#038:自作の商売道具
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
大道芸人になるつもりはないので、素直に川の水を出し入れし続けてスタッシュを育てるも、手のひらから水を吸い込むようにグビグビと成長してはくれなかった。そのまま粘っていると午後の始業を告げる鐘が鳴ってしまい、急いで片付けを済ませてお店に帰ったよ。
そして、本日の営業を終えてからも川辺に舞い戻り、人間ポンプを再開するもスタッシュのレベルが上がる気配は一向に訪れなかった。
いくら効率的な方法でも一朝一夕とはいかないようだね。地道に続けるしかないみたい。
それからは、暇さえあれば川に通ってスタッシュを拡張する日々が続き、時には私自身の時間を加速させることもあった。
しかし、速度が上がるのはあくまでも私に関わるものだけだから、川の水はまるでお餅のようになっていて、そのおかげで水の上を歩けるという素敵な経験を得られたよ。
そうやって日々を過ごしている間にも休養日がやってきた。
前回とは違って野獣狩りに行くそうなので、移動型商店を試してみるつもりで準備を進めており、木工工房から引き取ってきた立ち売り箱にも自作の革ベルトを取り付けてある。
それらの最終点検を行っていると、ドアを叩く音が聞こえたので迎え入れる。
「おっ、今日は起きてるんだ」
「早起きは鉄貨三枚の徳っていうでしょ」
「なにそれ? それよりも、これがあたしらのお昼で、こっちが注文の分ね」
「ありがとう。はい、お代」
「まいど~」
今日の移動型商店に備えて頼んでおいたもの――一切れのチーズを入れて一口大に作られた小さなパンをいくつか購入した。
このパンと傷薬を箱に並べて、さらに買い取りもするのだよ。
ついに安定して生産できるようになった甘みのある麦茶を二人で飲みながら、残る一人の到着を待っていたら、姿を見せるなりコップを凝視して『お茶ァ』と小声で叫んだ。
「シャノンもどうぞ。そういえば、本当に指名しなくていいの?」
「うん。基本的に野獣しか出ないし、サっちゃんでも一人で倒せるよ」
ただの野獣なら無属性のへなちょこ魔力弾でも当たり所が悪ければ倒せるはずだけれど、これから向かう場所ではまれに魔獣となった個体が出てくると言っていた。その話を聞いた後に護衛が必要になるのではないかと尋ねてみても、今と同じ答えを返されている。
あまり数が多くないのなら、仮に出くわしても貢献度稼ぎに利用するってことかな。
まだエミリーに護衛依頼を出せないから、こんな回りくどい手を取っているのかも。
麦茶を飲み終わった私たち美少女三人組は、目的地である狩場に向けて出発した。
町からある程度離れたらエクレアをスタッシュから外に出し、ここ最近通い続けていた川と沿うように走る街道を薬草採集の森に近付く前に山手へ折れ、私の疲れが隠せる限度を超えてしまったので何度か休憩を挟みつつも歩くこと数時間。
ようやく辿り着いた先には、特にこれといったものがなかった。
「ここでいいの? 誰もいないし、普通の森じゃない?」
「どんな想像してたの? チームは組むけど騎士団みたいに群れたりしないわよ」
「野生の獣狩りだから、うるさくならないように分散してると思う」
「……それもそうか。じゃあ、準備するね」
森の奥で別行動を取っているのなら歩いているうちに出会うことを期待して、作ったばかりの商売道具一式をスタッシュから取り出した。
まずは立ち売り箱に見栄えよく商品を並べ、汚れの少ない布きれと廃材を活用して私が作った宣伝のぼりを背中に装着したら準備完了だ。
「おっけい。行こうか」
「素材、高価、買い取り中……? 下の方にある模様は失敗したの?」
「反対側にも傷薬ありますって書いてるけど、下の方に化け物がいる」
「失敗じゃないよ! 絵だよ! 化け物でもないよ!」
この娘たちってば、なんて失礼なのでしょう。
文字が読めない人のことも考えて、私が丹精込めて描いたイラストがわからないだなんて。
冒険者が集める素材の代表格である魔石を描き、そこから伸びる矢印を辿れば、素材を持ってきたらお金と交換するよって意味合いで数枚重なる硬貨のマークに行き着くようにしてある。
もう片側の傷薬にしても、怪我をしたら使おうねって含みを込めて、この世界における白衣の天使――修道女をデフォルメして描いたというのに、なぜそれが伝わらないのだ。
エクレアも同意見なのか、ビックリしたようなつぶらな瞳で私を見上げている。
「これは魔石! 素材持ってきたら、お金になる! わかった!?」
「あ、うん」
「こっちはシスター! 治癒魔術使えない人でも、お金払えば治してくれるでしょ!」
「……その、なんというか、ごめんなさい?」
身振り手振りを交えて鼻息荒く説明し終えた私の言葉で、二人とも納得してくれたようだね。
記憶保護を持つ私の絵が下手なわけないでしょう。どちらもかわいく描けているはずだよ。
鼻の利くエクレアにお願いして野獣や他の冒険者を探してもらいながら歩くこと暫し、急に立ち止まったかと思いきや、振り向いて私を見上げてきた。そこで、何か見つけたのかと前方を注意深く見ていたら、冒険者らしき小集団の姿が視界の端に映った。
「この先に冒険者がいるみたい。話し掛けても大丈夫だよね?」
「いいんじゃない?」
「何かあればギルドに通報したらいいよ。取り締まりも仕事だから」
私たちが立ち止まって話していたことで警戒されたのか、小集団は歩く速度をゆるめている。
その小集団が近付くにつれて男女四人組であることがわかり、顔つきを窺えるほどになれば十代後半と思われる青春まっただ中のリア充チームであることを知った。
さて、そんな爆発予備軍には最初の餌食――お客さんになってもらおうじゃないか。
「こんにちは~」
「……」
私がとびきりの笑顔で以て挨拶したというのに、あちらさんは仲間と顔を見合わせるだけで返事がなく、改めて声を掛けようとしたところで女性の一人が口を開いた。
「……何かあったの?」
「はい。今は素材の買い取りをしていまして、重くて持てなくなった物や、ギルドまで戻るのが面倒な方にご利用いただこうと考えています」
「……そう」
「他にも、このような傷薬や軽食もありますよ。いかがですか?」
少しでも中身が見えやすいように、立ち売り箱をズイッと持ち上げてみせた。
すると、また仲間同士で何やら目配せしているので、さらにブルックの町で大流行中の麦茶もありますよ――ともう一押ししてみても特に反応がない。
どうしたものかと笑顔が固まり始めたその頃に、ようやく返事を寄越してきた。
「いや、いいよ。それより、ここは遊び場じゃないから、早いうちに町へ帰りなよ?」
「……はい。わかりました……」
まともに取り合ってもらえないという、幼いころから何度も味わわされたことのある苦い感覚が蘇り、私はすごすごと引き下がらざるを得なかった。
最初からうまくいくとは思っていなかったから問題ない。まったく以て問題ない。
このチームはまだ獲物を捕っていなくて、それで傷薬も減っていないし、お腹も空いていなかったのだろうね。そうとでも思わなければやっていられないよ。
ほんの少し凹んだ私を気遣ってくれたのか、場所を移して早めの昼食となった。
お昼ご飯を食べた後はまたエクレアにお願いして獲物を探してもらい、エミリーだけで狸に似ているけれど妙に丸っこい野獣を狩り、私は新たなお客さんから胡散臭そうな目で見られた。
そして、次はシャノンに援護してもらったエミリーが、やたらと俊敏で耳の大きな兎を仕留める一方で、私はお客さんではなく猪みたいな猛獣に追いかけ回されてエクレアに助けられた。
その際に、うっかり時間を加速させて逃げたのだけれど、二人から離れた位置に私がいた事と、エミリーとシャノンは兎モドキに掛かりきりだったからバレていないはず。
「へぇ、エクレアってすごいじゃん」
「見かけに騙されたらダメだよ、ミリっち。これでもベヒモスの亜種らしいから」
「大丈夫だよ。無駄に暴れたりしないよねぇ、エクレア?」
「ぷも、ぷも」
結局、望んだわけでもないのに私の手に落ちてきた猪モドキを得ただけで、その後は何一つ売れることも買い取れることもなく帰還の時刻が迫り、往路よりも休憩を挟んでもらいながら肩を落として家路に就いた。




