#037:手のひらに噴水を
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
新米冒険者の養殖――もとい、先輩冒険者による手厚い支援の様子を見終えて家に帰ってくると、木工細工工房から私を訪ねてきた人がいたらしく、応対してくれていたお母さんからは『製作依頼を出したままの細工物はどうするのか』という伝言を聞かせてくれた。
見るも無惨に荒らされていたから気付かなかったけれど、内容からしてブレーキはまだ取り付けていなかったみたいだ。現状を確認するためにも顔を出さないといけないね。
お休みの日は私の身体を鍛えるということで美少女冒険者ペアに混ぜてもらうから、明日の店番が終わってから行ってみようかな。
それにしても、今日はよい勉強になった。帰りに冒険者ギルドにも寄ってみたら本当に安価で買い叩いていたので、狩場でならあれと同額か、少し下回るくらいの価格でも喜んで売ってくれるに違いない。
それに、もしも買い取り資金が尽きてしまったとしても、ギルドへの貢献度とやらを上げるために、私が買い取った素材を割高で購入してくれる人が現れるかも。誰だって面倒な作業は嫌だろうし、いくらかお金を支払うだけでそれを回避できるのなら、あと少しで目標ポイントに到達する人や、裕福な家から飛び出してきた人が検討すると思うのだ。
そうなれば後はもう、物品を右から左へ流すだけでも私の懐にはお金がジャブジャブ入ってくるわけですよ。
これぞまさに濡れ手で粟のぶったくり。労せず利益を得られるなんて夢がひろがるね!
閑話休題。
他にわかった事といえば、日用品は売れないってことだ。
冒険者からしたら目も当てられないほどの体力しか持たない私でも日帰りできるのだから、何か足りない物があれば町へ買いに戻るはず。
それでも売れそうな物を考えてみても、収集品を入れておくための袋や籠くらいしか思い浮かばなくて、やはりお母さんが言っていたとおり、はじめのうちは買い取りをメインに据えたほうがよさそうだった。
もちろん、需要の高い傷薬と小腹が空いた人向けの軽食は用意するけれど。
そうやって今後に向けた予定を立てていると、お湯に浸した手ぬぐいで身体を拭い終えたお母さんから声が掛かる。
「明日は仕事だし、そろそろ寝ようか」
「うん。じゃあ冷却弱めるね」
もう隠す必要はないのだから、寝苦しい夜でも冷却の魔術を使えば快適に眠れるのだ。エクレアが寝ている居間もしっかりと範囲に入れてあるよ。
翌日も午前中の店番をこなし、お昼ご飯を食べてからは木工細工工房へと向かう。
脳内メモを参照して、こぢんまりとした佇まいの工房に到着したので、その扉を叩いた。
「こんにちは」
「お、来たか。先日の注文だが……どうする?」
「えっと、どこまで作られたんですか?」
「いや、まだだ。おやっさんから話を聞いてな」
気の毒そうな表情を浮かべた木工細工職人さんが、あれからのことを教えてくれた。
その時にやっていた作業が一段落したので、私が注文した物に取り掛かるべく実寸を測りに木工工房まで赴いてみれば、親方さんから件の自転車を欲したクソ野郎の振る舞いを聞かされたらしく、今後の知らせが届くまで待機してくれていたそうだ。
しかし、いつまで経っても私から何の連絡も入らなかったので、木工工房を経由して遣いを出したのだとか。
あの親方さんは、こんなところでまで面倒を見てくれていただなんて、近いうちに何かお礼代わりに注文しておかないといけないね。
これから行商に出るのであれば、商品の実物を見せながら売り歩くために、お向かいのパン屋さんと同じく駅弁売りのような底の浅い籠が必要だ。
それに、いくらスタッシュでも温かい物が出てくると不審に思われるだろうから、魔道具っぽい見た目の容器も欲しくなる。
「それで、どうするんだ? 注文を取り下げるなら返金するが」
「……そうですね。一旦返金でお願いします。次の目処が立てばまた依頼しますので」
「わかった。金取ってくるからちょっと待っててくれ」
「はい」
前世のような法律のないこの世界では、さすがに全額返金は無理だろう。いくら戻ってくるのかと思っていたら、ブレーキの絵を描いた木札と銀貨四枚を渡された。
「あの、これって全額ですよね。いいんですか?」
「仕事を引き受けるなら相応の額をいただくが、やらないのなら受け取らないのが俺の主義だ」
普通は手数料だとかでいくらか取られるはずが、まさかの全額返金で驚いた。
まだ何も作っていなかったとしてもサイズを測るという仕事をしたのだから、多少減らされても文句は言わなかったのに。
一緒に返却された木札にしても、自分は他人のアイデアを流用しませんという意思表示なのだろうね。失礼な言い方だけれど、陰気そうな顔つきの割りには清々しい性格をしていたよ。
思わぬ収入を得たに等しい私が浮かれる気持ちで木工工房に立ち寄り、思い付いたばかりの簡素な立ち売り箱と、見た目だけは重厚な魔道具風の箱を依頼する。
その際に、立ち売り箱だけならまだしも、魔道具風の箱までは先ほどの返金分ではまかないきれず、とうとう貯金の底がついてしまった。
「すみません、安くしてもらっちゃって」
「どうせ倉庫の隅で埃被ってたんだ。気にするこたぁねえよ」
私の手持ちだけでは一から作るには資金が不足していたので、以前キャンセルされたままで処分に困っていた木材を使用して作ってくれるらしい。
今後も行商を続けるなら箱一つでは不自然さが隠せないだろうから、横に置いても縦に積んでも中身を取り出せるようなデザインに決めておく。そして、お金が貯まれば正規料金で同じ物の製作依頼を出す約束を交わして帰途に就いた。
なお、雑談混じりに木工細工職人さんから木札を返されたことを話してみると、私がここで描いた木札は既に燃やされているそうだ。親方さんからは『それもいらねえなら燃やせばいい』とのことだった。ここも流用はしないようです。
貯金を使い切ってしまった私には、もう出来ることは何もないだろう――と思っていたら、暇な店番中にふとしたアイデアが浮かび上がり、同じく暇そうなお母さんに尋ねてみる。
「ねぇ、お母さん。やろうと思えばスタッシュも育てられるよね?」
「そうね。何度も限界まで出し入れしてたら拡がるって聞くわ」
「荷運びだと時間かかるから、もっと早く育てる方法ない?」
買い取りがメインならスタッシュの空きがあればあるほど稼げるわけで、今までのような地道な運搬では育成速度が今ひとつ振るわない。
そこで、現役の冒険者なら何か有益な情報を知っているのではないかと考えたのだ。
「あるわよ」
「おぉ、なになに?」
「川の水」
「――その手があったか!」
一般的な魔力量では、スタッシュの限界値まで物を入れてしまうと魔力切れを起こすらしく、その危険性を考慮して今まで教えてくれなかったそうだ。もしやるとしたら『誰かに付き添いを頼みなさい』とのことだった。
しかし、私にはそんなの関係ないのです。魔力なんて掃いて捨てるほどあるのだから。
翌日のお昼休みは、行商に向けて大広場で価格調査をするという嘘情報でお母さんを誤魔化して家を抜け出し、スタッシュを育てるために町の傍らを流れる川へと向かった。
少し歩いて川の水に触れられるような場所へ移動し、時間を塞き止めてあるので大丈夫だろうけれど、念のためにスタッシュの中身をすべて取り出して、川面に突き出した手のひらから水を吸い込み始める。
特に音を立てることもなくスタッシュの中がグイグイと水で満たされていき、魔力支配からもう入らないという情報が意識に流れたので、今度は入れた水をうるさく放出した。
それを何度か繰り返していると、吸い込んだ水を川に捨てるのではなく、そのまま再利用すれば場所を問わず育てられるのではないか――という、画期的な策を閃いた。
考えていても仕方がないので実行に移してみれば、片方の手から水を出して反対側の手でそれを吸い込む……これってもう、噴水人間じゃないですか。
思いもよらぬ宴会芸に気が抜けたところで一つ気付いたことがある。
時間はお昼時。川縁にボロい服を着た少女が一人。傍には小袋や具なしのパンと水差し。
こんなの、ボッチ飯してるようにしか見えなくない?




