#053:秘策の効果は抜群だ!
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
少々申し訳ない気持ちになりながらも小まめに時間を巻き戻して体力を回復させ、その上で二人を置いていかない程度に自身の時間を加速させて歩き続けた。
先日の狩場に近付くと街道から逸れて疎らな木立へと入り、野営地には寄ることなく森の奥を目指して突き進む。
この辺りからは緑色の邪魔者が姿を見せるようになるので隊列を組み、襲い掛かってくる魔物はエミリーとシャノンが手際よく倒し、魔石の回収には私も加速の魔術で助力する。
そうこうするうちにも日が暮れ始めてしまい、さらに速度を上げて駆けるように先を急ぎ、それでも日没には間に合わなかったけれど、やっとのことで目的地に到着した。
森を抜け出た先には、断崖ともいえるような切り立った崖を持つ険しい山があり、その麓では遠目からでも見えていた焚き火の明かりが各所に灯っている。
「はぁ……やっと着いたぁ……。あたしの魔力だとこの辺が限界かも」
「……わたしもちょっと休みたい。魔力もだけど体力がきつい」
「二人とも大丈夫? 最後のゴブリンは危なかったね」
「暗くなってるせいで気付くの遅れたからね。あの色はどうにかしてほしいわ」
「サっちゃんは疲れてないの? 魔力とか」
「そういうのは平気だよ。まずは座れる場所を確保しに行こう」
肩で息する二人の背を押すようにして魔力の補給を済ませ、腰を落ち着ける場所を求めて新たな野営地の中へと踏み入った。
この周囲には川がなくて不便だから、前回のような寝泊まりする場所はないと聞いていたのだけれど、人が居るところにはおのずと集まる場が設けられるのだろうね。互いに監視し合えるように輪を描くのではなくて、崖に沿って横に長く延びているあたりが臨時の野営地という雰囲気を醸し出しているよ。
しかし、思っていたほど人は多くない。
駆け出し冒険者向けの狩場よりは少し上回るくらいだろうか。
そこで休む冒険者たちをそっと見てみれば、革鎧が大半を占める中にも金属鎧を身につけた者が紛れているので、金銭的な余裕がある人たちという点だけは予想どおりかも。
そうやって観察しながらも空いている場所まで移動して、皆で邪魔な小石などを取り払ってから筵を敷く。その上に毛皮の敷物を重ね置いて二人が横になれるよう調えていき、ワインのためにやたらと栽培されているブドウから作られたジュースも添えておく。
「私は露店の準備始めるけど、二人はゆっくりしていてね」
「なんか悪いね、あたしらだけ休んでて。これ飲んだら手伝うから」
「この酸味が身に染みますなぁ。わたしは査定しかできないから、いつでもいいよ」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと竈用の石拾ってくるね。行くよ、エクレア」
「ぷも」
明かりを灯す魔術を使えない私では、どこからゴブリンが飛び出てくるかわからないので、鼻の利くエクレアを護衛に連れて足早に崖の方へと向かう。
あまり離れてしまわないように気を付けながら、適当なサイズの石ころを手で触れることなくスタッシュに吸い集め、必要数が揃ったら元居た場所へと舞い戻る。
寝転んでいた二人が起き上がろうとしたのを手で制し、作業に伴う汚れ対策として用意した革のエプロンを纏って袖もめくり上げ、寝床になる敷物から少し離れた所に石を組み上げて竈を作り、その内側に薪を並べてから協力を求めた。
「エミリー、これに火つけてもらえる?」
「あいよ~」
私の加熱を使ってもいいのだけれど、人前でそれを見せて何か問題が起こると面倒なので、こんな場合は素直にエミリーの火魔術を頼ることにしているよ。
魔術に詳しいシャノンでも無属性の加熱を知らないのだから、自衛はしておくに越したことはないと思う。
もう暫く時間がかかるので、お礼にブドウジュースのおかわりを渡したエミリーには寝床へ戻ってもらい、私は火を育てることに専念した。
それが十分な大きさにまでなれば、商品の仕入れで町をぶらついている最中に閃いた秘策を、スタッシュの中から手で触れることなく竈の上に設置する。
この秘策――大鍋の中は腸詰め肉やお野菜が沢山入ったポトフで満たされているのだ。
これならば空腹を刺激する香りを周囲へ撒き散らすだけでなく、その見た目からも購入意欲を促すことは請け合いだ。こんな所にまで食器を持ってきていないであろう冒険者には、お皿やお椀を売りつけることもできるはず。この名案が思い浮かんだら即座にお店へ駆け込んで、大鍋一杯分も買い込んだよ。
その大鍋をゆっくりとかき混ぜながら、にんまりとほくそ笑んでいると、背後から忍び寄る二つの影があった。
「うわぁ……すごいの持ってきたわね」
「サっちゃんサっちゃん、是非ともわたしめに慈悲なる一杯を!」
「ちゃんと私たちの分は確保してあるから安心して。それでも気になるなら味見する?」
「今ここで神を見た。それは世界を揺るがす女神であると――」
「シャノン、うるさい。それより、あたしにもちょうだいね」
なんだかシャノンが妄想を垂らし始めたので急いで小皿を手に取り、少しだけ注いで二人へ手渡すと、それの香りを味わってから一息に飲み干した。
エクレアは可哀想だけれどお預けだよ。犬や猫ではないのだから玉葱を食べても平気だとしても、いろいろな香辛料もふんだんに使われているので、大事を取って我慢してもらっている。
そもそも、エクレア自身は匂いを嗅いでも食べたそうにはしていないからね。
季節のお祭りで持ち帰ったお土産も、味の濃いものは欲しがらなかったよ。
ほんわりとした満足げな表情を浮かべる二人に微笑み返し、私は露店設営を再開する。
いらなくなったことで貰い受けた空箱を背の低い机代わりに並べていき、その上に私の魔術を誤魔化すために魔道具風の箱を置いておき、一目見てわかるようにパイやサンドイッチなどを盛ったお皿も飾っていく。
その隣には井戸水を満たした小振りの水桶や、毎度お馴染みの応急手当セットを入れた底の浅い箱も並べ、魔道具風の箱を挟んだ反対側にも、抱き合わせ販売ともいえる食器の数々が詰まった平箱を据える。
そして、自立できるよう下部に改良を施した宣伝のぼりを立てた後は、二人を呼び寄せて営業を開始した。
「いらっしゃいませ~! ただいま出張販売中です! 温かい食事やよく効く傷薬などはいかがですか~? 熱々のポトフがおすすめですよ~!」
「手持ちがなかったら各種素材でも受付中。なお、魔石優遇なり」
呼び込みをエミリーに、会計をシャノンに任せ、私は静かに大鍋をかき混ぜる。
別にサボっているわけではないよ。これは湯気を立てて宣伝する意味があるし、お客さんがきたら一番忙しくなるのは商品を用意して受け渡しも行う私だからね。それまでは少しだけ楽をさせてもらうだけなのだ。
しかし、すぐにお客さんがやってきて、私の短い休憩時間は終わりを迎えた。
「いい匂いさせやがって。売ってるならスープと串焼き、それとチーズパイを六人分頼む」
「六人前ですね。すぐに用意しますので器を出してください」
「器? そんなもんねえよ」
「では、こちらのお椀はいかがですか? お安くしますよ」
魔道具風の箱近くに置いてある木製食器の値段を告げると、案の定高すぎるという文句が出たので、嫌なら買わなくてもいい――と言外に伝えてみた。
「くそ、腹の虫にはかなわねえ。それでいいから売ってくれ!」
「はい、ありがとうございます。ところで、スプーンはありますよね?」
「あるわけねえだろ。なんでスプーンだけ持ってんだよ!」
「それも追加でよろしいですか?」
「……この守銭奴め」
それは商人にとって褒め言葉に相違ない。
ニッコリ笑ってありがたく受け取っておこうではないか。
ようやく出番がやってきたお椀を片手に人数分のポトフを装い、この際だから串焼きやパイを載せる平皿も強く勧めてみたのだけれど、さすがにそれは断られたので大きな葉っぱのお皿で代用し、それをお客さんに差し出したらガッツリと掴んでしまった。
「熱っ、熱っ……おい、これも焼きたてか?」
「そうですよ。ですからお皿を勧めたんです。火傷しないように気を付けてくださいね。傷薬も扱ってますけど」
「お、おう……。すげえな、その箱」
「ふふふ……。またのご利用をお待ちしております!」
割と近くにいたチームだったようで、持ち帰った商品を食べ始めると周囲に香りが充満し、それに釣られたのか新たなお客さんがやってきた。
そして、香りの波紋はさらに連鎖され、お腹を空かせた冒険者が入れ替わり立ち替わり続々と来店し、売れ残りを危惧していた麦茶も次第にその量を減らしていく。
もう十分に行き渡ったのか、客足が途絶えたころに周囲を窺ってみると、お店を開くよりも先に食事を終えていた人たちから恨みがましい視線が飛んできた。
何か言われる前にお店を片付け、私たちも晩ご飯を食べて交代で眠りに就いたよ。




