#067:二つ名は
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
爆弾発言を放ったお母さんが、家に置いてある予備武装を取り出して磨き始める姿をよそに、私は一足先にベッドへ入って朝を迎えた。
起きてみれば既にお母さんは出かけており、私が身に付けていたナイフとチェインシャツまでもピカピカに磨いてくれたようで、机の上では差し込む朝日に照らされて光り輝いている。
迷宮に何があるのか知らないけれど、随分とはしゃいでいるようだね。
これでただの迷路だったら私は失笑を免れ得ない。
何か素敵なアトラクションだったら嬉しいな。ポップコーンとか売れそうだもの。
そんなお母さんが同行することをエミリーとシャノンに伝えるべく、まずはお向かいのパン屋さんへと向かう。
前世とは違って朝ご飯を食べないほうが一般的なので、この時間帯は割と暇なのだ。
その代わり、昼前と夕方から夜にかけてはすごく混み合うけれど。
「おはようございます。エミリー居ますか?」
「いらっしゃい。久しぶりだな、サラ。何かあったのか?」
「伯父さんがお店に出てるって珍しいですね。ちょっと今後の予定について相談に来ました」
「いろいろと大変だったらしいな。盗賊捕まえたとかで」
「あれは何だったんでしょうね。ところで、ミンナさんはどうしたんですか?」
「エミリーの代わりに売り子さ。毎朝めかして大忙しだ」
私が雇ったというか、エミリーが自分から冒険者になったことで開いた穴を埋めるべく、その母親であるミンナさんがパンを売りに出ていたのか。
エミリーが見習いとして働き出すまではミンナさんが売り子をやっていたし、昔取った杵柄というやつで大量に売り捌いていそうだよ。
伯父さんが大声でエミリーを呼び付けた後も近況を話していると、呼ばれた当人が寝ぼけ眼でのっそりと姿を現した。
「おはよう。エミリー」
「えっ、サラ? あ、そっか。何も売ってないから休みじゃないんだ。すぐ準備する!」
「あ、違う違う。行き先変更するから伝えにきたんだよ」
「どこかいい所でも見つけたの?」
「昨日、マチルダさんが話してくれた迷宮だよ。……うちのお母さんがついてくるけど」
「……なんでレアさんが?」
「言ってなかったっけ? お母さんは元冒険者だよ」
「…………ええええぇぇっ!?」
今は復帰して、ほとんど毎朝領都の冒険者ギルドまで依頼を受けに行っていることも話してみたら、さらに驚かれてしまって私の耳が痛い。
そして、その声が呼び寄せたのか、お店の扉を開けて小さな冒険者が入ってきた。
「外にまでミリっちの絶叫が響いてたんだけど」
「あ、シャノン! レアさんが元冒険者なんだって! しかも復帰したんだって!」
「うん、知ってる」
「なんで知ってんの!?」
「外で会ったことあるから。二つ名もあるよ?」
「そういえば、シャノンとお母さんって魔物がどうとか話してたっけ。……二つ名、詳しく」
お母さんの戦闘スタイルを見て“舞姫”とか、当時の顔つきや今も使っている装備品の風貌から“疾風の君”やらと言われているらしい。……どこかの歌劇団かな?
なんだか、マチルダさんのように同性が主体で成り立っているファンクラブがありそうな気がするのだけれど……。
ファンクラブといえば、目の前にいるシャノンを忘れてはならない。
「シャノンには親衛隊があるよね。二つ名はないの?」
「あたしが聞いた限りではまだないと思う。いつ付けられてもおかしくないんじゃない?」
「そっかぁ。残念」
「サっちゃんはもう付いてるよね。ぼったくりのデモニックマーチャントって」
そんな話は一切聞いたことがない。悪魔的な商人って何だよ。
これだけ引きずられると、宣伝のぼりの変更を本格的に考える必要がありそうだ。
あれってかなり目立つみたいだから便利なのになぁ。
何か言い返したいところだけれど、あまりお店の中で騒いでいても迷惑になるから、今後の予定――お母さんの準備で出発が数日ほど先延ばしになることを伝えておく。そして、休みならお店を手伝うように言われたエミリーから恨みがましい目で見送られ、それとは逆にお店を手伝ってくるというシャノンと別れて帰宅した。
帰宅後は、自宅の雑貨店を開けるでもなく朝三つの鐘が鳴るまで時間を潰す。
もちろん無為に過ごしていたわけではなく、起きてきたエクレアと遊んだり、行き先を変更したことで露店に並べる商品の内容を考え直したりして、忙しく頭を働かせていたのだよ。
そうこうするうちにも鐘が鳴り、私は中央通りの方へと向かった。
まだ取り扱う商品を決めかねているので考えながらも歩いていき、つるっぱげの店主が営む武器・防具店までやってきた。
ここで悪党どもから慰謝料代わりに徴集した装備品を売り払うのだ。
「おはようございます。もう開いてますか?」
「……あぁ、ぃらっしゃ……ふあぁ~ぁ」
喉の奥まで見えるほどのあくびで迎えてくれた。相変わらずやる気のない店主だこと。
やはりエミリーが居るかどうかで大きな違いがあるようだね。
「エミリーが居なくてごめんなさいね。今日は買い取りをお願いしたいのですが……」
「あん? パン売りの嬢ちゃんが…………あっ、ああ! あん時の娘か!」
「はい、そうですよ。ちっちゃくないほうのおまけ娘ですよ」
「おまけって。そこまでは思ってねえよ。んで、買い取りだったか?」
大した量でもないので、スタッシュから取り出した品々をカウンターの上に並べていく。
そこでスタッシュを羨ましがられる例の行事を経て、最後に取り出した女傑の弓を見て店主の口が塞がった。
「こりゃあ、なかなかの逸品だな。うちの目玉商品になるかもしれん」
「結構な距離から太い矢が飛んできましたよ。氷壁に刺さるくらいでした」
「……撃たれたんか? まさか、パン売りの嬢ちゃんは――」
「大丈夫、無事です。今日はお店の手伝いしてるんで。他の物もよろしくお願いしますね」
先の欠けた短剣や酷く錆びた手斧なんて私の目から見てもゴミだけれど、僅かな望みを込めて店主にお願いしておいた。
しかし、いや、やはり予想が覆ることはなく次々と捨て値で引き取られていき、後回しにされた女傑の弓だけが金貨に値するほどの代物らしかった。
私がそれに否やを唱えるはずもなく、差し出された大銀貨と小銀貨を受け取ったよ。
あいにくと金貨の持ち合わせはなかったらしい。……というのは嘘だろうけれど。
これには避けようのない理由がある。
銀貨一〇〇枚で金貨一枚になるとはいっても、金貨のほうが貨幣としての力が強いのだ。
この世界でも鉱物の金が貴重だということもあるけれど、金貨自体にかけられた保護魔術が非常に強固であることも大きく関与している。よく映画で見かけるような、胸ポケットに硬貨を忍ばせておいたおかげで命拾いした――なんてことが実際に起こり得るのだよ。……一箇所一〇〇万円ですが。
ちなみに、銅貨よりも銀貨が、それよりも金貨のほうが、という具合に保護魔術が強くなる。その反面、鉄貨には保護魔術がかかっていない。
あれは国が発行する正式な貨幣ではなく、商人ギルドから出されているからだ。
銅貨を補うために用意されたものだけれど、その気になれば偽造が可能なのよね。
それを警戒して鉄貨で売り買いされることは滅多にない。捨てることと同義に近いので。
銀貨を手にしてつるっぱげのお店を後にした私は、服を買うために中央通りへ足を向けた。
その道中で、疲れた表情を浮かべて店頭を眺めるマチルダさんを見かけたので声を掛ける。
「マチルダさん、おはようございます。これから遠征の準備ですか?」
「おや、サラ君。おはよう。そうしたいのは山々だけどね、仲間がちょっと……」
少々遠回しに教えてくれた内容からすると、町に着いてからも荷馬車の中でずっと寝ていたチームメイトの彼女は宿屋でふさぎ込んでいるらしい。
どうやら相当に衝撃的な事故だったようだね。
「サラ君は、これからまた行商かい?」
「はい。昨日教えてもらった迷宮へ行くことになりました」
「……たった三人で? それは危険すぎるよ。悪いことは言わないから考え直したほうがいい」
「そうなんですか? お母さんは行く気満々だったから相談してみます」
「え!? レアさんも行くのかい?!」
「は、はい」
珍しく声を裏返したマチルダさんの勢いに驚いて、私も声が詰まってしまった。
そのままマチルダさんが『是非ともボクも参加させてくれないか? 向こうでも途中までなら案内できるよ』という申し出をありがたく受け取り、これから赴く迷宮の経験者が私たちのチームへ加入することになった。




