#047:お客を求めて売り歩き
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
これだけお客さんがいるのだから順調に……とは言えないものの、野営地から人気がなくなるまでに傷薬が少しだけ売れた。物珍しそうな面持ちで遠巻きに眺めていた冒険者たちを笑顔振りまくエミリーが呼び寄せて、私でも見惚れるような営業スマイルで商品を簡潔に案内し、特に男性客から戦果をもぎ取っていたよ。
最初はどうなることかと思ったけれど、それもこれもエミリーのおかげだね。
私は実家のお店での呼び込みを早々に諦めたからノウハウがないので、パンの売り子で鍛えられたそのスキルで今後も活躍してほしいかも。
そんなことを考えながら露店の片付けをしていると、冷やしたミルクを飲んでいたエミリーがコップを返すついでに話し掛けてきた。
「ふぅ……。あんまり売れなかったけど、そろそろあたしらも移動しよっか?」
「これでも十分だよ」
「もうちょっと売れると思ったんだけどなぁ……」
「ここにお店があるって知ってもらえただけでも成功なんだよ。まだ売り足りないなら次もお願いしていい?」
「別にいいけど……サラもやりなさいよ?」
「う、うん、もちろん」
当面は手伝ってもらえそうだし、これから日が暮れるまでは獲物を探しての売り歩きだ。
今の狩場は魔物が多いと言われているけれど、まずは様子を見てみないことには始まらない。
傷薬などの消耗品が減り始めたら売れやすいだろうし、戦利品が多くて持ちきれないような人もいそうだからね。
野営地を出てからは装備を調えたエミリーが先頭を歩き、その次にエクレアを従えた私が続いて、最後尾にはワンドを手にしたシャノンという並びになっている。
あくまでも私を護衛することに主点が置かれているので他の隊列は考えていないそうだ。
そうやって疎らな木立を歩いていたら、どこからか奇怪な喚声が風に乗って届いてきた。
「そろそろ魔物出てくるかな?」
「ちゃんと守ったげるから安心しなさいな」
「大丈夫だと思うけど、あんまり気を抜いちゃダメだよ、ミリっち」
「わかってるよ。危なかったらちゃんと下がるから」
この狩場を選んだ理由はまだ戦闘に慣れていないエミリーの訓練も兼ねているので、基本的にシャノンは手を出さないことになっている。
もしも危険だと判断されたら即座にシャノンが割って入ることが決まっており、言うなれば私たちの後ろには用心棒の先生が控えているも同然だね。
魔物のいるところにお客の影はあり。ということで、先ほど聞こえてきた音の方に向かって進んでいると、地面に生える草花を蹴散らすような足音が走り寄ってきた。
「ミリっち、来るよ」
「ん。準備できてる――」
エミリーが返事をすると同時に、木陰から濁った叫び声を上げる魔物が飛び出した。
それは子供のように背が低く、森や草原では保護色となるような緑色の肉体を持ち、額に眉間に口元にと皺を寄せた醜悪な顔つきの、近くにいるだけでも悪臭が漂う――ゴブリンだった。
遠出のおりに私も何度か見かけたことだけはある。しかし、時間の魔術で高速移動している最中に離れた所を素通りしただけだったから、その声や匂いまでは知らなかった。
私の前方約二メートルの位置に、陽光照らし返すグラディウスとバックラーを油断なく構えるエミリーがいて、そこからさらに間を空けたところにゴブリンがいるというのに、ここにまで鼻をつく饐えた匂いが漂ってくるのだ。
そんなゴブリンが二体いる。全身緑色が二体ですぞ。……どうせなら赤いのとペアを組め。
ちなみに、世間では魔物と一括りにされているけれど、ゴブリンは亜人に分類されるらしい。
まだその生態が詳しく解明されてはおらず、人間に近い姿形をしていても意思疎通の手段を持たないため、似て非なる物として扱われているだけなのだとか。
こうして敵対しているのは、私たち人間を襲ってくるという理由からだろうね。
さて、強烈な悪臭という先制攻撃を放った相手にエミリーはどう打って出るのか。
まずは様子見がてらに火弾で牽制するのかと思いきや、気合いのこもった声と共に剣を振り上げて斬りかかっていった。
その勢いで以て手近にいたゴブリンに切りつけるも紙一重で躱されてしまい、エミリーの攻撃は空振りに終わった。
そして、反撃を受ける前に後ろへ飛びすさり構え直す。
「ミリっち! 小型は当てるだけでも倒せるから焦らないで」
「んっ」
「それと、倒すなら右が先。左はいつでも盾で受けられるようにして」
「わかった!」
小柄な用心棒の先生から助言を得たエミリーが剣を握り直し、向かって右側にいるゴブリンに狙いを付けるよう向き合った。
そのまま相手の出方を待つのではなく、今にも飛び掛からんばかりに両腕を拡げていたゴブリンの懐へ潜り込むように接近し、その肩から脇腹にかけて袈裟切りに両断した。
それを目にした左側のゴブリンが、鋭く伸びた爪で切り裂くようにエミリーへ飛び掛かるも、左手の盾でそれをいなし、不安定な体勢でもすぐさま反撃を行った。
腕を切りつけられたゴブリンは痛みを堪えるがごとく醜い顔をさらに歪ませ、まるで怒りに我を忘れたかのように濁った絶叫を上げながら、怯むことなくエミリーに向かって飛び掛かる。
既に体勢を立て直していたエミリーが飛び上がったその胴体を横薙ぎに一閃し、腹を割かれたゴブリンは大地にその身を転がした。
「ふぅ……」
「やっぱり、これくらいなら余裕そうだね、ミリっち」
「まぁね」
「すごいね、エミリー。まともに当たれば一撃だったね」
「フフン、どんなもんよ」
胸を張って得意げな笑みを浮かべてそう言ったエミリーは、心なしか鼻が伸びて見える。
確かに身体強化も使えない非力な私には真似のできない芸当ではあるのだから、素直に賞賛の気持ちしか湧いてこないよ。
他にあるとすれば、そんな私に張り合われても困ってしまうくらいかな。
「ミリっち、まだ後始末が残ってるよ」
「そうだった。忘れたら大変だもんね。サラ、預けてたやつ出してくれる?」
事切れた二体のゴブリンに近寄ったエミリーとシャノンは、私が渡した小瓶から少し濁った無色に近い液体をそれぞれに振りかけ、片手とワンドを突き出して呪文を唱えた。
すると、放たれた魔術によって亡骸が赤い炎に包まれる。
これは死を悼んだ火葬ではなく、戦利品である魔石の回収をするためだ。
使えそうな装備を身に付けていたら先に剥ぎ取るのだけれど、ゴブリンをはじめとする亜人種は服を着る習性がない。先ほど襲ってきた輩も素っ裸だったので、唯一売り物になる魔石を体内から手っ取り早く取り出す方法として、こうして邪魔な肉体を焼き払うらしい。
とはいっても、屍を焼くというのは、つまるところ、堪え難い激臭が発生する。
「あ、あのさ、私ちょっと離れててもいい?」
「あたしも臭いんだから我慢してよ」
「こればっかりは慣れないよ。諦めて、サっちゃん」
「うぐ……」
饐えた匂いで鼻がバカになっていたはずなのに、それを上回る異臭がつらい。
火を放った二人は私の護衛なのでどちらからも離れられないし、焼却にかかる時間をこっそりと早めておこう……。
想定したよりも早く終わったことに首を傾げながらも冒険者ペアが魔石を回収し、次なる獲物を求めて疎らに立つ木々の中を一列縦隊で歩いていく。しかし、途中で冒険者を見かけても未だに傷薬の一つすら売れないでいる。
おそらくは魔物の数が多いとはいえ、Eランクになったばかりのエミリーでも楽々と倒せるゴブリンが相手では、傷薬すら使わないのだろうね。戦利品も魔石以外に碌な物がないみたいだし、この狩場は私から見るとハズレなのかも。
それならそれで、野営地に人が集まるまでの時間を潰そうと冒険者ペアには魔物を倒してもらい、歩き回った疲れを癒すためにも腰を下ろしてお昼ご飯を食べていると、いささか厄介な事態に陥った。
「前後で挟まれたっぽい? まぁ、あたしがサクッと倒してあげるわ」
「ダメだよ、ミリっち。数が多いから二手に分かれよう」
「じゃあ、私は……」
「サラはシャノンの近くにいて。あたしは剣だから」
「わかった。エクレア、こっちおいで」
「ぷも」
食事の席は手早くスタッシュに吸い込み、言われたとおりにシャノンの傍で待機する。
そして、戦いの幕が音もなく切り落とされた。
私たちに背を向けて立つエミリーの様子を見てみれば、盾すらも武器として扱うように切った張ったの大立ち回りでゴブリン共を次々となぎ倒し、まるで追い立てるかのように前へ前へと進んでいく。
その一方で、少し離れた所にいるシャノンも途切れることのない魔術を的確に放ち、こちらは早くも決着が付きそうになった。そこで、向こうに加勢できるかと思った矢先に、背後から何かが木に叩きつけられる音と共にエミリーのくぐもった悲鳴が耳に突き刺さった。




