。割れにくいパンにやわらかい干し肉と、いろいろあるよ~」
「ねぇねぇ、そこのお兄さん。ちょっと見ていってよ」
「傷つき惑う子羊たちよ、共に祈りを捧げましょう。主はどこからでも見守っておられますよ」
「おい、おやじ。もうちょっと安くしてくれないか?」
「バカ言ってんじゃねえ。これ以上負けたら大赤字だ!」
「メエェぇ~」
人、人、人。あと、なぜか羊が一頭。
別に傷を負っているようには見えないけれど、惑っているのは間違いないと思う。
散歩の最中なのか、それとも牧場から脱走したのか……いや、そんなことはどうでもいい。
とにかく人が多いのだ。農村という規模からしても異様な密度で露店が開かれている。
もはや隊商や行商人に頼らなければ命も危ういという話は本当だったようだ。
たとえそうだとしても、今まで見てきた町の露店広場よりも賑わうほどにお店が出ていたら私が稼げないではないか。皆が皆その流れを掴もうとここまで来たことはわかるけれど、半月以上もかけて歩いてきたというのに、一瞬にして気力が抜けてしまったよ。
しかし、ここまで来て何も売らずに帰るだなんてあり得ない。
それならそれで、人がひしめく広場に入っていこうにも荷車があっては動くことも難しく、下手を打てば立ち往生してしまい、周囲から顰蹙を買う未来が容易に想像できる。商売を始める前から悪評が立つなんて許せるはずもない。
まずは、荷車を預かってもらえるような場所を探すことにしよう。
どこから当たっていこうかと皆で話し合っていたら、広場の奥に建てられている集合住宅のようなものを指差したマチルダさんに『あそこから行くといいよ』という助言をいただいた。
買い物に便利な広場の裏手にあるなんて、騒音を気にしなければ羨ましい立地だね。
すぐに思い当たったようだし、マチルダさんのお友達が住んでいたりして。
「マチルダさん、そこの人とは仲がいいんですか?」
「新しい建物かい? あそこは宿屋だよ。人が増えてきたから急いで建てていたみたいだね」
「宿屋でしたか。お知り合いが住んでるのかと思いました。それで、どんなお宿なんですか?」
「まだあそこを使ったことはないよ。ボクらのチームは他の宿に泊まっていたからね」
外来者向けに建てられた宿屋なら、大きな荷物を預かってくれる可能性はある。
それに、この村で何日か滞在することは確定しているのだから、荷車を預けるだけではなく宿泊のために部屋を借りてもよいものね。
話がまとまったことで広場を迂回して宿屋へ向かってみたものの、そこで暇そうにしていた受付嬢から『ずっと満室なんです』とのことで断られてしまった。
それなら荷車だけでも――とお願いしてみても、呆れた表情で『客じゃないのにサービスするわけないでしょ』とすげなく追い払われたよ。
受付嬢の言うことはもっともだね。私もその意見に賛同する。
ここがダメでもいくつか宿屋はあるみたいだから、受け入れてくれる所を探しにいこう。
そうして何軒か回ってみたけれど、どこもかしこも満室だらけで泊まれる所が見つからない。
このまま荷車を引き続けるわけにもいかないし、寝床のことも心配だ。
先行きが怪しくなってきたことを案じたのか、お母さんの瞳に決意が宿った。
「こうなったら仕方がないわね。空き家を探しましょう」
「え、家借りるの? 高くない?」
「長い目で見ればお得だからよ。その分、売り物がなくなったら迷宮に篭もるわよ?」
「私は構わないけど……みんなはどう?」
家を借りてまでとなれば想定していたよりも長い期間になりそうで、皆の意見を求めてみた。
護衛として私が雇っているとはいえ、勝手に決めるわけにはいかないものね。
「うん。いいわね、迷宮。どうせなら制圧しちゃおうよ!」
「それは無理だよ、ミリっち。でも討伐したら賞金が貰えるし、サっちゃんなら飛びつくかも」
「ボクは……いや、レアさんがいるなら大丈夫かな? できるだけ安全策でお願いするよ」
「みんな結構乗り気だね。賞金が貰えるってのを詳しく知りたいんだけど」
「……あんた達、まずはこれ全部売り切るほうが先だからね? 迷宮探索はその後よ」
気分はすっかり迷宮探索者だった皆は、お母さんの言葉に揃って苦笑を浮かべていた。
私は賞金のことで頭がいっぱいだよ。誰からいくら貰えるのかしら。
まずは荷車をどうにかするためにも、空き家を探して意外と広い村の中をうろつき回る。
広場から離れるにつれて見窄らしい家屋が徐々に増えていき、ここはと思っても人が暮らしている形跡があった。
誰かが住んでいるというよりも、臨時の宿屋として使われているようだ。
それからも延々と探したのだけれど空き家は一軒も見当たらず、道中でお母さんを見て首を傾げる人が何名かいたことが少し気に掛かったくらいで、ただの無駄足でしかなかったよ。
「困ったわね。寝る場所も見つからないなんて思わなかったわ」
「荷車の留守番と店番に別れても、広場で露店を置ける空きもなさそうだしね」
「道端もダメね。誰もやってないから規制されてると思うわ」
「……もう迷宮で売らない?」
「迷宮ねぇ……」
「荷車が通れなかったら、入口あたりで露店をやればいいんだよ」
他に妙案が浮かばないこともあり渋々といった体でお母さんが納得し、エミリーとシャノンは今更感を漂わせ、マチルダさんだけが疑問の気配を窺わせたものの、それを振り払うようにして同意を唱えた。
そうと決まれば、私の時間を加速させて村の広場で相場を確認して回り、おおよその流れを汲み取ったらば、マチルダさんの案内で迷宮へと向かう。
激安だったとはいえ、村に荷物を持ち込むための税金が無駄になったことが悲しい。




