#051:魔石を換金
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
どうしたことだろう。
朝二つの鐘で起きたと思ったのに、気が付いたら昼一つの鐘が鳴っていた。
鐘の音に合わせて起き上がろうとしたら全身が筋肉痛に苛まれていたので、普段なら身体の時間を巻き戻すところだけれど、せっかく成長しているのだからと痛みを我慢していた結果がこの有様だよ。うっかりと三時間ほど二度寝をしてしまうとは情けない……。
このまま寝ていては仕入れができないから、力の入らない身体で這うようにして居間へ行き、服をめくって常備薬……というか、売れ残りの軟膏を傷む箇所へと塗りたくる。
これは筋肉痛をはじめとした肉体疲労の回復を促進させる薬だけれど、体力お化けの冒険者には不要らしくて売れ行きは乏しいのだ。町の職人さんならまだしも、後先考えず暴れ回った挙げ句にこの薬のお世話になるようでは、動きが鈍った隙を突かれて魔物から八つ裂きにされるだけなのだろうね。
やつらは死に物狂いで襲い掛かってくるのだから手加減なんてしてくれない。間近で見ていてその事がよくわかったよ。
私が塗りたくった軟膏の匂いが届いたのか、起きてきたエクレアに匂いの元を舐められるのを阻止しながら今後の仕入れプランを練っていると、薬がじんわりと効き始めたころには木箱を抱えるお母さんが帰ってきた。
「お帰りなさい、お母さん。装備持って帰ってきてくれた?」
「ただいま、サラ。これ全部やってくれるの?」
そう言ったお母さんが机の上に布を敷き、そこへ木箱から取り出した物を置いていく。
ありふれた革のグローブから始まり、やや小振りの細く鋭いレイピアと、少し長めで反りのあるサーベルと続く。その隣へさらに布を増やしてからは、全体的に流れるような造形のアーメット、それと似たような意匠が施された胸と胴を守るキュイラス、手の甲から肘まで延びるヴァンブレイス、足首から膝までを覆うグリーブが並べられた。
先日のエミリーと同じく、お母さんの装備も時間の魔術で強化しようと思ったのに、主要なものは領都の冒険者ギルドへ預けていたので、それを持ち帰るよう頼んでおいたのだ。さすがに最低限の武装として短剣と金属糸のチェインシャツは家にあったから、そちらは効力を証明する意味も兼ねて昨夜のうちに武器だけを強化してあるよ。
後のことを私に任せてお母さんはお昼ご飯を作り始めたので、机に置かれた装備品の汚れを拭いながらも端から順に魔術をかけていく。固めてしまっては指を動かせなくなるグローブと、バイザーを上げるための可動部をもつアーメットを除くすべての品に強化を施した。
しかし、このままでは最も守るべき頭部に不安が残るので、何とかならないものかと試していると、可動部は両側から噛み合わせてあるだけだったから時間を止めても問題なく動作した。
早くも手持ち無沙汰になってしまい、身体が痛むので大人しくお母さんの後ろ姿を眺めていたら、行商の売上金を渡していないことに気が付いた。そのことを伝えてみても、お母さんは『サラが全部用意したなら運営資金にしなさいな』と言うばかりで受け取ってもらえず、今後はこっそりとお店から買うことを決意した。
これならば、店員の私が支払いを済ませてしまうのだから拒否もできまい。ククク……。
その後は、お母さんが作ってくれた少し豪勢なお昼ご飯を食べ、午後からはお店を開けるので軽く掃除を手伝い、昼三つの鐘が鳴る前には仕入れのために大通りの方へと向かった。
まずはお金がなければ始まらないので、安く買い叩いた魔石を売りに行くのだ。
町の門から冒険者ギルドまでの間に、まるで喧嘩を売っているかのようにして買い取り専門店があるけれど、そこは値段が安すぎるらしいからシャノンにおすすめの店舗を聞いてあるよ。
といっても、シャノンの自宅にほど近いお店だから、高く売れるというよりも信用がおける場所という意味合いが強いかな。
薬が効いても未だに痛みが残る身体を引きずるように歩いていき、人通りの多い道を避けたこともあって予想以上に時間がかかれど目的地に到着した。
そこは特筆するような点もなく、薬瓶が描かれた看板を掲げているごく普通の店構えだ。
初めて訪れたこともあり、やや緊張した面持ちで姿勢を正した私はゆっくりと扉を開く。
「こんにちは」
「いらっしゃい。あら、どこか具合が悪いのかしら?」
うちのお母さんと同じくらいか、もういくらか年上に見えるおばさんが迎えてくれた。
体調の加減を聞かれた理由は、ここが薬屋さんだからだろうね。私が壊れかけのロボットのような、ぎこちない動きだったからとは思いたくない。
「いえ、大丈夫です。魔石の買い取りをお願いしたいのですが……。あ、魔術用品店のシャノンに紹介してもらいました」
「あぁ、シャノンちゃんからね。あそことはご贔屓にしてもらってるのよ」
「そうなんですか」
「先代からの付き合いでねぇ……ああ、そうそう、魔石だったわね。どれくらいあるの?」
その言葉を聞き、スタッシュから取り出した魔石入りの袋を机の上に置くと、スキルを羨ましがられる恒例行事を経てから中身の確認をするために平箱へと移されていく。改め終わればそのすべてを相場とほぼ同額――ほんの少しだけ色を付けて引き取ってくれた。
ここ最近の魔石相場はかなり安定しているのでガッポリとは言えないけれど、十分な儲けを私の元へともたらしてくれたよ。
魔石相場といえば、一つ気付いたことがある。
私は脳内メモを便利に使って取り扱う品目の相場を日夜勉強しており、暇な時にそれらの推移を眺めていたら、麦や金属などの相場に比べて魔石相場のほうが町や国の危険度を測りやすいのではないか――ということを見出したのだ。
魔物が大量発生すると魔石が供給過多に陥り、その価値が下がることは言うまでもない。
その反対に、魔物の減少から需要が高まれば相場も上がるけれど、人間同士の小規模な諍いや国を挙げての侵略戦争に備えて買い占めていると考えることもでき、一口に魔物がいないだけと決めつけるのは早計だろう。
よって、魔石相場は安定している時こそが平和と言えるのだ。
平和であれば人口も増加傾向にあるからして、個人的には麦相場よりも読みやすいと思う。
魔物は勝手に増えていくけれど、作物は天候に恵まれなければ不作になるからね。
ここでの用事は恙なく終わったことだし、暇そうなおばさんの長話に捕まってしまっては堪らない。早々にお礼を述べてお店から出ようとしたところ、色鮮やかな汚れだらけである意味お洒落なエプロンを身に付ける、ボサボサ頭の若い女性が奥の方から姿を見せた。
「……魔石買ったって聞こえたんだけど」
「あら。あんた起きてたの?」
「……物音で起きた。とりあえず魔石貰っていくよ。足りないから」
言うが早いか、ボサボサ頭の女性は骨と見紛うほどの細腕を魔石が詰まった平箱へと伸ばし、返事を待つことなく立ち去ろうとした。
「もう……。挨拶くらいしていきなさいよ。シャノンちゃんのお友達だって」
「……どうも。いらっしゃいませ」
「あ、はい。こちらこそ」
「ごめんなさいね。この子ったら嫁にも行かずに研究だ開発だって引き篭もってるのよ。錬金ギルドに登録してるのだけは救いなんだけど、もう成人して随分経つっていうのに、いったいこの先どうするつもりなのかしらねぇ……。それに――」
あ、まずい。これ長くなるパターンだ。
私がおばさんに気を取られている間にボサボサ頭の女性は姿を消しているし、このままではおばさんトークを止める手立てが思い浮かばない。かといって、強引に振り切ろうにもシャノンと懇意にしているお店となればそれも難しい。
早く終わることを祈りながらもおばさんトークに相づちを打っていると、お店の扉が開かれて救いの主が現れた。
「――でね、その時言ってやったのよ。……あら? いらっしゃい、奥さん。久しぶりね」
「ごめんね、お話中だった?」
「あ、いえ、私はお暇しますよ。今日はありがとうございました。また来ます」
「そうなの? 残念ね。じゃあ、続きはまた今度にしましょ」
ふぅ、助かった。十数分ほどよくわからない愚痴を聞かされたよ。
二人になったおばさん達に巻き込まれては大変なので、短い別れの挨拶を交わしてからはそそくさとお店を後にして、行商で売り捌く商品を仕入れるために大通りへと向かった。
そこで食品を多めに買い込み、さらに日用品を少しでも売れるような秘策を図り、お向かいのパン屋さんでも予約と支払いを済ませておく。
私と同じくお休みのエミリーはお店に居なかったけれど、お婆ちゃんから甘いおやつを貰い、明日の朝には焼き立てを届けてくれるように取り計らってくれるそうだよ。




