#063:元凶と対峙
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
私たちより先に逃げ出した冒険者チームが負傷していたこともあり、傷薬を売りつけるためにも追いかけたい。そこで、加速の魔術を使おうとした瞬間に、横手の方から新たなお客さんがのっそりと現れた。
そちらに目をやると、筋骨隆々で見上げるほどの巨体には太鼓のように膨らんだ腹を持ち、毛むくじゃらで大きな頭部からは立派な角が覗き見え、胸元を覆うまでに豊かな顎髭を垂らす巨人がいる。そんな身の丈二メートル以上はあろうかという魔物――オーガが、丸太を片手に私たちの方へと向かってきた。
この魔物はゴブリンなど足下にも及ばない強靱な肉体を持っている。先ほど避難勧告を与えてくれた冒険者が言っていたとおり、私たちみたいな子供ではリーチの差がありすぎて相手にならない。それなりに場数をこなした大人たち数名がかりでようやく倒せるほどの強敵だ。
いや、倒すだけならばさほど難しくはないらしい。
オーガといえば極めて高い膂力で名を馳せる一方、知能の低さも広く知られている。踏んだ瞬間に致死の効果が現れる罠を仕掛けておくだけでよいのだ。
しかし、都合よく致命傷を与えうる罠を持ち合わせているわけがない。並外れた腕力を持ちながらも愚鈍であるゆえに行動の先読みは非常に困難であり、それらの結果から近付くことも憚られる狂暴な魔物として危険視されている。
私は初めて見たけれど、そんな魔物に関わるつもりは一切ない。私の前方で戦闘態勢に入ったエミリーとシャノン、そしてエクレアをスタッシュに吸い込んで逃げ去ろう。
そのために急いで手を掲げたら、少し離れたところで大きく唸る魔力がある――と魔力支配から警告を受け、その方向を確認するや否や無心で短距離転移を行った。
「――ひっ」
血の気が引いた。
目の前に木の幹がある。危うく爆死するところだった。
そのまま引力に負けて枝葉の上へと落ち、一瞬止まった心臓が痛いほどに騒ぎ立て始める。
「サラ!?」
「サっちゃん! どこ?!」
「ぷもー!」
「……こ、ここだよ。後ろにある、木の枝……の上。飛んできた丸太は避けたから無事だよ」
焦った様子で発せられた三つの声で我に返った私は、震える声で返事をした。
どこからか飛んできた丸太は辛うじて避けた。ところが、散々連発していた加速中の世界とは勝手が違ったようで、一秒にも満たない瞬間ですら着地点が斜め上方に大きくズレてしまい、うっかりと木の枝に乗り上げるという底冷えする事態に陥った。
ほんの少しくらいなら大丈夫だと思ったけれど、ろくに演算もしない感覚的な転移は金輪際ごめんだ。
エクレアが真っ先に私を見つけて駆け寄ったことで、二人が一瞬だけこちらを向いた。
丸太を振り翳したオーガが目と鼻の先にまで迫っているのに、よそ見なんてしないでほしい。
「サラはそのままそこにいて!」
「ちょっと待って。まさか倒すつもり?」
「ここまで近いと逃げるのも難しいんだよ、サっちゃん」
「それなら私がやれば――」
「手助け無用! これがあたしらの仕事なんだから」
こんな時に負けず嫌いを発揮しなくてもいいのに……。
ここでエミリーの意思を無視して私が介入すると後に引きそうだし、少しでも危ないと思ったら何が何でもスタッシュに吸い込んで即刻遁走だ。
幸いにも、見守るにはうってつけの場所に私は居るのだから。
戦闘が始まると、何を考えているのかサッパリわからない面構えをしたオーガが丸太を存分に振り回し、それに対するエミリーは近くの木々をまるで盾のように使いながらも躱し続けている。そこに丸太を叩きつけるたびに樹木は抉られへし折られ、僅かな振動を周囲に伝播した。
こんなものに当たってしまえば即死ではなかろうか。
噂に聞いた膂力は紛う事なき本物だった。
そんな攻撃を無闇矢鱈と叩きつけてくる間にも、息を潜めたシャノンは魔物の背後へと回り込むように移動している。今まさに魔術を放とうとワンドを翳したら、執拗なまでにエミリーを狙っていたオーガが急に振り向き、雄叫びを上げると同時に丸太を叩きつけた。
その叫びが合図だったのか、新たな敵影が近付いてくるのを視界の端に捉えた。
しかし、私からは見えていても、間に挟んだオーガに集中している二人は気付いていない。
すぐに知らせるべきだけれど、そのせいで眼前の注意が逸れたら命取りになる。
手首に巻き付けたソナーの腕輪で連絡を取れたら便利なのに……と、余計なことを考えている間にも新手のオーガが迫り寄り、そのまま同族の助太刀に行くのかと思いきや、なぜか私が登る木の方へと一直線に向かってきた。
これはおそらく、武器を手にする二人よりも、行き場をなくした私のほうが楽に処理できると判断されたのかもしれないね。
それに思い至る頭がなければ、私がただ目立っていただけという線も濃厚だ。
大いに迷惑な話ではあるけれど、私が狙われたのなら加熱の魔術でイチコロ……いや、待て。こんなに木の近くで加熱を使っても平気なのか? 森林火災になったら洒落にならないだろう。生木は燃えにくいとしても枯葉や枯草は落ちているのだ。用心するに越したことはない。
かといって、スタッシュに吸い込もうにも中は荷物で満載だし、転移の魔術で地面に埋めようものなら、爆発による余波でエミリーとシャノンにまで害が及んでしまう。
これは詰んだかもしれないと焦る気持ちを抑え、だらりと下げた両腕を揺らして近寄ってくるオーガを見ながら悩んでいると、木の下には背中の毛を逆立てるエクレアがいた。
近頃はマスコット稼業に勤しんでくれているけれど、この子は歴とした魔獣だ。
それも、魔獣の王様と詠われるベヒモスの亜種であり、野獣やゴブリンを倒した実績もある。
ここはエクレアに任せておけば、私がやるより間違いがないのでは。
「エクレア! 前方のオーガにアタック!」
「ぷも! ――ぷもォ!」
まるで弾丸のように飛び出したエクレアが迫り来るオーガに飛び掛かった。
そして、空気を裂くようにして叩きつけられる太い腕を避けてその巨躯を駆け上り、首元に噛みついては振り落とされるを何度も繰り返し、やっとのことで絶命に至らせた。
離れた場所でエミリーとシャノンが交戦中だったオーガは、仲間の倒れ伏す姿が目に入ったことで動揺したらしく、いつの間にやら無手となっている両腕の動きを止めていた。
もちろん、その隙を逃す冒険者ペアではない。エミリーがオーガの大腿部を切りつけて即座に離脱し、背後をやめて側面に回っていたシャノンも同じ箇所へ魔術を撃ち込んだ。この連係攻撃が契機となり、片膝をついたオーガは二人によってトドメを刺され、望まずに訪れた戦闘に幕が下ろされた。
魔物を倒したら、お金のためにも売れる素材を回収しなければならない。
いつものように死体を燃やすのかと思ったら、オーガの部位はいろいろと使い道があるそうだ。豊かな顎髭からはじまり、角、牙、骨、そして血液すらも売り物になるのだとか。
しかし、スタッシュの中は荷物が満載であるために、皆で持てるだけの分量しか手に入れることができず、残りは泣く泣く諦めるしかなかった。
まずは井戸水を入れてきた容器をスタッシュから取り出し、もったいないけれど中身を捨ててロープで木に吊したオーガの真下へと置いて、その首を落として血抜きをしていたら騒がしい足音が近付いてくる。
「おお、店屋。無事だったか!」
「げっ、それオーガか? お前たちで倒したのか?」
「……若い女だけで倒すとはすごいな。たったの三人だろ?」
「おい待て、一人はぼったくり商人だ」
「あぁ……お荷物か」
「こんな有望株二人も揃えて羨ましいったらないね。なぁ、君たち。是非ともうちのチームに来ないか? 歓迎するぞ」
お荷物って聞こえているぞ。ぼったくりは否定しないけれどさ。
あと、私の前で引き抜きはやめなさい。
エミリーは頬が引き攣っているし、シャノンなんて能面をつけているよ。
勝手に騒ぎ立てる冒険者たちをあしらいながらも解体作業を進めていく。
私たちで持てる分以外は下心満載のチームが運んでくれるということで、想定していたよりも多くの素材を持ち帰ることができそうだ。それにより、引き抜きをかけてきたおバカさんが買い物に来たら割増料金で売りつけようと思っていた私の溜飲が下がったよ。
その後は野営地に戻って露店を開くと、早くも噂を聞きつけた人たちが群がり始めて大賑わいとなり、フルーツを扱う対抗店のほうは閑古鳥が鳴いている。
おかげで瞬く間に在庫が減っていき、店じまいのころにはスタッシュに十分な空きができて懐も潤い、ウハウハな状態で眠りに就いた。




