#041:商人の装備品
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
季節ごとに一度だけ訪れる夢のような一夜が明けた翌日は、今後に向けた準備に取り掛かるべく商人ギルドへ向かう。
まずは先立つものがなくては話にならないので麦茶等の委託販売業者から上納金を貰うのだ。
その額は売り上げの五分と言われているけれど、今でも売れ続けているから期待しているよ。
契約を交わしたのは未成人の私ではなくお母さんだから、共に商人ギルドまで赴いて職員さんに対応してもらい、受取証を提示すると硬貨を載せた小さなトレイが差し出された。
「すべて合わせまして、こちらでございます。ご確認ください」
「…………はい。確かにあります。サラ、お願い」
お母さんに頼まれてスタッシュに吸い込んだのだけれど、大銀貨と中銀貨がそれぞれ一枚に小銀貨が三枚だった。……私のお給料六年分以上じゃないですか。どんだけ売れたのよ。
業者による売り上げの内訳が記されている羊皮紙を覗き込むと、小銀貨がアニマル土瓶のもので、中・大銀貨は麦茶となっていた。
土瓶は一つ買えばいいだけなので、あのブームはすぐに終息したのかな。
対する麦茶のほうは未だに売れているのだし、この額は十分にあり得るかも。
それでも、これからは寒くなっていくのだから、これほど売れるのは今だけだろうね。
午後からお店を開けるお母さんと別れ、私は行商で必要になるものを買いに行く。
本当にこのお金を使ってもいいのかと尋ねてみても、苦笑を浮かべて『サラが稼いだも同然でしょ。気にせず使いなさいよ』と言われるだけだった。
これはもう、行商を早く軌道に乗せてお店の倉庫が空っぽになるくらい売らなきゃね。
いくらなんでも、お店の物を売った分は私のお金にしろと言わないはず。
心の中でお母さんに感謝を捧げながらも中央通りを歩き、やって来たるは服飾店。
商人にとって必要不可欠な物といえば、やはり清潔感のある綺麗な服だろう。
人間なんてどこの世界のいつの時代でも、流行や評判に弱いということは身を以て経験しているし、つい先ほどはその集大成ともいうべく大金を受け取っているのだ。今みたいな繕い跡のあるボロい服を着ていては、このお店は儲かっていないから不人気だという烙印を押されてしまいかねない。
すなわち、商人が着飾る豪華な衣装は魔術師にとっての杖であり、騎士においては盾である。
商人の武器・防具はお金と算盤だけではないのだよ。
しかし、売る商品を仕入れる分までをも衣服に費やしてしまってはただのバカなので、あまり高すぎる物を取り扱っていないであろう、中央通りでも端の方にあるお店に訪れている。
「あら、かわいいお嬢ちゃん。何をお探し?」
「あ、えっと、高そうに見える安い服を探してます」
「面白いこと言うのね。商人見習いさんかしら?」
「ええ、まあ。これから必要になるので」
さすがは中央通りに出店しているだけあって、お客が迷う素振りを窺わせたらばすぐさま近寄ってきては身なりや言動の端々から情報を読み取り、適した品の場所へと案内してくれた。
横にすれば転がりそうなほど太っている割りにフットワークの軽い店員さんに促され、お店の中を歩きながらも次々と服を宛がわれる。
そこで一揃いの衣服を私に持たせた店員さんが、少々くすみのある鏡を巨大な胸元に構えた。
「それはどう? 動きやすい物って言うから選んでみたわ」
「腕周りは軽そうですね。でも、ちょっと歩きづらそうに見えます」
「う~ん……歩けるものねぇ……。商人っぽさが薄れてもいい?」
「一目見て伝わればいいですよ。もう少しなら予算あるんで、丈夫なものをお願いします」
「そう? じゃあ……うん、あれがいいかしらね」
そうして私は、貧乏なお店の下働きから小綺麗な町娘を飛び越え、活動的なお嬢様となった。……ただし、足下は無骨で頑丈なブーツだから親和性はない。
たったこれだけで、早くもお財布の中身が半分近く吹っ飛んだよ。
大商会の主やギルドの幹部が着ているような服を買えるのはいつになることやら。
仮に手が届いたとしても、貴族にすら劣らない豪奢なドレスだから私には似合わないかもね。
新しい服の具合を確かめる意味も兼ねて、お嬢様の恰好で他に必要なものを買い集めていき、脳内メモの買い物リストが埋まったので、そろそろ家に帰ろうと喧噪に包まれた大通りを歩く。
見るだけならタダだから何か掘り出し物が転がっていないかと周囲を眺めていたら、後ろの方から『お嬢様、お出かけですかな?』なんていう子供の声が聞こえてきた。
こんな真っ昼間からナンパとは、とんだおませさんがいたものだ。
「サっちゃん、サっちゃん! 無視しないで~」
「え?」
「うわっ、ほんとにサラだった。どうしたの、その恰好」
呼ばれて振り向いてみたら、眉根を寄せたシャノンと、愕然とした表情のエミリーがいた。
二人で出かけているなら私も誘ってほしかったなぁ。午後はお休みだって伝えてあるのに。
「見てのとおり、お金持ちっぽい服を買ってきたんだよ。前に話した臨時収入でね」
「ああ、それで家に居なかったんだ」
「これからミリっちのランクアップに行くけど、サっちゃんも来る?」
本当なら、エミリーは少し前にはランクが上がっていた。それを阻止したのはこの私だ。
なにも嫌がらせで邪魔をしたのではなくて、お金がもったいないから待ってもらっていた。
それというのも、この世界は季節で区切られていることが何かと多い。例に漏れず冒険者ギルドもそれに倣っており、半端な時期にランクを上げてしまえば別途更新料及びランク維持費が発生する。しかも、以前との差額は考慮されず既に納めた分は無効となり、どんなに短い期間であったとしても、季節が変われば改めて全額を請求されるのだ。
私はそれほど大きな額ではなかったけれど、秋祭りの前には早くも行商人としての上納金を求められた事と、準備が整うのはどれだけ急いでもお祭りの翌日ということもあり、エミリーとシャノンは納得の上で了承してくれているよ。
「うん。もう用事は済んでるから夜まで大丈夫だよ」
「それじゃ、一緒に護衛の依頼もやっちゃおう」
「わたしも指名してね?」
もちろん二人とも雇うつもりだよ。今ならお金があるからね。
それでも、Eランクに上がった直後のエミリーはまだしも、シャノンはポイント的にCランクが見えてきた現Dランク中盤ということで、今の所持金でまかないきれるか不安だなぁ。
ちなみに、マチルダさんはシャノンと同じくDランクで、Cランクまであと少しらしい。
平均年齢でいうならDランクが二〇歳ごろ、Cランクは二〇歳半ばから三〇歳過ぎに到達するみたいだから、二人ともかなりの速度で昇格しているようだね。
そんな話を聞かせてもらいながら冒険者ギルドまで三人で歩き、エミリーがランクアップ申請を終えて銅色のEという文字をメダルに刻まれてからは、妙に色気があるお姉さんのところへ護衛の指名依頼を出しにいく。
「ん~、ランクはクリアしてるね。報酬額はどうする? 固定? 変動?」
「えっと……どっちがいいんだろう?」
「決まってないなら相談しておいで」
すげなく追い払われてしまったので、受け付けカウンターから少し離れたところで緊急作戦会議を開いた。
シャノン曰く『状況次第で報酬額が上下する変動式は、証明と承認がいるから固定式のほうが楽だよ』ということで、任務完遂後または一定期日に支払う固定報酬に決まり、その金額もありがたいことに二人揃って最低額でいいと言ってくれた。
そのおかげで労働者と大差ない費用で雇うことができたけれど、これではさすがに安すぎるだろうから、ご飯などの生活費くらいは私が出さないとね。
護衛依頼が恙なく受理されると、エミリーが装備を買い足すということで以前訪れた裏通りのお店へと向かう。
店内に入ってからは、元兵士だと言うつるっぱげと相談しながら買い物を進め、古代ローマ時代の剣闘士が用いていたような肉厚で幅広な両刃の片手剣――グラディウスと、それを納めるための鞘、そして中央部に突起のついた円い盾――バックラーを購入していた。
その際に聞こえてきた会話によれば、つるっぱげは次にエミリーが来店した際に薦めようとこの装備品を用意していたらしく、その代金もかなりお安くしてくれたようだ。……どうやら筋金入りのファンみたいですな。
そんな中で暇を持て余していた私とシャノンは、エミリーのランクアップ祝いに二人でお金を出し合って、小型飛行機のパイロットが使うようなフライトキャップに似た革の帽子をプレゼントしたよ。頭は大事だものね。




