#036:マジカル旋風術
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
あれから数日ほど仕事をこなし、迎えた今日は待ちに待った休養日。
薬草採集の帰り道で約束していたとおり、エミリーとシャノンの美少女冒険者ペアに混ぜてもらい、その活動を間近で見学できる貴重な日だからとても楽しみに待っていた。私が町の外に出るときは冒険者が寄りつくような場所には行かないから、どこに連れて行ってくれるのかと薄い胸が期待で膨らんでしまう。
そのせいで、出発は朝二つの鐘だというのに、昨夜はなかなか寝付けなくて困ったよ。
少しばかり寝過ぎた気がする私が急いで身支度をしていると、寝室の入口からお母さんが顔を覗かせた。
「サラー? あぁ、起きてるわね。エミリーが来てるわよ」
「えっ、もう?」
「まだ時間かかりそうなら上がってもらう?」
「ん~……寝癖はあとで直すから、すぐに行くよ」
私が起きるのと同時にエミリーが来たのかな。もしかしたらドアベルで起こされたのかも。
そんな考察は後回しにして、居間で仰向けになって寝ているエクレアをそのままスタッシュに吸い込み、寝癖を気にしながらも階下へと急ぐ。
「おはよう、エミリー。もう鐘鳴った?」
「おはよう、サラ。鐘はもうそろそろかな。もしかして寝てたの?」
「うん。起きたばっかり」
「もうすぐシャノンも来ると思うし、今のうちに顔洗っておいでよ。寝癖ひどいよ?」
「……そうする。掛けて待ってて」
階段近くに置いてある水瓶から水を汲んで顔を洗い、ついでに髪の毛も軽く湿らせて無属性魔術のドライヤーで手早くブローする。
手のひらから温風が出るのでとても乾かしやすくて、ものの数分で美少女ペアに混じっても遜色ないほどに仕上がった……はず。
顔を洗ったおかげで頭の中もスッキリした私は、おめめもパッチリで店舗エリアへ戻ると、いつの間にやら来ていたシャノンも来客用の木箱に腰掛けていた。
「おはよう、シャノン。髪乾かしてたから気付かなかったよ」
「おはよう、サっちゃん。芸術的爆発を見られなくて残念」
「……エミリー、シャノンに何て言ったの?」
「見たまんま。羽ばたく鳥みたいだって」
鳥って。確かに両サイドがもっこりしていたけれど、そこまで派手ではないと思う。毎朝の寝癖に悩むくらいなら髪を伸ばしてしまいたいのに、動き回ることが多いこの世界では邪魔になるし、お手入れにもお金がかかるからボサボサだと見苦しい。
長い髪を綺麗に維持できる人なんて、羊飼いの隠れ家亭みたいなお金持ちだけなのだよ。
「それじゃ、出発しよっか。これお昼のパンね。サラ、お願い」
「おっけい」
エミリーから三人分のまだ温かいサンドイッチを受け取り、まとめてスタッシュに格納する。
もちろん、時間を塞き止めておいたからいつ食べても出来たてのおいしさだ。
お店を出る前に階段の下からお母さんに出かける旨を伝えておき、準備万端の二人と一緒に町の出口へ向かった。
門番の兵士さんから通行手形を発行してもらい、それをなくさないよう私のスタッシュで預かり、薬草採集に赴いた森がある方へ歩いていく。
目的地はその先にある川だそうで、位置的にエクレアが倒れていた所の下流だと思う。
脳内メモの地図はまだそこまで拡がっていないから、あくまでも予想だけれどね。
スタッシュから外に出したエクレアにはリード代わりのロープを付けて、町の傍らを流れる川沿いの街道をひた歩き、いつもの森を通過した先にあった支流で折れてそのまま遡り、さらに小一時間ほど進んだところでようやく二人が立ち止まった。
「今日はここでやろう。サっちゃんがお疲れみたい」
「サラ、大丈夫?」
「ふぅ……。うん、大丈夫。二人とも足速いね」
ほとんど毎日売り子をしていたエミリーと、冒険者として歩き回っていたらしいシャノンは、疲れた素振りを見せていないのはさすがだった。エクレアもまだまだ元気そう。
いつもなら小まめに身体の時間を巻き戻して体力の回復を図っていたのだけれど、同じ事をしたら記憶が飛んでしまう二人と一匹を差し置いて私だけというのは気が引けるから、なんとか遅れないよう必死に歩いていたのだよ。
「ミリっちのランク上げより、サっちゃんの体力作りが先かなぁ」
「うぅ……精進します……」
「休みの日はあたし達と一緒に来ればいいんじゃない? どうせ家でごろごろしてるんでしょ」
ごろごろとは失礼な。
お休みの日はエクレアの調教という名目で遊んだり、ヘンテコ魔術の実験をしたりと大事なイベントが目白押しだよ。精神的にはかなりアクティブに過ごしているのにさ。
そんなことを考えている間にも準備は進められ、剣や篭手などの装備品を外して袋を持ったエミリーが開始の合図を出す。
「それじゃあ始めよっか。サラは座ってて。シャノンも準備はいい?」
「モチのロン。……あ、サっちゃん。そこだと水掛かると思うからもうちょっと離れて」
魔術の効率を高めるために懐から短い杖――ワンドを取り出したシャノンに注意されたので、少しでも前で見ようと陣取っていた川縁から離れ、近くに転がっていた石の上に腰を下ろす。
そして、それを確認したシャノンが『風よ、渦巻け、ホワールウィンド』という重要ワードだけのごく短い呪文を唱えた。すると、ワンドの先を流れる川面の水を吹き飛ばして薄緑色の強風が巻き起こり、人が入れるほどの穴がポッカリと開いた。
これならエミリーが言っていたとおり、川の水に穴が開くという表現に誇張はないね。
疑っていたわけではないけれど、何が起こるのか見当も付かなかったよ。
嘘も大袈裟も偽りもなかったことに私が感心していると、袋を持ったエミリーがその穴に向かって飛び降りて何やら拾い集めている。
魔術の風が渦巻いているのに、そこへ障壁も張らずに飛び込んで怪我しないのかな。
もしもの不安に急かされて思わず立ち上がり、シャノンに走り寄って問い掛ける。
「シャノン、あれって危なくないの?」
「え? 何だって?」
「いや、聞こえてるでしょ! エミリーって障壁出してないよね?」
「ただの風だから大丈夫だよ。切り裂く要素は含んでないから」
同じ魔術でも呪文の内容によって効果が多少変わるけれど、形状まで大きく変化するわけでもないのだから、一目見ただけでは判断できない。いつものように冗談を飛ばせるシャノンが言うなら問題ないとわかってはいる。しかし、過去に魔術で大失敗している私では、悪い意味で高鳴る鼓動を止められない。
いつでも時間を操作して介入できるように神経を研ぎ澄ませてエミリーを見守っていたら、しゃがんでいた状態から立ち上がって一足飛びで川縁に戻ってきた。
「あんまり取れなかったから次行こっか、シャノン」
「あいあいまむ」
またエミリーが旋風の中に飛び込むのか……。
もっと違うやり方とか、そもそも他の仕事はないのかな。
「……ねぇ、シャノン。他に方法ないの? なんか見ていてハラハラするよ」
「もう、サラは心配しすぎ。あの風に当たってもちょっと飛ばされるだけだから」
「う~ん……町の仕事よりもこっちのほうが貢献度の上がりが早いからね。一番手っ取り早いのは魔石だけど、鉄鉱石とか石炭も結構稼げるよ?」
冒険者ギルドと鉄鉱石などがどう関係するのか尋ねてみたら、集めてきた物を安く買い叩いて繋がりのある工房や鍛冶屋に高く買い取らせているそうだ。それを使って作られた武器や防具が販売店へ卸されると、冒険者が買っていくのでお金が循環するということだった。
なんというか、いい商売してますなぁ。
冒険者ギルドが慈善事業でないことは知っていたけれど、収集に伴う危険や苦労は冒険者に押しつけて、お金だけはガッツリせしめるだなんて、そりゃ他のお店で売却する人が出るって話ですよ。……そこに割り込もうとしているのが私ですけれどね。
そんな思いに耽っている間にも、シャノンが川面に旋風を巻き起こし、エミリーが飛び込んで底を攫い、時たまエクレアが『ぷもー』と鳴くことが繰り返され、三人と一匹でお昼ご飯を食べてからも夕方近くまで作業は続いた。
あの時シャノンは言わなかったけれど、鉄鉱石のついでに珍しい石をエミリーが拾ってきたら小躍りしていたので、趣味と実益を兼ねて選んだお仕事だったのだろうね。
冒険者ギルドに負けず劣らず、意外とちゃっかりしている娘だよ……。




