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#045:真夜中のお誘い

2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。

 疲労困憊(こんぱい)のままに土臭いベヒモフ枕で寝入ったばかりだというのに、ゆさゆさゆさりと肩を揺さぶられ、それと共に聞き慣れた声が降ってくる。


「――……ゃん、起きて。サっちゃんってば」

「う~……ん?」


 その声に引かれておもむろに身を起こし、もしや魔物でも襲来したのかと寝ぼけ(まなこ)で周囲を窺ってみた。しかし、ぼんやりと映る視界の中では焚き火がぽつぽつと点在しているだけで大きな変化は見て取れず、私の隣ではエミリーが静かに寝息を立てている。

 これだけでは起こされた理由に思い至れない。その説明を求めて無言でシャノンを見つめていたら、驚愕の事実を告げられた。


「冷やした銀貨(ソル)は割とおいしい」

「へぇ……そうなんだぁ……」


 お金を食べようなんて思ったこともないから知らなかったよ。

 たしか、硬貨は(ふち)を削らせないように魔術的な加工をされているので、それを維持するために貨幣を鋳造する過程で砕いた魔石の粉を混ぜているそうだから、その影響なのかもしれない。


 ということは、魔石のふりかけでも作れば硬いパンもおいしくなるのかなぁ。

 それとも、プロテインのごとく筋力の代わりに魔力が増えちゃったりして。

 そんな突拍子もないことを考えていると、シャノンは戸惑うような困り顔を浮かべていた。


「あれれ……。お金の話でもサっちゃんが起きない……?」

「起きてるよ……うん。起きてる、起きてる。それで……何かあったの?」

「そろそろ交代なんだけど……大丈夫?」

「……もう?」


 鐘二つ分の間隔で見張りを交代することは、掛け布団代わりの外套をスタッシュから取り出した時に聞いていたけれど、もうそれほどの時間が経っているとは驚いた。

 まだぼやける頭はさっさと覚醒させて、早く代わらなければシャノンが休めないね。

 目頭を揉んだり頬をつねったりしていると、徐々に周りの光景が見えるようになってきた。


「よっし、目が冴えてきた。交代しよっか」

「じゃあ、この薪が二つとも燃え切ったらミリっちを起こしてね」

「うん、わかった。おやすみ」

「おやすみ……あぁ、そうだ。冷やした銀貨(ソル)の話は冗談ダヨ?」


 どうせそんなことだろうと思っていたさ。

 魔石の粉を掛けるだけでうま味が増すのなら、とっくの昔に誰かがやっているでしょう。

 もしもそんなものが存在するとしたら、まさに魔法の粉に違いない。

 前世で例えるとすれば、幸せが戻ってくる――という洋風せんべいの調味粉だよ。




 レシピを知らず再現不可能な魅惑の味を思い出してしまい、お腹の虫が騒ぎ立ててきた。

 時計はなく、鐘の音も聞こえない状況では今が何時なのかわからないけれど、晩ご飯も食べずに眠りこけていたからお腹がペコペコだよ。寝入る直前に二人へ渡しておいた、夕食向きのボリュームたっぷりなサンドイッチがいくつか残っているから、今はそれを食べておこうかな。


 まずはシャノンから渡された薪の一つを確認しやすい位置にくべて、軽く手を拭ってからお盆のような平たい木皿に載るサンドイッチを一つ手に取った。さすがに冷えてしまっていたので、周りから見えないように時間の魔術をかけて出来たてまで戻そうとしても空振りに終わり、なぜか失敗することを思い出して加熱の魔術で対処する。

 あとは、まだ頭が起きていないようだから冷たいミルクも用意しておこう。


 焚き火の前でこそこそと加熱の魔術を使い、ほどよく温まったサンドイッチを食べていたら、お腹を空かせた魔獣が背後から忍びより、私の膝にその顎を乗せて吠え上げた。


「ぷもぅ」

「あれ、起きたの? ちょっと待ってね」


 エクレアが好んで使うお皿を道具箱から取り出してご飯を盛ると、まるでお礼を言うかのように『ぷもぷも』と鳴いてから勢いよく食べ始めた。


 ここ数日はお金に余裕ができたこともあって焼いたお肉の欠片を混ぜてみたところ、これがまた以前と比べて段違いの食いつきなのだ。

 今はまだこれくらいしか出せないけれど、いつかは毎食お肉づくしにしてあげたいね。




 寝起き早々で晩ご飯向きのメニューでは少々胃に堪えたので、食べきれなかった分はスタッシュに入れて真夜中の晩餐(ばんさん)を終えた。

 そして、残ったミルクを一気に飲み干してからエクレアの毛並みを整えていたら、草を踏みしめて横手の方から見知らぬおばさんが近付いてきた。


「いやぁ、秋祭りが過ぎたばかりだっていうのに、結構冷えるねぇ」

「……何かご用でしょうか?」

「そう警戒しなさんなって。さっきも白い髪の子と話していたんだからさ」

「……」

「暇なんだろう? ちょっと話でもどうかと思ってね」


 いきなり話し掛けてきた革鎧を身に付ける冒険者風のおばさんが、私が何か言うよりも先に『ちょいと失礼するよ』と敷物の端に腰を下ろしてきた。


 馴染みのない土地でこんな夜更けにひとり、厚かましいおばさんに絡まれるとはついてない。

 暇なのは確かだし、これも今後の売り上げに繋がると思って付き合うしかないのだろうね。

 どこの世界でもおばさんネットワークは侮り難しだもの。


「さっきも話してたんだけど、まだEランクなんだって?」

「ええ、まぁ……」


 親衛隊すら存在するシャノンを知らないのなら、違う町の冒険者なのかな。

 そもそもシャノンはDランクだけれど、それをわざわざ指摘してやる義理はないのだし、軽く聞き流しておけばいいでしょう。


「Eだとまだまだ大変だろう? それなのに魔物が増殖中に来るなんて、ちょっと考えられないね。ちゃんと情報仕入れてるかい?」

「初心者向けだと聞きましたけど」

「そりゃ普段の話だろう? ここ数日おかしいんだ。うちのチームは全員Dになって長いから安全だけどさ」

「そうなんですか」


 駆け出し冒険者でも不自由なく倒せる魔物だったとしても、あまり数が多ければ少し不安になる。ところが、Dランクで安全なのであれば、うちにはシャノンがいるから問題ないと思う。エミリーにしたって、いつかの追い剥ぎ共を軽く圧倒できるほどなのだし大丈夫でしょう。

 それでも危険だったら、売り歩きは考え直すしかないだろうね。


「そういえば、あんたは冒険者の身なりに見えないね」

「ええ、違いますよ」

「それなら荷物持ちでもやらされてるのかい? さっきスタッシュ使ってるのが見えてね」


 気軽に補給できない遠征ともなれば荷物を運ぶためだけに雇われる人がいる。

 荷運びといえばスタッシュだけれど、それを扱えるほとんどの者は大きな商会で忙しく働いているようだから、危険を伴う冒険者の荷物持ちに駆り出されることはないと思う。

 それに代わって使われるのは、仕事にあぶれた町の労働者や事情に通じた同業の冒険者くらいで、お金にものをいわせて大勢を雇い入れない限りは運搬量の限界は人並みなこともあり、私の業務に差し支えることはないはずだ。


「いえ、行商人です。ここで商売をしにきました」

「へぇ……商売ねぇ……。スタッシュにはどれくらい入るんだい?」


 それからは、何かにつけてスタッシュのことばかり話題にされて、これはもしや引き抜きではないかという疑念が鎌首をもたげたところで、綺麗な語句で飾ることなく『うちのチームに来い』とストレートなお誘いを受けた。


 もちろん私がそれに頷くはずもなく、今のお話は聞かなかったことにしますから――と、やんわりお断りしている間にもシャノンから渡されていた一つ目の薪が燃え切った。

 しかし、そんな言葉は受け流して(なお)も食い下がってくるおばさんには、わかりやすいようにギルドを間に入れましょうか――と、やや強めの拒絶を示してなんとかお引き取り願った。


 そういえば、あのおばさんは自分たちのチームがいかに優れているか熱心に語っていたけれど、熟練の冒険者ならすぐに気付くはずのエクレアについては一切触れてこなかった。

 この周辺地域一帯で最も腕の立つチームだと豪語していたのは何だったのか。


 厚かましい上に自己評価は無駄に高い嵐のようなおばさんが去ったことで暇になり、特にやることが思い浮かばなくてエクレアと静かに遊んでいる。

 その間にも新たにくべた二つ目の薪が燃え切ったので、幸せそうな顔で眠っているエミリーの脇に手を差し込んで揺さぶり起こし、寝起きで加減の知らないビンタを食らった私は入れ替わるようにして眠りに落ちた。


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