#056:ぐ~るぐる
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
お昼のパン焼きに合わせて隅の方で試作品も焼いてもらい、時間も丁度よいことからミンナさんの提案で、私のお母さんも交えての突発的な親族昼食会が催された。
そこで試作品を皆で食べて感想を言い合い、やはり薪のオーブンでは私が思ったとおりに仕上がらなかったので、詳しいことはパン職人の伯父さんや従兄たちに任せてお店を後にした。
無責任に思われそうだけれど、ろくに知識もない人間が口を出すと邪魔でしかないからね。
竈ならまだしも、私の脳内メモには薪のオーブンでの火加減なんて載っていないもの。
そして、洗い物を終えた午後からは木工工房へ向かい、そこの親方さんに紹介してもらった金工細工工房で仕事を依頼する。簡単な工程だった事と工房が暇だったおかげですぐに完成したので、それを受け取ってからは追加の食品を買って家へ帰り、明日に備えての下拵えをして夜を迎えた。
翌朝はいつもより早起きして身支度を調え、お向かいのパン屋さんへ向かう。
頼んでおいたパンの数が多いので、私が受け取りにいく手筈になっているのだ。
「おはようございます」
「お……サラちゃんかい? どこのお嬢様かと思ったよ。すごい恰好だね」
「これが私にとっての戦闘服ですから。お願いしていたピタパンはもう焼けてますか?」
「そりゃ心強いね。パンならそろそろ焼き上がるはずだよ。昨日言われたとおり、貰った材料費を全部使って作ってあるからね。朝からこんなにパン焼いたのは祭りの日以来だよ」
それからすぐに焼き上がり、私がイメージしていたものと違わぬ出来映えだった。
さすがは職人さんだよ。いくら脳内メモがあっても、知識だけではこうもうまくできない。
やはり経験がものをいうのだろうね。
プロの仕事ぶりに感嘆しながらも、湯気の立つピタパンを音もなくスタッシュに吸い込んでいると、お店の奥から革鎧姿のエミリーがやってきた。
軽く朝の挨拶を交わしていつものサンドイッチも買い込み、昨日の午後から冒険者ギルドで入手した情報を聞かせてもらいながら私の家でシャノンを待ち、三人揃ってからは前回と同じ狩場を目指して町を発った。
道行く人や、軽やかに走る馬車を追い越すほどの速さで道中を進んでいたら、お昼になるころには私より先にシャノンがへばるというアクシデントに見舞われた。
私に合わせる必要がなくなったことでエミリーがグイグイと足を進めてしまい、遅れないようにとシャノンも速度上昇系の身体強化により多くの魔力を注いだようで、その結果が魔術抜きでは私と大差ない体力が露呈したみたいだ。
こんな状態のままで進めるわけもなく速やかに昼休憩を取り、シャノンにしては珍しい失敗だったのでご飯を食べながら話を聞いてみれば、昨日の手伝いで使った魔力がまだ回復しきっていなかったらしい。
ひとまずは魔力の補給を行い、体力はそうもいかないので全身を揉みほぐすようなマッサージを続けていると、私がベタベタと触りすぎたのか、それともエミリーが強くしすぎたのか、シャノンが出発を主張したことで強制終了となり、午後からは速度を少しゆるめて歩き出した。
街道から疎らな木立へ入ってからは襲い掛かってくるゴブリン共をなぎ倒し、数が多ければ私の瞬間焼却も織り交ぜて魔石を回収しては突き進み、前回とは違って日が暮れる前に臨時の野営地へと到着した。
「結構早く着いたね」
「はぁ……はぁ……。サラ、あんた疲れてないの?」
「ふぅ……。ミリっち、サっちゃんは、ほら、ね?」
「なんだよぅ。今日は晩ご飯の後にデザート付けようと思ってたのに」
目玉商品に使う材料が少しだけ余ったから試しに作ってみたよ。
素材を買い集めている最中に思い付いて、私が食べたかったという理由が大きいけれど。
「サ、サっちゃんは……えっと、お姫様みたいに綺麗だねって言いたかったの」
「確かに、髪の手入れしたら化けそうではあるわね」
「そんな取って付けたようなお世辞言わなくても、デザート独り占めしないよ。とりあえず、先に場所取りしようか」
もう地形は把握しているから、最も人が通る出入り口から少し離れた位置に陣取った。
お客さんとなる冒険者たちはまだ狩りをしているようなので、商売をするにはうってつけの場所が空いていて幸運だったよ。そこに二人とエクレアが休めるよう筵と毛皮の敷物を拡げておき、好評だった冷たいブドウジュースも用意した。
次はスープを温める竈を組むために石を拾いに行き、少し離れた所で二つの竈を準備する。そして、机代わりの木箱を出して竈の脇に並べ、魔道具風の箱と食器を入れた平箱もその上へ置き、さらに応急手当セットも追加して、本日の目玉商品を作るための機材も机上に据えた。
「エミリー、薪に点火してもらえる? 二箇所お願いね」
「あいよ~。うわっ、なにそれ、肉の塊じゃん」
「ぷも!?」
「これはね、こうやって熱波マシンを起動させて、こっちのハンドルをゆっくり回してると、お肉を焼いてるように見えるんだよ。エクレアはちょっと落ち着こうね」
「ぷもぅ……」
「見える? これくらいだったら出力上げれば焼けるよ?」
「え、ほんとに?」
そう言われて火力を調節してみると、焙られたお肉の色がうっすらと変わってきた。
まだ出力上限には達していないようだし、これなら加熱の魔術はいらないかもしれないね。
作業の途中だったから火力の細かい調節とお肉のことをシャノンにお願いして、エミリーにも手伝ってもらいながら竈の火を育てていく。
そちらも保温するには十分な大きさになったので、二つの大鍋を火に掛けたら一区切りだ。
「よし。こんなもんかな」
「今日は二種類あるんだ」
「それって、わたし達も食べていいの?」
「うん。片方は予定外だけどね。どっちがいい?」
二人が見つめる大鍋の中身は、前回と同じお店で買ったポトフと、別の店舗で購入した甘みのあるホワイトシチューという二本立て。余っていたリゾットを親族昼食会に持っていくと、すべて平らげてもらえたことで大鍋が空いたので、金工細工工房の帰りに急遽用意したよ。
最初は確実に売れるであろう腸詰め肉入りのポトフだけだったけれど、夜中ともなれば冷え込むこともあり、ゴロゴロお野菜と野鳥のホワイトシチューも人気が出ると思ったのだ。
二人が希望したスープと私の分を、時間の魔術で劣化を塞き止めてスタッシュの中で確保しておく。そして、ピタパンとそれに使う具材や、レギュラー商品の具沢山サンドイッチも机の上に取り出していると、ちらほらと帰ってくる冒険者が周囲に集まりだしては『まだか~?』などと急かしてくることもあり、よく目立つ宣伝のぼりを立てて開店した。
「いらっしゃいませ~! 今日は二種類のスープと、選べるソースの肉料理もありますよ!」
「魔石で支払いも受付中。査定はこちら。ぐ~るぐる」
「ぷもー」
いつものようにエミリーが呼び込みを担当し、素材の査定を任せたシャノンにはそれと並行してお肉の面倒もみてもらっている。もちろん私がするつもりだったけれど、客対応と同時では至難の業だったのだ。
それと、お肉の塊を目にしてからは浮き足立っていたエクレアも今は落ち着きを取り戻し、マスコット業務に専念してくれているよ。
「またいい匂いさせやがって。その焼いてる肉のやつと、前と同じスープがあれば六人分くれ。……おっと、器はあるからな? 急に居なくなったから、どうしたのかと思ったぞ」
「ちょっと仕入れに戻ってたんです。チリソースとガーリックソースのどちらにしますか?」
「そうだなぁ……とりあえず、半分ずつで頼む」
「はい。すぐ用意しますので少々お待ちください」
もう説明は不要だと思うけれど、本日の目玉商品としてドネルケバブを用意した。
目と鼻を刺激するスープが飛ぶように売れたのだから、それに加えてお肉の焼ける音で耳にも働きかけてやれば、売り切れ間違いなしという策略なのだよ。ちゃんとヨーグルトベースのソースも可能な限り再現して、二つの味まで作ってみた。
ただ、惜しむらくはトマトがないことだね。そこだけが物足りないよ。
ちなみに、今焼いているのは何の肉なのかはわからない。
毎年の冬が訪れる直前に行われる家畜の解体はまだ先だから、牛や豚でないことだけは確かだけれど。
日没も間近に迫り、魔物狩りを終えた冒険者たちが入れ替わり立ち替わり夕食を買い求めにやってきて、息つく暇もなく忙しく対応していると、木立の道をギッタンバッタンと音を立てながら強引に分け入ってくる荷車が視界の端に映った。




