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#057:魅惑の隙間

2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。

 次から次へとやってくるお客さんを相手にしている間にも、ガタガタとうるさく音を立てる荷車が野営地へと入ってきた。周囲の冒険者はそれを一瞥(いちべつ)しただけで興味が失せたのか、それ以上の反応をすることなく回るお肉へと熱い視線を注いでいる。


 今にもこぼれ落ちそうなほど荷物を積載している荷車が、こんな場所にまで入り込むなんてどうにも違和感があり、注文の品を渡しがてらお客さんに尋ねてみた。


「あの荷車は何なんでしょうね」

「見たところ、行商人じゃねえか? もう日が暮れてるし、寝床でも探しに来たんだろうよ。ここまで来れば手前のほうよりは安全だしな」

「あぁ、なるほど。ありがとうございます。……お待たせしました。次の方どうぞ~」


 見える角度が変わったことで、荷車を後ろから押している冒険者風の男性が目に入ったし、護衛を連れた行商人と言われたら納得がいく。

 きっと、町から町への移動中に何らかの不都合が生じてしまい、どこかで休むのなら少しでも安全な場所で――といったところだろうね。


 気の毒だとは思うけれど、あまり意識を向けないようにしてお客さんの対応に追われていると、空きスペースに陣取った荷車の方から大きな声が聞こえてきた。


「いらっしゃい、いらっしゃい! うちの商品は長持ちするよ!」


 えぇ……マジですか。まさかの同業者だったよ。

 狩場に出てまで商売するやつなんか存在しないという話はデタラメだったのか?

 つい先ほどまでの心配する気持ちも一気に吹き飛んでしまった。


「おい、あっちでも店開きやがったぞ」

「ちょっと見に行くか?」

「あ、あのっ、お待たせしてすみませんけど、急いでやりますから!」

「大丈夫だって。どうせ買うなら若い娘っ子のほうがいいからよ。すぐ戻ってくらぁ」


 その言葉を残して幾人かが荷車の方へと足を向け、それに釣られた人たちまで流れていった。


 もう、勘弁してよね。このまま全部が売れ残ると大赤字になるのだから。

 まだこちら側のほうがお客さんは多いものの、いつ立ち去るともわからず気が気でない。

 こうなってしまっては、せっかく一見さん以外からは文句を言われなくなってきたのに値下げを検討するか、それとも何か別のサービスを取り入れるか。


 手を動かしながらも今後の運営方針について頭を悩ませていると、荷車のお店へ向かった人たちが続々と戻ってきた。

 どうやら私の懸念は杞憂に終わったらしい。


「どれもこれも食い飽きた物ばっかりだったな」

「しかもクソ高いでやんの」

「まぁ、嬢ちゃん達も十分高いけどな。はっはっはっ」

「その代わり、できたてが食えるじゃねえか。あっちは乾物だらけだったぞ」


 なんだ。まだ価格設定が甘かったのか。

 それならそれで値上げしたいところだけれど、比較対象ができてしまったらそれも難しくて後の祭りだよ。まったく、もう……。




 それからは、なぜかお客さんが増えるという怪現象が起こり、質よりも量を取ったにもかかわらず、ドネルケバブに使うお肉の塊が売り切れてしまった。

 まだポトフもシチューも余裕があるし、サンドイッチやパイに至ってはほとんど売れていないというのに、ぐるぐる回るお肉の塊は極めて高いインパクトを与えたようだった。


「ふぅ……。さっきのお客さんで今日は終わりみたいだね」

「いやぁ、今日はすっごく多かったわね。千客万来ってやつ?」

「ゴブリンの異常な増殖が知れ渡ってきて、それ目当てで冒険者が増えてるのもあると思う」

「まだ原因がわかってないんでしょ? 今朝エミリーから聞いたよ」

「そうそう。ギルド内でもちょっと話題になってた。賭けにもなってたけど。原因当ての」

「調査員もいたし、近いうちに判明するんじゃないかな。わたしは縄張り争いに賭ける」


 そうやってお喋りしながらも露店に使った品々をスタッシュの中へと片付けていく。

 寝床にもなる毛皮の敷物の上で少し遅れた夕食を皆で摂り、食後には約束どおりデザートを振る舞うと、二人と一匹は大興奮と言えるほどにとても喜んでくれた。


 ドネルケバブのソースを作った際に余りが出たヨーグルトを使い、その中に蜂蜜とブルーベリーを混ぜて、冷却の魔術で凍らせただけのお手軽フローズンヨーグルトだよ。

 たまたま目に留まったブルーベリーが最後の一籠だった時は奇跡を感じたなぁ。




 見張りのために交代で睡眠をとった翌朝も露店を開き、朝も早くから売れていく串焼きなどの肉料理に胸焼けを覚え、口から夜明けの天の川を垂れ流さないよう気合いで乗り切った。

 一部のお客さんからはドネルケバブではなくピタパンだけを求められ、一緒に買ったゆで卵や解体した串焼き肉などをその中に詰め込んでいたのは印象的だった。


 確かにあのポケット状の隙間には何かを挟みたくなるものね。

 あれなら多少汁気のあるものでも詰め込めるし、歩きながら食べても中身を落としにくい。

 次に町へ帰ったら、お向かいのパン屋さんでこの売り方を提案してみようかな。


 何を入れて店頭に並べるのかと想像しながらも、朝の部では最後となるお客さんを見送った私は二人に向けて今後の予定を告げる。


「さてと、お客さんもいなくなったし、私たちも夕方まで狩りに行こうか」

「よ~しっ、あたしもいっぱい稼ぐぞ~!」

「わたしもやるから山分けだよ、ミリっち」

「お客さんがいれば私も商売するけどね」


 そうして私たちは(かしま)しくも歩き出し、人気(ひとけ)の失せた野営地を後にした。

 チラりと後ろを見てみれば、まだ残っているのは帰り支度をしているチームと、疲労が回復し切れていないような人たち、それと昨夜に現れた対抗店くらいなもので、閑散とした広場に成り果てている。

 そんな中で肩を落として呆然とした風体の店主と、掛ける言葉を選びかねていそうな護衛の冒険者が私たちのことを見送るように眺めていた。


 私たちが朝の露店を始めた時も、あちらのお店も負けじと声高に呼び込みをしていたけれど、誰一人として訪れる者はおらず、見ているこちらの背筋に冷たいものが流れ落ちたよ。

 一歩間違えれば私もあの状況に陥っていた可能性があるものね。




 もしかしたら、対抗店も私たちの真似(まね)をして狩場にまで足を運ぶかもしれない――と危惧しながらも、襲い掛かってくるゴブリン共を倒していく。その最中にエクレアが警戒の唸り声を上げたので立ち止まったら、少し離れたところを何かに追われているらしき怪我(けが)人たちが駆け抜けていった。

 それを目にしたエミリーとシャノンが、苦みを多分に含んだ声で話し合う。


「うわぁ、押しつけかぁ……。何がいるんだろ?」

「わからないけど群れがいたら厄介だよ、ミリっち。早めに離れておこうよ」

「でも、今のところゴブリンばっかりじゃん。倒せるんじゃない?」

「そういう過信が命取りなんだって。次は怪我(けが)で済まないかもしれないよ?」


 ここから移動するのは私も賛成だ。一切の異論はない。

 不明瞭な危険さということもあるけれど、あまり遅くなると獲物が逃げてしまうのだから。


「さぁ、商売の時間だよ! 早く追いかけるよ! エクレア、追跡!」

「ぷも!」

「商売って、ゴブリンに売りつける気?」

「追いかけるって……サっちゃん、まさか……」


 その答えは行動で示すべく、私は自身に流れる時間をほどほどに加速させ、二人の手を引くようにして獲物を追いかけた。

 エクレアにはそんな必要もないようで、私の前方を迷うことなく走っている。




 逃げる獲物に追う私。

 それからややあって獲物――怪我(けが)人たちの後ろ姿を視界に捉え、一目散に走り続けるチームへ近寄って声を掛ける。


「あの、お忙しいところ失礼しますが、傷薬いかがですか?」

「――うぅわぁ! なぁん~だぁおぉ前ぇらぁ!」

「ですから、傷薬はいかがですか? よく効きますよ」

「ああぁ!? 何~だぁってぇ?!」


 なにこの口調。ふざけてるのかこの人は。

 いや、今の私は加速状態にあるのだから、間延びしたように聞こえても仕方がないのか。

 私もすべてが早口になっているのかもしれないし、ゆっくり喋ってみよう。


「き、ず、ぐ、す、り! 買、い、ま、せ、ん、か!」

「はぁあぁ!? そぉれぇどぉこぉろぉじぃゃぁなぁいぃだぁろぉ! いぃらぁん~!」


 それどころじゃない――のは重々承知だけれど、これだけ走る元気があれば大丈夫か。

 今回はご縁がなかったということで見送ろう。


 残念ながら売れなかったので加速の魔術を解除すると、肩で息する二人から『予想以上の速度だったから身体強化で魔力が大きく減った』と怒られてしまい、謝罪と補給を行ってからは、戻っても危険があるという意見が一致したことで別の方向へと歩を進めた。


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