#059:営業妨害はやめて
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
少し離れていた隙に新手が来たのかと、不安で顔を曇らせながらも人の輪に近付いていく。
その最中に耳を澄ませる必要もなく聞こえてくる内容からして、何やら揉め事が起こっているようで、周囲に立ち並んだ冒険者たちはこぞって不満の表情を浮かべている。
「さぁ、どうされるのですかね? 買うのか、買わないのか」
「だから金がないんだってばよ」
なんだ。買いたくても手持ちが足りずに騒いでいただけか。冒険者がまとまったお金を持ち歩かないことも知らないとは、それと対峙している出っ歯の商人は行商の素人だな。
大方、値切りを突っぱねたら文句を言われて手を焼いているとか、そんなところでしょう。
その点、私はしっかりと学んでいるから気にする必要はなさそうだね。
もはや敵ですらないと判断し、自分の露店を準備しようときびすを返した瞬間に、背後から耳を疑うような爆弾発言が聞こえてきた。
「では、先ほども申しましたとおり、この者を倒せば無料で進呈いたしますとも」
「……その代わり、俺の装備を全部賭けろってんだろ? 嫌に決まってらぁ!」
今、無料って言った。
商売をしに来たのにタダにするとか頭が沸いているのでは。
あ、いや、この者――出っ歯の商人が手で示した先にいる護衛の誰かを倒せばという条件付きだったか。
いささか背丈は低いものの、盛り上がった筋肉を革鎧で押さえ付けて薄汚れた剣を手にするチビマッチョ。ちゃんとご飯を食べているのか見ているこちらが心配になる貧相な肉体に反し、立派な弓を肩に掛けるひょろ長い青年。ゴテゴテしく無駄に派手な装いだけで、武器も防具も身に付けておらず護衛には見えない優男。
そんな三人組だけれど、この中から自由に選べるなら楽勝なのではないかしら。
話の行方が気になって猶も言い合う二人を眺めていたら、私たちの隣にやってきた冒険者のおじさんが『また新人が絡まれてるのか……』と呟いていた。
事情を知っていそうなので小声で尋ねてみると、この出っ歯の商人は冒険者のおじさんが今現在ホームタウンとして利用している町の一部では有名な人物で、密かに賭け試合を行っては装備品を巻き上げて荒稼ぎしているそうだ。
しかも、賭けた装備とほぼ同額の物を賞品として供されるので、見る目は確かな商人らしい。
「冒険者同士の諍いは御法度なんだが、あの町のギルドもお貴族様も黙認状態だったからな」
「そうなんですか。狂いのない目を持ってるのなら、普通に商売すればいいと思いますけどね」
他人も認めるほどの品定めができるというのなら、こんなあくどい事をしなくとも十分に稼げると思う。しかし、絶対に負けないよう仕組んでおけば、鴨が葱を背負ってくるという魅力に抗えなかったのかもしれないね。
それに、もしかしたら裏では武器・防具を扱うお店も絡んでいそうだよ。
装備品がなくなれば新たに購入するしかないのだから。
そこに思い至ったところで、小声で会話していたにもかかわらず出っ歯の商人にも聞こえていたのか、いきなり話の矛先を向けられた。
「何ですかね、お嬢さん。あたくしは真面目に商いをしておりますが? この方が払えないとおっしゃるので、あくまでも代替案を提示したまでのことで」
「あ、いえ、こんな場所では誰も勝負を受けないのではと思いまして」
「あぁ、なるほど。そちらはしっかりと勉強しておりますから案ずることはありませんぞ。皆様方も奮ってご参加くだされ!」
町でやる時と比べて少ない掛け金でも受け付けているとかなんとか……。
そこまで聞いてようやく話が繋がった。
買いたい物があっても手持ちが足りず、それならば試合に勝てば無料にすると提案されても受け入れず、ひたすら粘っていたから騒ぎになったというわけだね。
「なぁ、俺には払う金がないし、勝負を受ける気もない。だから、見せた武器を返してくれ!」
「まぁまぁ、そう遠慮なさらず」
全然違った。
この出っ歯、貸した物は永久的に借りるという、どこぞのガキ大将か。
とばっちりを受けては堪らないし、さっさと離れて露店の準備に取り掛かろう。
賭け試合をやるにしろ、やらないにしろ、できるだけ距離を取っておきたいね。そうなれば昨日と同じ場所――最も目立つ出入り口付近を使うことができず、広場の中央からも少々外れた位置に陣取って露店の準備を始めた。
露店を開いたころには日没間際となったこともあり、お腹を空かせた冒険者たちが立ち上るスープの香りに誘われて続々とやってくる。
ところが、来なくてもよい者までをも引き寄せてしまったようだ。
またもや木立の道からガタガタと車輪の回る音が聞こえ、今度はそれに加えて馬の足音までが耳に届いてきた。その荷馬車はお日様が沈みきる直前に滑り込むような勢いで野営地に入り、一旦立ち止まったかと思いきや、私たちの近くまで来て動きを止めた。
そして、荷台部分に乗っていたと思しき小姓の少年が荷馬車から飛び降りて、御者台に掛けていた二人のうち片方の手を取って降車の手伝いをしている。
降りてきたのは歩くたびに頬肉が揺れる男性で、着飾る衣服も相当な高級品であると窺える。
見るからにお金を持っていそうだし、これは厄介な敵が現れたと危惧しながらもお客さんに応対していると、その男性は私の背後に立てた宣伝のぼりをチラりと見やり、隣にいた御者を連れて短い列に並びだしてしまった。
「……いらっしゃいませ。何をお求めですか?」
「どうもどうも。調子はどうですかな?」
「おかげさまで、ぼちぼちやってます」
「それは何より。先ほど聞こえた限りでは、いい値段をつけてらっしゃるようで」
「ええ、それだけの価値がありますから。ところで、ご注文は?」
この人は、とりあえず生一丁――って感じで嫌味を言いに来たのかな。
まだお客さんがいるのだから、無駄に話を長引かせるような妨害工作はやめてほしいよ。
明らかな営業妨害だったらギルドに通報してやろう。
「そうですな、どれもおいしそうだ……おや、この箱は?」
「……私にとって大事なものですが」
「ほう……」
それから続いた『なるほど、聞いたとおり』という呟きは私にも聞こえているのだけれど。
もしかして、わざと聞かせて脅しを掛けているの?
何にしても、邪魔をするならさっさと帰ってよ!
「さてと、あまり長居をしてはご迷惑になりますな。では……扱っている品を一通りいただけますかな?」
「え……ええ、喜んで。お代は魔石でお願いしますね。査定はあちらで行ってます」
「魔石、ですか。出したいのは山々ですが……残念ながら余裕がありませんね。ここは一つ、硬貨でお願いできませんかな?」
「ないものは仕方がありませんね。すぐにご注文の用意をしますから、少々お待ちください」
こんな事なら、なかなか売れない日用品を置いてこなければよかった。何だか悔しいから少しばかし意地悪しておいたよ。
こうしておけば、スープの量が少なかったり、パンのサイズが小さかったりしても、魔石での支払いを拒否したから――とか、勝手に納得してくれるでしょう。
あとは、メニューのサンプルとして目に付く位置に飾ってある種類だけを売ればいい。
おそらくは敵情視察なのだろうから、これくらいはして当然だと私は思うよ。なぜ手の内をすべてさらけ出す必要があるのかって話でね。ここで調子に乗ってスタッシュからあれこれと取り出しても、下手な勘ぐりをさせるだけに終わってしまい、私に対する危険度を大幅に上方修正されるのが落ちなのだよ。
これだけ太れるほどの資金力を持つ大きな商会に対抗策を打たれたら堪ったものではない。
商売なんて、いい感じに見くびられているくらいが丁度よいのさ。
そうでなければ、名前を聞いただけでも即座にひれ伏すくらいの力がないとね。
なお、不人気商品を売りつけられなくて悔しい思いをした腹いせではない。断じて違うよ?
「これで全部です。お買い上げ、ありがとうございました」
「ええ、こちらこそ。では、今後ともご贔屓に」
礼を告げる金持ち商人と、無言のまま荷物を持たされている御者が立ち去る姿を目で追っていくと、一人残された小姓がテキパキと露店の準備を進めており、よくよく見ればスタッシュを持っているではありませんか。しかも、売り物がフルーツ……だと!?
あれなら冷えても問題ないどころか、そちらのほうがよりおいしい。これは強敵になるのではないかと胸騒ぎを覚えるよ。
せめてもの救いは、まだ客層を見切れていないせいか、あまり売れていないことかな。




