#054:見抜かれた?
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
二人とも相当疲れていたようで、脇をくすぐって起こされることなく見張りを交代し、迎えた翌朝も露店の準備に取り掛かる。
まずは、飛ぶように売れたおかげで残り僅かとなったポトフを嵩増しするために、水を継ぎ足しただけでは味が薄まってしまうので、売れ残りのチーズとエクレアのご飯――大麦を使ってリゾットに仕立て上げた。
残ったスープに大麦を入れて煮るだけなのだけれど、こんな薪の火力で作っていては時間がかかるだろうから、加熱と加速の魔術で少しだけ近道をしておいたよ。
これが世の奥様方に知られたら、間違いなく喉から手が出るほど欲しがるスキルだろうね。大量の洗濯物もすぐに乾かせるし。……ただし、温度調節をしくじると灰になる。
エプロン姿の私が調味料片手に最後の調整を行っていたら、エミリーとシャノンから無言で見つめられていたので、二人にも味見用の小皿を渡して意見を求めた。
「う~ん……ちょっとしょっぱくない?」
「そうしておけばパンも売れるかなぁと思って。シャノンはどう?」
「野菜がやわらかくなってるから歯ごたえが欲しいかも」
「じゃあ、もう少し水で薄めて、串焼き肉をばらして入れておこうかな」
二人からいただいた助言に基づいて、残り少ない井戸水を少しずつ継ぎ足して塩気を薄め、リゾット一杯につき串焼きの肉を一切れ追加して売値も再考し、魔道具風の箱などを取り出してお店を開けることにした。
「よし。朝は胃に優しいもので体を労ろうって感じでお願いね、エミリー」
「それだけでいいの?」
「朝ご飯は食べて当然な態度でやれば売れると思うよ。狩りって体力使うもんね」
「そだね。わかった」
普段は朝ご飯を食べないものだけれど先日は売れたのだ。きっと今回も大丈夫でしょう。
先ほどからこちらの様子を凝視するように窺う人もいるのだし。
「シャノンはね、もう魔石優先しなくてもいいよ。他の素材も買い取ってもらえる?」
「もしかして、在庫あぶないの?」
「うん。この前から売れ残ってる麦茶が割と場所取っちゃってて……」
「そっか。じゃあ、その方向でやるね」
この狩場では麦茶もそこそこ売れているけれど、まだまだ残っているのよね。
これが噂に聞く、売れるはずなのに売れない現象ってやつなのかも。
かといって、一応は売れている物を捨てるだなんてもったいなくて、スタッシュの中で鎮座し続けているわけなのです。
こうして考えてみると、やはり私はあのお母さんの娘だね。
読みが甘いところなんてそっくりだよ。いったいどっちが似たのだろう。
宣伝のぼりを立てて露店を開くと、お客さんがぽつりぽつりとやってきては傷薬を買い求め、そのついでとばかりに軽めのパイやサンドイッチが売れていく。
しかし、せっかく用意したリゾットの売れ行きは芳しくない。……なぜだ。
「なぁ嬢ちゃん。そいつ、平気なのか?」
「あ、いらっしゃいませ。リゾットですか? もう出来てますよ」
何かおかしな物でも混じっているのかと考えていたら、逞しい肉体を細かな傷が無数に入った金属製の胸当てや腕当てで飾り立てる、筋骨隆々のおじさん冒険者から声を掛けられていた。
「いや、それじゃねえ。隣にいる魔獣のことだ」
「……この子ですか? 売り物じゃないですよ」
「ぷもぷも」
「変わった鳴き声だが、ベヒモスのガキじゃねえのか?」
とうとうエクレアを見抜ける人物が現れた。
見るからに歴戦の冒険者といった雰囲気だし、これは慎重に対応しておいたほうがいいね。
ここで無用な騒ぎを起こしてギルドか騎士団へ通報されたら堪らない。
そんな事になってしまえば商売もままならず、儲けたお金で豪遊どころか、忘れられるまでの逃避行が始まるよ。
「よく間違えられるんですけど、この子は似ているだけで別物です。たまに亜種と言われることもありますね。今は私の護衛を兼ねた使役獣ですから、暴れることはありませんよ」
「使役獣ねぇ……」
まったく信じていないような胡散臭い視線が飛んできた。
一応、嘘は言っていないのだから、ころっと騙されてくれたら楽なのに。頭の固いおじさんなら、目に見える形で表してやるしかないのかな。
「では、証拠をご覧に入れましょう。エクレア、お手!」
「ぷも!」
「おかわり!」
「ぷも!」
「三回まわってワンと鳴く!」
「――、――、――、ぷ、ぷん!」
この様子を見守っていたらしいエミリーとシャノンからは『ぶふっ』という失笑が漏れ聞こえ、目の前で見せつけられたおじさん冒険者は苦笑を浮かべている。
その一方で、私とエクレアはドヤ顔だ。何も恥じることはない。エクレアはよくやってくれたよ。しっかりと頭を撫でておこう。
「どうでしょう。これで信じてもらえますか?」
「まぁ、そうだな。あのベヒモスが人間の言うことなんか聞くわけがねえな」
「ご納得いただけたようですね。……ところで、リゾットはいかがですか? ポトフのうま味がギッシリ詰まってますよ」
「いらねえよ、麦粥なんか。そいつにくれてやれや」
なるほど、麦粥か。貧乏飯として名高いあれに見えてしまうのか。
私には何の変哲もないリゾットとしか思えないけれど、この世界の人たちなら仕方がない。
いつか聞いた噂によると、どこかの領地では銅貨一枚で買えるパンが子供の手のひらに収まるほどの大きさしかないらしい。サイズだけで言えば私の露店並みにぼったくっている町や村があるそうで、大麦を主食にしていた人だったら食べ飽きているのかもしれないね。
自分の予想が外れたことを気にしたのか、おじさん冒険者は丸ごと一枚のパイと大量の傷薬をお買い上げになった。
その最中にベヒモスだと判断した理由をそれとなく尋ねてみると、生え際の後退した額を掻きながら『若い頃に一度だけベヒモス討伐に参加したことがあってな、その時に子供を見かけたんだ』という思い出話が突如として始まった。
そんな熟練冒険者の体験談が客寄せになったようで徐々に人が集まりだし、周囲にいる人たちから時折麦茶を注文されることもあって、その在庫を減らす一助となってくれた。
「――とまぁ、そんな風にして追い払ったわけだ」
「そうなんですか。大変だったんですね。よかったらお茶をどうぞ。サービスです」
「おう、あんがとよ」
途中からは熱が入りだして身振り手振りも交えて語っていたけれど、結局のところは『似てないが似てる』とのことだった。
何がどう似ているのかは冒険者同士での機密事項なのだろうか。
一度でいいから、いつか本物を見てみたいものだね。
話が終わったことで集まっていた人たちが元居た場所へと戻り、荷物を担いだ客寄せおじさんは他領にもある冒険者ギルドの支店から派遣された調査員だったようだ。ここ最近増加傾向にあるゴブリンを調べにきたらしく、肩をすくめて『ギルド依頼は安いくせに断りづらい』という言葉を残して立ち去った。
それを見送っていると、野営地にいた人たちも続々と狩りに出かけるようなので、私たちもお店を閉めて町へ帰ることにした。
「もう売れそうにないし、そろそろ帰ろうか」
「そだね。それ、余ってるならあたしが昼に食べるよ」
「わたしも欲しい。味見で食べた時おいしかったから」
「うん、わかった。じゃあ、リゾットの他にも何か適当に選んでね」
少ししか売れなかったので大量に残ってしまったリゾットの大鍋や、またもや大活躍してくれた魔道具風の箱などをスタッシュへと吸い込み、忘れ物がないことを確認した私たちは町を目指して歩き出した。
ちょっとした失敗もあったけれど、たった一日でほとんど売り切れるだなんて、今回の選択は正解だったようだね。
おそらく、大鍋から立ち上る香りとその見た目が決定打となったのでしょう。
それならば次に仕入れる物はその点を踏まえて選んでおこう。
木陰から飛び出てくるゴブリンはエミリーとシャノンが手際よく処理していき、街道へ出るころにはお喋りをする余裕が生まれてきた。
小刻みに時間の魔術で体力回復を行いながらも街道を進み、往路とは違う場所でのお昼休憩には売れ残りのリゾットを皆で食べ、他愛ない話に花を咲かせながらも歩き続けていると、日が暮れるよりも先に町まで辿り着いた。
二人ともかなり疲れているようなので、魔力を補給しながら今回のお給料と預かっていた魔石などの荷物を渡し、早々に解散して家へ帰るとまだ営業中だったことから店番を手伝い、売れ残り品を交えた夕食を摂って落ち着くベッドで眠りに就いた。




