#062:ひと足遅かった
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
いつもは三人と一匹で歩いていた町から延びる街道も、短距離転移を連発して音よりも速く進んでいき、あっという間に野営地へと続く疎らな木立の入口に到着した。
ここからは障害物だらけなので歩いて行くわけだけれど、それを想像するだけで気が滅入る。
まだ実時間で鐘二つ分ほど、私の体感時間にしても眠気すら感じていないというのに、随分と身体に馴染んだものだと驚きを隠せない。何とか歩かずに済ませたくても、ひとたび計算を間違えるだけで私は爆死するのだし、どれだけ面倒でも諦めるしかないのだよね。
まずは加速の魔術を解除して、獲物の追跡に実績があるエクレアをスタッシュから呼び出し、急に飛び出てくるゴブリンに対する護衛も兼ねて同道してもらう。
加速を解いてしまっては無駄に時間がかかり、その上で危険に晒されるけれど、あの状態では匂いがほとんど伝わってこないので人捜しは不可能なのだ。
「それじゃあ、エクレア。エミリーとシャノンの匂いを……あ」
「ぷも?」
「そういえば腕輪があったよ。全然使ってなかったけど」
「ぷも」
せっかくシャノンが用意して、その後『ただの革紐じゃなくてかわいいバンドにしない?』と言うエミリーが新たなものに刺繍を施してくれている。それなのに、常に皆で一緒にいたものだから誰も迷子になることがなく、ただのアクセサリーとしか機能していなかった。
これはこれでかわいくて綺麗だし、お揃いの装飾品というところが嬉しいけれど、なんだかもったいないよね。
袖をめくって五つの魔石が並ぶ腕輪を露出させ、それの両端にある二つのゆるい突起に指を置いて魔力を流してみる。すると、ようやく日の目が当たったかのように魔石が紫色に光だし、僅かに遅れて対極にある魔石も赤色の光を放った。
たしか、空に架かる虹の色と同じ並びになっていて、紫色の光は手を伸ばせば届くほどの一メートルくらいだったはず。そこから多少のブレ幅があれどもおおよそ一〇倍ずつ増えていくので、赤色に光るなら最大で一〇キロメートル前後も離れた距離ということになる。
エクレアの首輪にも同じ刺繍入りのアクセサリー――ソナーの腕輪を結びつけてあるから、紫色の光も同時に反応したということかな。
それにしても、まだキロ単位で離れているとはね。
障害物なんか無視して短距離転移で飛んでいきたくもなるってものですよ。
さすがにそんな勇気……いや、蛮勇を持ち合わせていないから歩いていくけれども。
行くのか行かないのか早く決めろ――というような目で見上げてくるエクレアをスタッシュに吸い込み、身体に流れる時間を加速させた私は疲れる歩行を開始した。
そして、加速中にも時折ソナーを使って二人との距離を調べていたけれど、待てど暮らせどまったく反応を示さなかった。そのたびに加速の魔術を解除する必要に迫られた私は、かゆいところに手が届かない魔術の不便さに悪態をつくことが止められなかったよ。
ひとり虚しく歩きながらも折を見てソナーを飛ばし、何度か赤色を返してきた腕輪も黄色い光を灯すようになってきた。そこから緑色に変わる機会は意外にも早く訪れ、もう残り一〇〇メートル圏内にいるようだ。
しかし、ここは野営地付近とは違って木々が生い茂っている。エクレアにお願いしたほうが早かろうと思い、スタッシュから呼び出して今度こそ追跡の命令を下した。
小さな身体でトコトコ歩くエクレアの跡を追いかけること暫し、木にもたれて地面に座りながらも恍惚の表情を浮かべるエミリーと、その隣で平然とした面持ちのシャノンがもさもさとパイを齧っていた。
「ただいま~。町まで行ってきたよ」
「お~、サっちゃん。待ってたんだよ」
「何かあったの? エミリーが他人様にお見せできない顔してるし」
「むふふふふ……変な顔って失礼ね。そんなことより、剣術のオーブ拾った!」
「えっ!?」
「ついさっき、ミリっちが素手でね。もう取り込んでるよ」
「え……」
とろけるように目元をゆるませるエミリーが言うところによれば、私と別れてからは二人で魔物狩りをしていたようで、そろそろお昼休憩にしようと腰を下ろして手をついた場所に丁度スキルオーブが落ちていたらしい。
しかも、ご飯を食べるつもりだったから篭手も手袋を外していたみたいで、その手が何かに当たったと感じた瞬間にはスキルオーブが溶け始めて身体に入り込んだのだとか。
なんという強運。
それと、なんという私の間の悪さ。
数多あるスキルオーブの中でも、汎用性の高さに定評がある剣術はかなりの人気を誇る。
遠距離から放てる魔術と組み合わせるもよし。槍や斧などの控えとして持っておくもよし。これ一本を極めるもよしで、冒険者ならずとも町の兵士やお貴族様が抱える騎士、それにお貴族様本人ですら買い求めることも何ら珍しくない。
しかし、産出量が不安定なこともあってその販売額は相当なものだ。
もしも手にしたければ、その時の売り手次第で大金を積み上げる覚悟が要される。
もちろん、剣術よりも高価なスキルオーブは数あれど、おとぎ話に出てくる謎のヒーローは大抵が剣を片手に大暴れしていることもあり、若者にとっては憧れの一品なのだ。
そんな剣術のスキルオーブだけに限らず、それ自体が大変に貴重であり手で触れただけでも取り込んでしまうため、誰もが訪れる――私でも見物できる店頭に並ぶことなどあり得ない。
是非ともスキルオーブの現物をこの目で確認したかった。
私の脳内メモにはポンコツ女神が提示してきたスキルオーブの記憶があるものの、それと同じ物でよいのか判断できず、今までも見落としてきた可能性がある。
噂に聞く限りではそれと大きな違いはないと思っているけれど、別の形状であることも十分に考えられるのだ。時と場合によっては、巨万の富に化ける素敵な逸品をみすみす逃していたかもしれない。
それを防ぐためにも何とかしてスキルオーブの姿形を知りたいのに、好き勝手に取り出せるなんて話は聞いたことがない。今はエミリーが強くなったことを喜ぶべきだね。
「おめでとう、エミリー。また強くなったね!」
「むふふ。いやぁ、ありがとうありがとう」
「……ねぇ、シャノン。エミリーってずっとこんな感じなの?」
「うん。なんていうか……その、わかる?」
普段は割ときついことも言ってしまうエミリーが、だらしなく頬をゆるませているのだから、それをずっと見せられていたシャノンの気持ちを推し量れば幾分冷めた態度も頷ける。
正直、このままでは商売できそうにないよ。人前に出せる表情ではないので……。
二人に渡しておいたチーズパイなどを私の加熱で温め直して皆で食べ、お昼休憩を終えても頬がゆるむエミリーをどうにかすべく、入手したばかりのスキルを試すことにした。
これなら顔を引き締めざるを得ないだろうし、使い勝手も知ることができて一挙両得だよ。
どこかに手頃な獲物はいないかと探し回っていたら、新たな力を手にしたエミリーが緑色のゴブリンを出会い頭に軽く打ち倒した。ところが、今までと比べて何となく動きがよくなったような、気のせいかもしれないような……という程度で、あまり大きな変化が見えてこない。
それでも、本人曰く『やりやすくなった気がする』そうなので、細かな差違はあるようだ。
そして、誰かに会うこともなくそのまま狩りを続けて、何かコツを掴んだらしいエミリーが『今なら青色ゴブリンでも余裕で倒せそうだわ』という自信を得たころに、遠くの方から木がなぎ倒される音が響いてきた。
それが何度か続くことに不安を覚え、皆で顔を見合わせて話し合う。
「ミリっちがあんなこと言うから青いのが暴れてるのかも?」
「そんなわけないでしょ。誰かが戦ってるのよ」
「何にしろ、魔物がいて冒険者もいるのなら、それはもう商売のチャンスだよね」
また怪我人を追いかけ回して傷薬を売りつける私――という構図を想像したのか、二人が苦笑を浮かべている。そんな時に、木々がなぎ倒された方から不揃いの足音が迫ってきた。
すわ、魔物の襲撃かと身構えてみれば、どうやらお客さん自らが訪れたようだ。
「いらっしゃいませ~」
「あ、おい! そこの店屋! 早く逃げろ!」
「傷薬なら逃げなくても売りますよ?」
「そうじゃねえ! いいから走れ! オーガが出た! あんなもん子供じゃ無理だ!」
なるほど、オーガか。
もしかしたら、大人の冒険者チームでも負傷するくらいの強敵であるオーガが原因で、この地域周辺で暮らしていたゴブリンたちは追い出されたのかもしれない。




