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#068:譲りません

2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。

 ほんのりと頬を上気させて元気を取り戻したマチルダさんは、慌てたように『これから急いで準備に取り掛かる!』と言って立ち去ろうとした。それを呼び止めて出発はまだ先になることを告げると、苦笑を浮かべて『この先にある宿か、冒険者ギルドで暇を潰しておくよ』とのことで、浮かれたような足取りで宿屋さんの方へと歩いていった。


 その様子を見送っていたら、同性から根強い人気を誇るマチルダさんがお母さんのファンに見えてきてしまったよ。

 お店で見せる態度を思えば、あながち外れてはいないような気がしなくもないような……。

 もしかして、お母さんって私が思っているより凄いのかも?


 その割りには、何度言っても売れる気配のない品物ばかり仕入れてくる日常風景を思い返しながら歩いていると、破れてしまった服を購入した服飾店に到着した。

 そこの扉を開けて中へ入ると、丸々と太った店員さんが流れるような足捌きで近付いてくる。


「あら、小さな商人さんじゃない。何か買い忘れかしら?」

「いえ、この前買った服が破れてしまいまして、新しい物を――」

「まあ、大変。すぐに修繕するわよ。今持ってきてるの?」

「あ、はい。最低限の処置はしてもらってますので」


 スタッシュから取り出した衣服を店員さんへ渡すと、それを受け取ると同時に腕を掴まれた。

 そして、そのまま覗き込むように手元を見られ、私は少し困惑してしまう。


「あの、何かありましたか?」

「あらやだ、ごめんなさいね。また腕輪の飾りが変わってたから、つい」


 何度かエミリーによるバージョンアップを繰り返し、今となっては渡された当初の無骨さを微塵(みじん)も感じさせないほどにファンシーな腕輪となっている。

 それに興味を引かれたようで、じっくりと見たくて衝動的に腕を掴んでしまったらしい。


「……いいわね、それ。どこで買ったの?」

「これは作ってもらったんですよ」

「じゃあさ、その人を紹介してもらえない?」

「それはちょっと……。私の護衛をしてもらってますので」


 これで引き下がったかと思いきや、私が渡した衣服の縫い口を見た店員さんが『やめた時は紹介してよ? うちに欲しいくらいなんだから』と諦めていないようだった。

 縫い方を見ただけで腕輪の飾りと同一人物の仕事だとわかったみたい。


 たしか、このふくよかな店員さんはただの売り子ではなく、自ら仕立てた衣服をこのお店に並べて販売しているはずだ。

 そんなプロを唸らせるとは、破れた服はエミリーに頼んで本格的に修繕してもらおうかな。

 もちろん、タダで仕事をしてもらうわけにもいかないので、ちゃんとお金は払いますとも。


 しかし、薄手の布地ならまだしも、その上に着ていた革製のコートはどうしようもないだろうから買い直すとして、せっかくだからエミリーとシャノンの分も一緒に買っていこうかしら。

 女傑の弓が想像以上に高く売れたので、譲ってくれた二人へ還元しないとね。


「あの、すみませんけど修繕は取りやめにできますか? その代わりと言いますか、コートを三着ほど見繕ってほしいんです。ある程度の機能性があって、温かいものだと嬉しいかも」

「構わないけど……その服はちゃんと縫ったほうが見栄えいいわよ?」


 話の流れからして私の護衛に頼むことがバレているはずなのに、嫌な顔を浮かべるどころか縫い方のアドバイスまでしてくれた。

 それを脳内メモにしっかりと刻み込み、内側に羊か何かのやわらかな起毛が並んでいる革製のコートを三着購入して服飾店を後にする。

 エクレアの分を買っていない理由は、もう冬毛に生え替わっているので毛布も必要ないほどにもふもふなのだ。行商では避けて通れない野営の際に、テントの中で大活躍しているよ。




 店員さんから返された破れた服を直してもらうべく、エミリーがいるパン屋さんへと向かう。

 きっと、エミリーはぶつくさと文句を言いながらもお手伝いをしていることでしょう。

 そこへ修繕の緊急依頼を出せば、それを口実にしてお仕事を離れられるかもね。


「こんにちは~。エミリーは……あ、いたいた。エミリー!」

「どうしたの? また変更?」

「緊急クエスト! 私の破れた服を直してください」

「……新しいの買いに行ったんじゃないの?」

「それが、買おうと思ったら修繕の話をされてね」

「だったらそこでやってもらえばいいじゃない。あたしがやって変になっても知らないわよ?」

「大丈夫。腕輪とか応急処置の縫い目を見た店員さんが褒めてたよ。うちに欲しいって」

「……へ?」


 目と口をまん丸に見開いて驚き固まるエミリーに、ふくよかな店員さんから教えてもらった縫い方のアドバイスを伝える。

 最初のうちは耳に入っていなかった気がするけれど、話が進むにつれて徐々に顔つきが真剣なものとなっていき、終わりのころには鼻息荒く何度も頷いていた。


「なるほどなるほど。そうしたほうが綺麗に見えるわね」

「私はよくわからないけど、やってもらえる?」

「ん~……そうね、任せなさい。ただし、どれだけ変でも文句言わないでよ?」

「そこはエミリーの腕を信じてるから。お代は……どうしよう。どれくらいがいい?」

「こんなの趣味だからお金なんかいらないわよ」

「そうはいかないよ。お仕事したらお金を貰えるのは当然の権利なんだから!」


 それから銀貨(ソル)の押し付け合いが続き、最終的には色糸を報酬にするということで落ち着いた。

 この後はシャノンにもコートを渡しに行く予定だから、その帰りに先日の紡績工房へ寄っていい感じの色糸を買ってくればいいかな。何色でもいいって言っていたし、グラデーションになるくらい買ってこようじゃないか。

 おっと、その前に先ほど購入したプレゼントを渡さねば。


「あ、そうそう、弓がめっちゃ高く売れたからエミリーのコート買ってきたよ。はい、どうぞ」

「わぁ、もこもこしてる。あったかそう!」

「しかも、結構やわらかくて動きやすいよ。ポッケも多いし。ほら」

「そっちもいいわね。でも、あたしはこっちだなぁ」


 そう言ったエミリーが早速とばかりに試着をしたことで、お店の奥から『埃が立つから外でやりな!』というミンナさんの怒声が聞こえてきた。

 食べ物を扱うお店でバタバタやったらダメだよね。うっかりしていたよ。

 あまり長居してもなんだし、そろそろお(いとま)するとしますか。


「じゃあ、破れた服は先に渡しておくね。糸は後で持ってくるから」

「あいあい。縫い始めるのは、たぶん明日からになると思うわ」

「それだったら、これからシャノンにもコート渡しに行くから一緒に糸でも見に行く?」

「お~、いいわね。じゃあ――」


 そこまで話したところで、お店の奥から出てきたミンナさんに『今日はギルドの寄り合いで昼から出かけるって言ってあるでしょ』と呆れた顔で告げられてしまい、私は先ほど怒られたこともあって助け船を出せなかった。

 外せない予定があるのなら仕方がないよね、うん。




 しょんぼりと肩を落としたエミリーには色糸を多めに買ってくることを約束し、中央通りで相場情報を更新しながら魔術用品店へ向かっていると、お使いに出ていたのか道中でシャノンとばったり出くわした。


「お、シャノン。弓が高く売れたから渡したい物があるんだけど、これから急ぎの用事?」

「急ぎといえば急ぎのような……? サっちゃんが言ってた新機能の実装中だよ」

「おぉ、とうとう完成したんだ」

「それが……言われたままってのは無理だったから、ちょっと違うけどね」


 狩場で戦闘になっても私は後ろから見ているだけなので、周囲の様子を窺う役目を買って出たのだけれど、状況に変化があればそれを伝える手段が欲しくてお願いしてあったのだ。

 以前のオーガみたいな強敵は出てこないものの、青色のゴブリンはたまに出没していたし、下手に声を上げて二人の集中力を欠くような真似(まね)をしたくない。

 そこで、無線機や携帯電話のように遠距離から個別に話せる道具が欲しくて頼んでおいた。


 こちらも私が言い出したのだから製作費用を受け持つ必要があるのだけれど、湯水のようにお金が消えていく魔道具開発を支えられるほどの資金力は未だにない。

 そのために予算が限られてしまったので、求める機能には届かなかったのだろうね。

 決してシャノン達の腕が悪いわけではない。お金のない私に責があるのだよ。


 先を急ぐシャノンにもコートをプレゼントした帰りに紡績工房へ寄って色糸を購入し、下のお兄さんと二人で店番をしていたエミリーに大量の色糸を渡してから帰宅した。


 翌日からはエミリーとシャノンが依頼をがんばってくれているように、私も今後に備えて領都まで買い物に行ったり、川へ出かけてスタッシュの拡張に精を出したりする日々を過ごしていると、お母さんの準備が整ったことで迷宮への出発日が決まった。


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