#058:青色リベンジ
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
エクレアの先導で魔物から逃げるお客さんを追いかけたけれど、周辺マップが脳内メモに刻まれているおかげで迷うことなく巡回路に戻った。
その道中では、背伸びをしたいお年頃の低ランク冒険者には不安を煽って傷薬を売りつけ、腰を下ろして休息を取るチームの前ではこれ見よがしに冷たい飲み物を呷って物欲を刺激し、装備も充実していそうな高ランクの人たちを見つけたら魔石の買い取りを申し出る。
それを何度か繰り返していてもそう簡単には売り上げが伸びず、お日様が天高く昇るころになっても営業成績は振るわず仕舞いでお昼休憩を迎えることになった。
付近の木陰に入って昼食を摂りながらも、思ったように事が運ばず気疲れした私は、二人に向かってつい愚痴をこぼしてしまう。
「売れることは売れるけど、うまくいかないなぁ」
「やっぱり高すぎるんじゃないの?」
「そりゃあ、ここまで出張ってるんだから値段も上がるってもんだよ」
「でも、二倍はないでしょ、二倍は。ただでさえ町よりも高いんだからさ」
たしかに一理ある。
それでも私は値下げをするつもりなんて微塵もない。
わざわざこんな辺鄙な場所まで商品を持ってきたのだから、町中と同じ値段で売っていては苦労を買った意味がない。
前世でも、人里離れた山の頂にある自動販売機や、大勢で賑わうテーマパーク内の飲食店では通常よりも割高な特別料金で提供されているからね。ほとんど独占販売に近い状態だけれど、口には出しづらい事情があるのはわかるし、私もそれに肖ったというわけですよ。
だからこそ、私が憂えるのはそこではない。
「値段よりもさ、警戒されてる気がするんだよね。何となくだけど」
「まだ狩場に出て売り歩きっていうのが認知されてないから仕方ないよ。サっちゃんの顔が売れるまで待つしかないと思う」
「……他のお店が来てたのに?」
「それは誰かが馴染みの商人にでも言ったんじゃないかな」
そういえば、秋のお祭りでグレイスさんは既に知っていたわけだし、今までに利用したお客さんか、その姿を見た冒険者が懇意のお店で喋ったという線は濃厚だね。……はた迷惑な。
今後も行商人が増えるようなら、クロエちゃんに泣きついて妨害工作をお願いしようかな。
できることなら私だって独占販売がしたいのですよ。
昼食も終わり、愚痴をはき出せて幾分スッキリした私は、気を取り直して商売に励む。
相も変わらず襲い掛かってくる緑色のゴブリンは二人が軽々と倒していき、冒険者を見つけては傷薬が売れたり売れなかったりの時が過ぎ、気が付けば空が夕焼け色に染まっていた。
そろそろ野営地に向けて移動しなければ、保護色を纏ったゴブリンに怯えながら夜道を歩くはめになるので、心持ち急ぎ足で木立の中を進んでいく。
そして、お日様が大地のベッドに潜り始める頃合いに、私の足下をトコトコ歩くエクレアが魔物の接近を知らせる唸り声を上げた。
「また多いなぁ……んん? あの奥にいるやつって……」
「……あれがいるね。ミリっち、やれる?」
「どれ? ……あ」
視線の先には、手下を引き連れて元気に駆けてくる青色のゴブリンがいた。
もちろん、似ているだけで先日の魔物とは別個体だ。命に関わるほどの深手をエミリーに負わせたゴミ屑は、私がこの手で間違いなく始末した。
よって、まったく関係のない青色ゴブリンなのだけれど、あまりよい気はしないでしょう。
「私がやろうか?」
「サっちゃんがやると塵も残らないよ。わたしがやる」
「大丈夫だよ。ちゃんと加減はするから」
「待って。あたしがやる。二人とも心配しすぎ」
そう言って軽く肩をすくめたエミリーは、いつものように私の前に立って迎撃体勢を取るけれど、構えた剣先が僅かに震えているのが目に映る。
さらりと口にしていても、やはり多少の苦手意識はあるようだね。
シャノンと目配せで確認も取ったし、いつでも介入できるようにしておこう。
「じゃあ、わたしは周りのザコを片付けるよ」
「うん、お願い。サラはシャノンの近くにいて」
「……何かあったらすぐ助けるけど、無理はしないでよ?」
「わかってるって。――さぁ、もう来るよ! 離れて!」
今にも飛び掛かりそうなほど姿勢を低くしていたエクレアに呼びかけて、急いでシャノンの元まで退避してからは、二人の邪魔をしないよう静かに戦況を見守った。
まずは、シャノンが短い呪文を唱えて下級魔術に分類される単発の魔力弾を連射する。
何がどう動くのかわからない上に、すぐ近くに仲間がいるのだから範囲魔術は選べない。
仮に使ったとしても、着弾時に小規模な破裂を起こす炸裂弾くらいだ。
しかし、接近戦をするエミリーが巻き込まれでもしたら目も当てられないので、今はそれすらも控えて単発の魔術を連続で行使するに至っている。
そうやって遠距離から放たれる魔力弾が迫り来る緑色のゴブリンを次々と穿っていき、たとえ絶命していなくとも動きを封じたならば、新たな的に狙いを定めていく。
そのまま続けていると少しの間を置くこともなく緑色の特攻隊は全滅し、残すところは青色の親玉だけとなった。
そして、駆け寄りながらも特攻隊が倒されていく様を見せられた青色のゴブリンは、まるで怒りに燃えるような、あるいは悲しみにくれるような咆哮を辺りに響かせ、小さな丸太にも見える棍棒を振り上げながらエミリー目がけて飛び掛かる。
迎撃の構えを取っていたエミリーはそれを避けることなく盾でいなしたものの、勢いを殺しきれずに踏鞴を踏んでしまい、私が冷や汗をかくより早く後方に向けて飛びすさる。
初撃を防いだことで反撃に転じようとしたエミリーに、青色がたたみかけるような追撃を寄越し、今度はそれをうまく弾いて隙を作りだした瞬間には、鋭い一閃をお見舞いした。
ところが、敵もさることながら胸元に浅い傷を作っただけで躱されてしまい大きな決め手とならない。この結果、互いに攻撃が届かない僅かな空白地帯が形成され、エミリーはいつものように踏み込んでいくのかと思いきや、その場で構えを取り直した。
はじめのうちは何かと突っ込みがちなエミリーだったけれど、あの大怪我を契機にして慎重な行動を選ぶようになっているね。
苦手意識がよい方向に働いてくれているようで私も少しは安心だよ。
相手の力量が読めない最初の攻撃は仕方がないとしても、次の追撃はしっかりと防いでいたし、あまり不安を覚える必要はないかもしれない。
私がそんな思いに耽っている間も戦闘は続いており、エミリーは少しずつ、少しずつ相手に手傷を負わせている。
そして、とうとう棍棒を持つ腕に大きな打撃を与えることに成功し、それによって取り落とした武器を拾おうとしたのか、不用意に屈んだ青色ゴブリンの頭部に狙いを定めたエミリーは、顔を上げる瞬間に合わせて握りしめた剣を振り抜きその首を刎ねた。
「はぁ……ふぅ……終わったぁ……」
「おつかれ、ミリっち。一人でそれを倒せるなら、Eランクとしても十分だよ」
「すごいね、エミリー! 一度も攻撃当てられてないね!」
「まぁね。不意打ちじゃなければ楽勝よ!」
見事に完封勝ちを収めたのだから、少しくらいは調子に乗っても致し方ない。
ここは固いことを言わずに無傷で打倒したことを喜んでおこう。
せっかくの気分に水を差すのも無粋だしね。
「じゃあ、わたしはザコの魔石回収してくるから、先に解体始めてて」
「わかった」
「それなら私も手伝うよ」
しかし、気軽に言ったその言葉を早くも後悔することになった。
解体というところで気付くべきだったのかもしれない。
緑色は変わらず焼却処分だったけれど、青色のほうは頭に生える短い角が売り物になるそうで、落とした頭部から短剣で角を切り取ろうとしては失敗が続く。挙げ句の果てには石を何度も打ち付けて根本の骨を叩き割っていた。
それが終わってからは、言葉どおり体に火を付けてほんの少しだけ大きな魔石を回収し、野営地に向けてふらつく足取りで移動を始めた。
見たくもないものを目にした私は、自然とあふれ出そうな天の川を堪えて歩き続け、なんとか野営地に戻ってみれば未だに対抗店が居座っている。
しかも、ちょっとした人だかりができていた。
何があったのかと注意を向けてみると、扱う商品が武器や防具に変わっている。
それらを護衛に持たせて売り込みを行っている店主の表情は、どうやら元気が戻ったらしい。
いや、違う。あれは別人だ――。脳内メモがそう告げている。




