#060:戒めを解き放つ
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
賭け試合の人だかりを遮るように展開された対抗店の様子を、あまり気にしないよう心掛けて商売を続ける。ぐるぐる回るお肉がなくとも温かいスープのおかげで売り切れ続出となり、遅れてやってきたお客さんには商品を諦めてもらう場面が出てしまった。
それについては己の不運を嘆く人だったので文句を言われなかったけれど、私の心には申し訳なさが残ったよ。
その人を最後にして客足が途絶えた事と、これ以上の不満を感じさせては悪評に繋がるだろうと判断してお店を閉める。そして、私たちも空腹を満たすために、予め露店を開く前に確保しておいた夕食をスタッシュから取り出し、そのついでとばかりに残った商品を調べていたら、明日の営業は考え直す必要がありそうだった。
「ぬ~ん……残るところは小さいチーズパイが三枚と、ハーブ入り一口パンが二袋分くらいに、腸詰めが六本。それと、麦茶とミルクがあと少しってところかなぁ。傷薬はまだまだあるけど、朝になったら帰らなきゃ」
「もうなくなったの? 日用品置いてきたんじゃなかったっけ」
「うん。でも、ドネルケバブの機材が増えた分、空き容量が圧迫されちゃってね」
「もっと小型のほうがよかった? 帰ったら探してみる」
「いや、スタッシュを拡げたらいいだけだから今ので十分だよ」
「そんな事、さらっと言わないでよ」
「……ミリっち。ほら、サっちゃんだから。ね?」
私だから何なのさ。
拡張すればお金をかけずに対処できるのだし、それを選ぶってものでしょう。
それに、まだ一回しか使っていない熱波マシンを買い換える余裕なんてないよ。
交代で睡眠をとった翌朝には、露店を開くことなく野営地を発った。
その際に、今朝も営業すると思っていたらしい人たちに慌てて呼び止められたけれど、事情を話せば『早く戻ってきてくれ』と残念がられたよ。
こうやって、お店を開けなかったら心配してくれる常連さんができたのだから、私の行商は十分に定着したと思ってよいのかもしれないね。
え? 他に選択肢がないだけだろうって?
いやいや。今はもう、フルーツ売りの露店が小さく賑わっているのだよ。
まだ女性の冒険者くらいしか買い物をしていないみたいだけれど、風に乗って届く話し声からして町と大差ないお値段という、私に喧嘩を売っているようにしか思えない状況なのだ。
さらに、小姓の少年くんがスタッシュ持ちなこともあって、私が姿を消した瞬間には隠し玉を繰り出してきそうでヒヤヒヤする。
本音を言えば帰りたくないし、かといって仕入れをしなければ売り物がまったく足りないので、今すぐにでも私一人で|ウルトラスーパーアクセルダッシュ《身体加速で超速移動》を決め込みたいところだよ。
という内容を、歩きながら二人に伝えてみたものの、色よい返事をもらえなかった。
「ダメに決まってるじゃない! 不意打ちが一番恐いって言ってたのサラじゃん」
「でも、加速したら誰もついてこられないし、移動中は大丈夫だと思うんだよ」
「わたしはサっちゃんの加速を体験したことないから何とも言えないけど、ただ速いだけなら追い付く手段はあるよ?」
「……よし、わかった。競争しようじゃないか」
こうなってしまっては、私の力をお見せするしかないでしょう。
それを目にしても反対されるのならば、二人にはエクレアと一緒にスタッシュの中に入ってもらう以外の方法が思い浮かばない。
対抗店にお客さんを取られないよう、移動時間は可能な限り短縮したいのだ。
疎らに木々が立ち並ぶ森の中でも、この数日間で一度も人とすれ違ったことがない区画へと場所を移し、エミリーとシャノンの間には一〇〇メートルほどの距離を設けて立ってもらった。
「それじゃあ、ここからエミリーの所まで競争ね?」
「ククク。わたしの本気を見せて進ぜよう。ウィンドウォーク! ゲイルウィング! さらに、水と風の精霊たちよ、霹靂のごとき力をこの身に宿し給え……スイフトネスアクセル!」
シャノンが三重に及ぶ身体強化の呪文を唱えてからは、事前に決めておいた準備完了の合図をエミリーに送ると、傷一つないグラディウスを一旦掲げ、勢いよく振り下ろした。
それを確認した私は、一人で行動するときと同程度になるよう身体に流れる時間を加速させ、エミリーが立つ場所へ向かって歩いていく。
余裕を持ってやおら後ろを振り向けば、真剣な顔つきのシャノンが今まさに駆け出そうとしている瞬間で、少しばかりの罪悪感を覚えてしまうのも致し方ない。
しかし、競争とはいっても私の力を見せることが目的なのだから、ここで手を抜いてしまっては本末転倒だ。
後日、デザートを奮発するので私のワガママを何とか呑み込んでもらいたい。
誰かに邪魔立てされることなくエミリーの元まで歩いていき、角度の関係なのかわからないけれど、先より少し距離が縮んでいるような気がするシャノンを視界に収めた私は、色褪せた世界から抜け出した。
「エミリー、お待たせ」
「おあっ!? え、なんで?」
たったこれだけの短い会話だったのに、あっという間にシャノンがゴールまで辿り着いた。
それと同着か、僅かに遅れるようにして『ぷもー!』と叫ぶエクレアが走り寄ってくる。
何も告げずに加速したものだから、捨てられたように感じたのかもしれない。
「はぁ……はぁ……サっちゃん、それは、なんなの? 影すら、見えなかったんだけど」
「さっきも言ったとおり、時間の加速だよ」
「それって、前に、ミリっちが怪我した時の、あの短い距離だけじゃ、なかったの?」
「いや、好きなだけできると思うけど……」
「サっちゃん……マジ、サっちゃん」
「……とりあえず、魔力補給するね」
謎の呪文を唱えながら、その場でへたり込んでしまったシャノンに魔力を注入していると、疲れ切った面持ちで『多少は年取ってもいいから加速を体験したい』と言うので、それが私のワガママに付き合ってくれたお礼になるのなら――と了承した。
日頃から多用していたらしいウィンドウォークなどはまだしも、消費魔力が跳ね上がる複合属性魔術まで使ってくれたのだから、これくらいの見返りは構わないでしょう?
なお、シャノンがエミリーも誘っていたのだけれど『自力で出来ないのなら興味ないわ』とのことで、加速体験を断られたよ。
シャノンの小さな身体に魔力を満たしていき、元気を取り戻してからは加速体験で色褪せた世界の中をあちこち歩きまわったり、ちょっとした実験を行ったりして楽しんだ。
その後は、念のために売れ残りの食糧を二人に預けておいて、エクレアを回収した私は一人で町へ向かって歩き出す。
てくてく、てくてく、一人で歩く。
合間に時間を巻き戻して体力を回復させてもずっと一人で歩き続ける。とても疲れる。
「リンコちゃん、カムバーック! …………ふぅ」
こういう時にこそ使いたかった。
リンコちゃんがいれば、気疲れする道のりも楽勝だったに違いない。
肉体疲労は時間を巻き戻せばどうとでもなるけれど、それでも疲れるものは疲れるよ。
特に精神面でね。記憶保護の唯一ともいえる弱点なのだ。
この問題を早急に解決するには、あれに頼るしかないのかな。
私のトラウマともなっている禁断の魔術を、今ここで解放してみよう。……いや、やっぱり先に実験してからね。ぶっつけ本番はまだ怖いや。
実験といえばやはりあの御方。
足下に転がる小石くんをいくつも拾い集め、それを目立つように――エクレアを模した形に溶かしてから冷やし固めていく。
それを自宅に向かって飛ばすと……よし、消えた。実験は成功だ!
あ、いや、これだと肝心の着地点が見えるわけないじゃないか。
消えたのだからどこかに落ちていると思うけれど、家の壁にめり込んでいないことを祈るよ。
どうかお店が爆発していませんように。
さて、気分も新たに引き締めて、次は確認可能な範囲として短距離転移の実験を開始する。
今回の供物は、丁度目の前で鎮座する岩に協力してもらおうかな。
それに近寄り手を付けて、このまま直線上に飛ばしてみると……お、成功だ。
岩が大きかった影響なのか、狙った位置から多少ズレてしまったけれど、何かにめり込んで爆発四散することはなく、地面から少しだけ離れた空中をふわりと落ちて沈黙を保っていた。
この岩を参考にして軽く軌道修正すれば、私が使っても安全だろうと愚考する。
こんなにも簡単に確かめられたのなら、あまり怖がらずに実験しておけばよかったね。
今更悔いても詮無きこととはいえ、後悔ばかりが募ってしまうよ。
霹靂には落雷の意味で《かみとき》とルビを振りましたが、急激な雷鳴を表す《へきれき》でもあります。
青天の霹靂で有名な語句ですね。




