#061:難題に挑む
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
着地点がやや斜め上にズレたことを考慮して、しかし地面にも埋まりたくないので木箱一つ分くらいは宙に浮かぶよう、緊張により強張った表情でテレポーテーションの魔術を行使する。
未だに恐怖が勝ることもあって、いきなり自宅までの長距離を飛ぶのではなく、三〇〇メートルくらい先に生える低木を目印にしておいた。
ここからだと先ほど実験に用いた岩を飛び越える方向だね。
もちろん、岩の中にも入りたくないので軌道上からは逸らしてあるよ。
自身に空間転移の魔術をかけたことで周囲の景色が伸縮するように歪んでいき、かと思えば前を向いたままで後ろの光景が視界に映り込む気配もあり、ひと言で表すならば気味が悪い。
魔力枯渇とは縁遠いはずなのに、頭の中ではメリーゴーラウンドが高速回転しているような不快感が染み出すように湧き起こり、いったい何がどうなっているのか全くわからない。
これがテレポートなのか、それともワープなのか、はたまた関係のない魔術であるのかも、私の拙い知識では判別のしようがない。
そのまま初めて味わう異様な気分に苛まれていると、頭の中のお馬さんは手綱を引かれたようでゆるやかに元の風景が――あれ、え、なんで!?
「ひゃああぁっ!」
確かに転移は成功した。どこにも埋まっていない。
しかし、またもや転移先に指定した地点よりも高いところに出てしまい、先ほどの岩と同じくして地面に向かって落ちたのだ。
粘つく空気のおかげなのか少しばかり速度は控えめだけれど、いきなり宙に放り出されたらどうしようもない。私はただの人間なのだから飛べるわけがないでしょう。
しかも、地面に落ちたら落ちたでしっかりと衝撃が伝わった。
涙が出るほど痛いっていうか、これ鼻水まで出てるよ、もう……。
本当に、魔術ってやつは何らかの欠点を持たないといけない決まりなの?
予想だにしなかった出来事に驚きはしたものの、幸いにも逸れた先が草原だったから大きな怪我を負うことはない。それでも、全身に浮き出た鳥肌と共に足の裏から膝までがジンジンと痛むので、すぐさま身体の時間を巻き戻して対処した。
そして、ここで諦めてはトラウマを増強するだけに終わってしまうだろうから、次は控えめに空間転移を行ってみても再び同じ方向にズレてしまい、私の足首が悲鳴を上げている。
さすがにこれはおかしいと思う。
ここからさらに詳しく調べたいところだけれど、こんな事を続けていては骨折を免れ得ないだろう。そこで、先ほどの岩を利用して何度か転移魔術を試していると、移動距離と比例するように出現位置が変化することを突き止めた。
これはアレだね。自転による慣性力の働き――コリオリの力ってやつだね。
それに重ねて、この惑星も地球と同じくお日様の周りを回っているのだろうから、その分も合わさって斜め上に放り出されたというわけか。そのお日様も太陽と同じであれば、それすらも銀河の中を動き回っているのだから、このような結果として表れたのだろうね。
野営地を発ってから私がずっと使っている加速の魔術によって、周囲の時間はほぼ停止している状態だというのに影響を及ぼすとは、自然ってやつはすごすぎる。
しかし、その偉大さに感嘆している場合ではない。
空間転移を実現させるには、暗算では不可能といえるほどに複雑な空間座標の計算を行うか、それができないというのなら、比喩ではなく光を超えるくらいに加速させた状態でなければ、私の身体は空の彼方へ吹っ飛んでしまう。
せっかくトラウマを克服できそうなのに、この仕打ち。
スタッシュから物を取り出すときは何ともないのに、まったく面倒なことだよ……。
だからといって、ここで空間転移を諦めるのは論外だ。
この魔術さえ使いこなせたら物資輸送が格段に早くなり、私が手にするお金――延いては、大富豪への道に繋がると言っても決して大袈裟な表現ではない。
そこで、スタッシュとの違いは何かあるのかと考えていたら、わざわざ一から座標計算しなくとも相対的な位置取りでよいのではないかと閃いた。
ということは、計算し易くするために加速の倍率は一定を保つ。自転にしろ公転にしろ頻繁に速度が変化するものではないのだから、進む距離によって起こる反作用の割合を導き出す。そして、その分を差し引いておけば楽に使えるだろう……と実験に臨んでみれば、想定したとおりの結果を得ることができた。
ただ、この方法だと長距離移動は厳しいので目に見える範囲を小刻みに転移するしかない。
正直に言えば面倒ではあるけれど、着地点の様子もわからないままに転移をすると、そこに障害物でもあろうものなら私の身体が爆発してしまう。
あとは、方角の目印になるお日様が見えないと使えないことも難点ではあるね。
町に帰ったら方位磁石を作っておこう。……紐でぶら下げる簡単なやつを。
納得がいくまで計測と検証を繰り返した私は、時間の加速により色褪せた世界の中を短距離転移で影も落とさず進んでいく。
早くも扱いに慣れてきたこともあり、転移先で身体が実体化するより前に次の地点へ飛ぶという時間短縮法も会得し、ちまちまと歩くのがバカらしくなるほどに快適だ。つい先ほどまでトラウマだったものが、非力な私にとっては手放せない魔術に昇華した。
これならもう、長距離転移が使えなくても不便はないかもしれない。
そのままの勢いで街道を飛び進み、障害物が多いところは仕方なく自分の足で歩いていると、前方には傾いた荷車が止まっている。
故障でもしたのかと近付いてみたら、脳内メモから見覚えがあるという情報が飛び出てきた。
直近で目にした荷車といえば乾物売りと賭け試合の二つだけれど、どちらもありふれた形の荷車なので、大きさだけで判断するなら前者のほうだろうか。
それ以上のことは脳内メモにも残っておらず、積み荷で判断しようにも空っぽだった。
どうやら片方の車輪が壊れているみたいだし、きっと歩いて持ち帰ったのだろうね。
遠くの狩場に出向いたにもかかわらず、まったく売れなかった上に荷車まで壊れるとは同情を禁じ得ない。これが私の身に降りかかろうものなら、三日三晩泣いて過ごすに違いない。
リンコちゃんを破壊された時は現実味がなくて泣くことすら出来なかったけれど、木工工房から引き取った残骸は汚れた部分を綺麗にして自宅の屋根裏倉庫に保管してあるし、いつでも会えるという安心感が影響しているのかもね。
それからも道に迷うことなく短距離転移を連発し、疲れを知らぬままに町まで辿り着いた。
いちいち門を通るのも面倒なので、転移に続く転移で落下が始まるよりも先に背の低い壁を軽々と乗り越え、並び立つ商店や民家の屋根を伝うようにして自宅前に到着した。
まずは、お隣のボロ屋との隙間に隠れて加速の魔術を解除してからお店の玄関へと回り込み、しっかりと戸締まりされている扉を開けて店内に入る。そして、在庫が尽きた傷薬などを密かに購入したり、中央通りに出てスープを多めに仕入れたりして、それらを一通り終わらせたら馴染みのパン屋さんにも寄っていく。
あれこれと買い込んでいるうちにお昼時が近付いたこともあり、店内ではお昼のパンを用意している最中で大忙しだった。
「こんにちは~」
「おや、サラちゃんじゃないかい。もう帰ってきたのかい?」
「ちょっと事情がありまして、私だけで戻ってきました」
「なんだい、エミリーってば自分から言い出した仕事もやってないのかい? まったく、帰ってきたら説教だね」
うわ……エミリー、ごめん。私の不手際で身に覚えのないゲンコツが落ちそうだよ。
このまま放置しておくと、エミリーのグリグリで私の頭も大変なことになってしまう。
忙しなく動きながらも話を聞いてくれそうなので、私の失態を何とか補うための説明も兼ねてピタパンの活用法を提案してみると、興味はあれども利権が絡むようで『すぐには無理だね』とのことだった。
いくら私が気にしなくともギルドに関する案件らしく、提唱者が成人するまで待つか、成人している別の誰かが間に立って仲介してもらうという、やや強引な手段を取るしかないようだ。
お母さんにはまたもや迷惑をかけてしまうけれど、安定して儲かりそうな気配がするので次に帰宅した時にでもお願いしておこうと思う。
そして、エミリーとシャノンが待つ狩場へ戻る前に、仕上がったばかりのサンドイッチを多数買い込み、ひときわ賑やかな正午の鐘が鳴る中を自宅の陰に隠れて身体の時間を加速させ、短距離転移を連発して誰にも気付かれることなく人の波で荒れ狂う町を後にした。
前回の投稿日に限っていつもと違う時計のアラームを使ったのですが、10秒ほど時間が狂っていたようで、狙い続けていた07分からズレてしまいました。無念なり。




