#044:無事に到着
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
早々にお昼ご飯を終えたら、マーライオンにならないよう祈りながらも移動を再開する。
現在向かっている狩場に何度か行ったことのあるシャノンが言うには、ここはまだ半分を過ぎたあたりだそうで、あまりペースを落とすと日が暮れてしまうから急ぐ必要があるようだ。
だからといって、すぐさまそれに応えられるほどの体力を持たない私がいることもあり、思うように速度が出せないでいる。
街道が通っているからにはその先に町があるようで、トロトロ歩いている私たちの横を荷馬車が駆け抜けていくことも稀にあった。それに乗せてもらえたら楽なのに、声を掛ける暇もなく走り去るのだからどうしようもない。
そんなときに、ふと思い付いたことがある。
「……エクレアにさ」
「ぷも?」
「なんとかして乗れないかな」
「……ぷもっ!」
私の隣をトコトコ歩いているエクレアを見ていると、魔獣の王様なら人間の一人や二人や三人くらいあっさり運んでくれそう……なんてことが頭に浮かんでしまったよ。
今はもう、出会ったころの小型犬サイズから少しは大きくなったとはいっても、さすがに人は乗せられないだろうね。
なぜか背中を突き出して『乗りなっ』と言わんばかりの表情で見上げてくるけれど。
「試しに乗ってみなよ。あたしが見ててあげるから……ふふっ」
「笑いが堪え切れてないよ、エミリー」
「ベヒモスライダーになって国を滅ぼすんですね、わかります」
「シャノンは物騒すぎ。たぶんその前に振り落とされるよ」
おかしなことを言い出した私の頭に配慮されたのか、小休憩を取ってくれることになった。
丁度おやつ時だからお菓子でも食べたいところだけれど、そんな物は持ってきていない。
その代わり、キンキンに冷やした麦茶で喉を潤しながら身体を休めていると、街道の先から冒険者と思しき小集団が心許ない足取りで歩いてきた。
その小集団が近付くにつれて一人残らず負傷していることが明らかになり、彼らには悪いけれど商売の時間が唐突に訪れた。
早速とばかりに腰を落としていた道具箱から立ち上がり、スタッシュから取り出した立ち売り箱を構えて傷薬や包帯などを並べていく。
そのついでに、汚れを洗えるように水桶と柄杓も用意しておけば準備は完了だ。
たったこれだけの作業でも、歩き続けた疲労の蓄積によって少しの時間を要してしまい、桶に水を注ぎ終えたころにはお客さん――傷を負った冒険者たちが間近に迫っていた。
「こんにちは。傷薬はいかがですか?」
「はぁ?」
「よく効く傷薬はいかがですか? 手当の道具もありますよ」
「……」
先頭を歩いていた男性は怪訝な顔で黙り込んだものの、その後ろにいた青年が何かに気付いたような仕草を見せて話し掛けてくる。
「あぁ、前に見かけたことがあるぞ。売ってるなら傷薬を人数分くれないか?」
「ありがとうございます、傷薬ですね。それと、汚れを落とすなら井戸水もありますよ」
「使っていいのか?」
「もちろんです。お代はいただきますが」
私の言葉を聞いて顰めっ面をする青年に値段を告げると渋々ながらも代金を支払い、人数分の傷薬もお買い上げになった。
やはり井戸水を持ってきておいて正解だったよ。
水属性の魔術で出てくるお水は、なぜか詠唱した者によって味に違いが出るのだから。
汗のような塩気やアンモニア臭がすることも多いために、どうしようもない状況に陥らない限りは飲まれることすら珍しい。そんなもので傷口を洗うような酔狂な輩がいるはずもなく、こうして売れたわけなのです。
ちなみに、他の属性にも多少の違いがあるけれど、水属性ほどわかりやすい差を感じない。
火属性や光属性の異なる色調は、用いた呪文によって起こる温度の変化だろうし、風属性や地属性での匂いや感触も、体臭なのか環境によるものなのか判然としないし、闇属性なんて差違があるのかすら定かではない。
それでも私にわかる事はといえば、エミリーの火弾は赤色を超えるほどの高温ではなく、シャノンのお水はほんのりと甘さを感じさせる中に微かな苦みを伴っていた事くらいだよ。
魔力も傷薬も底をついてしまったらしい冒険者たちは、どうやら私たちが向かう先で魔物にこっぴどくやられたようで、早々に手当を終えて『思ってるより数が多いから気を付けな』という言葉を残して立ち去った。
そんなに魔物がいるのなら傷薬が足りるだろうか……と不安に駆られながらも歩を進め、今まで通ってきた街道から疎らに木立が並ぶ森へと入り、何度も踏み固められたようなちょっとした小道をくぐり抜け、辛うじてお日様が沈みきる前に目的地まで到着できた。
「サラ、大丈夫?」
「……うん。まだ、なんとか」
「先に寝床を確保しようよ。冗談抜きでサっちゃんが倒れそう」
付近に町も村もないことから、森の小道を抜けた先は冒険者が点在する広場になっていた。
勝手に切り開いた場所なのか元からあった空所かはわからないけれど、そこかしこで焚き火を囲んだ冒険者たちが身体を休めている。
これではまるで野営地――キャンプ場みたいだね。商売が捗りそう。
それにしても、前に聞いた話と違って、同じ場所に冒険者が何人も集まっていることに違和感がある。
「そういえばさ、冒険者って群れないんじゃないの?」
「あたしらチーム組んでんじゃん」
「そうじゃなくて、チーム同士っていうのかな、この場所みたいな状況のこと」
「遠征中は場合によっては助け合うよ。そうしておかないと、わたし達も途中で会ったチームみたいになるか、もっとひどい事態になっちゃう」
魔物が多いと言っていた影響なのかな。寝ているところを蹂躙されたら笑えないものね。
それを防ぐためにも皆で寄り集まっているのかも。
何にしろ、お客さんが多くて困ることはないのだから私としては大歓迎だよ。
そんな冒険者の野営地に私たちも足を踏み入れ、隣とは遠からず近からずの位置に陣取って、スタッシュから取り出した筵と毛皮の敷物を重ねてひらきのべると同時に、その上へ崩れるようにしてへたり込んだ。
「ふいぃ……」
「サっちゃん、これも買ってきたの?」
「うん。このまま寝転んだら背中が痛いでしょ?」
「えっ、それだけで? あたしは嬉しいけどさ」
なにも驚くようなことではない。
持ち運ぶにしてはちょっとゴージャスな敷物というだけなのだから。
日帰りはできず町や村もない場所では野宿しか選べないので地面の上で眠るわけだけれど、そんな状態で寝ていては疲れが取れるとも思えない。かといって、ベッドを持ち込めるほどの余裕がスタッシュにあるわけもなく、何か手段はないものかと考えていた。
その際に、いつだったか私が追い回された猪モドキの毛皮を売りにいった工房で、ほどよいサイズの敷物が売られていたことを思い出した。あの強烈な悪臭に堪えながらも訪ねてみれば、想定していた値段よりも遙かに安かったので迷わず買い上げたのだ。
しかし、安価であるからには曰くが付きまとうもので、購入直後は大後悔時代だった。
それというのも……臭かったのだ。めちゃくちゃ臭かったのだよ、この毛皮は。
それを匂いが漏れ出ないスタッシュに感謝しながら持ち帰り、ヘンテコ魔術を駆使して脱臭や消臭に挑み、なんとか成功したことでこうして持ち込んだわけなのです。
今となっては自家製石鹸に使っているハーブの香りと、仕上げに利用したお酢の匂いがうっすらと漂う毛皮の上で軽く休憩を取ったところで、お日様が沈みきってしまう前に野営の準備をするようだ。
「サっちゃん、薪出してもらえる?」
「おっけい」
「ミリっちはそれに火をつけてね」
「あいさ」
前に使っていた人が残したのであろう、石の囲いをいじっていたシャノンからの指示を受け、スタッシュから薪を取り出してエミリーに渡すと、火属性の初歩魔術で点火した。
二人は休憩を終えたようだし、ここまでやってきた最重要課題である出張露店を始めよう。
そこで、私も商売しますかね――と口に出し、立ち上がろうとしたその瞬間、エミリーから『あんたは寝てなさい』と腕を引かれて敷物の上に転がされ、シャノンからは『寝る前にご飯と追加の薪を出しておいてね』と言われるだけだった。
そのままエクレアの方へ目を向けてみれば私の元へとやってきて、まるで枕になるかのようにもふもふの身体を横たえて『ぷも』と一声鳴いた。




