#034:冒険者の必需品
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
肩を落としたエミリーの背を押して冒険者ギルドを後にする。
あんな物騒な人たちが屯する場所でも規律はあるようで、残念ながら依頼は受理されなかった。それでも、主目的の冒険者登録は無事に済んだのだから、励ましと今後への期待を込めて何か食事でもして帰ろうかなと思ったところで、顔を上げたエミリーが口を開いた。
「まずは装備を買いに行くわよ!」
「……まだ早いんじゃない?」
「何言ってんの。ランク上げるなら必要でしょ。外には野獣が出るんだし」
森に熊や水辺でワニなんていう、前世では即通報レベルの野獣が出没するけれど、そう頻繁には出てこないし、たとえ姿を見せても適当な魔術を放つだけで追い払える。
それなのに無駄遣いさせるのも……いや、新しいことに挑戦するならその気力を萎えさせてはダメか。後から必要なことに変わりはないのだから、無駄遣いというわけでもないね。
「そうだね。どこかお店に寄って帰ろうか」
「それじゃあ、あそこね。前に断られたから、一度入ってみたかったんだ!」
「断られたの?」
「冒険者専門店なんだって。入るときにメダル見せろって言われた」
話の途中でエミリーが指差したのは、剣の描かれた看板を掲げる武器屋さんだった。隣には鎧を描かれた看板の防具屋さんが競うようにして建っている。どちらも割と大きな店構えで、入る前から大金が飛んでいきそうな匂いをプンプンと撒き散らしており腰が引けた。
そこの入口に立つ守衛のおじさんにエミリーとシャノンが冒険者のメダルを提示して、一緒にいる私は荷物持ちということで入店を許された。
私は買わない……というか、お金がなくて買えないけれど、後学のために同行するよ。
見るだけならタダだものね。価格調査も大事なお仕事なのですよ。
店内に入ると剣や杖、斧に槍などの武器が所狭しと並べられており、それらの前ではある程度の間隔をおいてマッチョなおじさん達が商品を守っている。
下手に触ろうものなら物理的な意味で強制退去させられそうだ。
そんな中をおっかなびっくり見物していたけれど……ここはダメだ。あり得ない。
どう見ても普通の剣なのに、金貨数枚の値札を付けた品が沢山ある。
前世でいえば金貨一枚は約一〇〇万円ですよ。こんな魔境からは早く抜け出したい。
その気持ちは言葉にせずとも皆で一致していたらしく、互いに一つ頷きあってからは付近の商品に服の裾が引っかからないよう細心の注意を払い、通路の中央を静かに歩いて退店した。
冷房もないのに肝の冷えるお店から逃げ出して少し歩いたあたりで、シャノンが『わたしが知ってる安めの店に案内する』と言ってくれたので、次はそこへ行くことで満場一致した。
華やかな中央通りを歩くこと暫し、やってきたるは寂れた店が建ち並ぶ裏通り。
なんだか自宅に帰ってきたような妙な安らぎが訪れて落ち着く空気だよ。
そんな裏通りを歩き進み、剣と鎧の看板が二つとも垂れ下がった小さなお店へと入る。
「……ぃらっしゃい」
やる気が一切感じられない挨拶をしてきたのは、カウンターに頬杖をついてあくびを噛み殺す、つるっぱげのおっさんだった。
しかし、その店主がシャノン・私に続いて入店したエミリーの姿を認めて態度が一変した。
「お、おぉ? あんた、パン売りの嬢ちゃんか!?」
「そうだけど……」
「そうだよな。それがなんでまた、こんなしけた店なんぞに」
「武器とか買いにきたのよ」
「……そりゃそうか。そんじゃ、好きに見ていってくれや」
話し掛けられたエミリーが首を傾げているので、ただのお客さんだったのだろうね。
よく利用するお店で働く美少女従業員の顔なら覚えてしまうのも頷ける。
そんなことを考えている間にもシャノンと一緒にエミリーが店内をゆっくりと見て回り、私も値段を脳内メモに刻むべく目を走らせる。
先ほどの魔境とは違い、狭い店内には商品もマッスルガードマンも並べておらず、見える範囲ではカウンターを挟んで店主の背後にある棚だけで、あとは壁際にいくつか置かれた酒樽や木箱しかなかった。
その中身を覗き込んでみれば、薄汚れた武器や防具がまるでワゴンセールのごとく乱雑に入っているものの、私にとって最重要情報である値札がついていない。
それを店主に尋ねようとしたところで、カウンターの奥を見ていた二人がこちらに来た。
「最初ならこういうのでいいと思うよ。ミリっちに合った武器もまだわからないし」
「あたしの直感では剣なのよね。槍もいいけど」
「亜人を相手にするならそうだね。でも、魔物全般だと斧とか槌も強いよ?」
「じゃあ、やっぱりハルバード?」
「それだと護衛に向いてない。長物は取り回しが悪いよ」
「う~ん、悩むわねぇ……」
二人揃って楽しそうにしていて私も入りたいけれど、武器の知識なんてあるわけがない。
それでも言えるとするならば、ここにある中で一番強いのはあの種類でしょう。
「ねぇねぇ、二人とも。弓はどう?」
「あ、それもいいかも」
「弓は確かに強いんだけど、護衛には不向きだよ」
「ダメじゃん」
「でも、野獣狩りなら使えるよ? ……魔術で代用できるけど」
先制攻撃なら依然として強くても、それを外してしまうと次を撃つまでに時間がかかるし、それこそ魔術を放てば済むのだから出番はないようだった。
魔力の節約用に持ち歩くにしても、矢がかさばることもあって冒険者には人気がないみたい。
思い付きの意見を一蹴されて少し凹んだ私をよそに、二人の会話は続いていく。
「とりあえず、実際に持ってみたら?」
「そだね。おっちゃん、これ触ってもいい?」
「ん? おう。落とすんじゃねえぞ?」
店主から許可を得たエミリーが、ワゴン品の長剣や短槍を持って具合を確かめている。
それを見た私も手近な酒樽から長剣を引き抜いてみたけれど、重くて持っていられなかった。
こんな物を振り回すなんて考えられない。持ち上げるのがやっとだよ。
「サラってば、ほんと力ないのね」
「……身体強化使えないもん」
「使えなくてもこれくらい持てない?」
「わたしも魔術なしだと無理。ミリっちが怪力なだけだよね?」
「うん、異議なし」
さすがは我らのシャノン先生。慧眼をお持ちである。目の付けどころがシャノンだね!
私に異論は一切なくてもエミリーにはあったようで、シャノンのこめかみを両手でグリグリして悲鳴を上げさせていた。
ひとしきりグリった次は私にも魔手が迫ったので、丁重にお断りしたのにグリグリされたよ。
そんな姦しい私たちの輪に入りたかったのか、つるっぱげの店主から声が掛かる。
「嬢ちゃん達は冒険者になるんか?」
「うん、そう。登録したのはあたしだけだけど」
「そうかぁ。パン売り辞めちまうんか……」
非常に残念そうな面持ちだったので理由を尋ねてみたら、苦い笑みを浮かべて『こんなハゲたおっさんにも愛想良くしてくれたんだわ。日々の癒やしだった』とのことだ。
私は仕事中のエミリーを知らないけれど、かなり猫を被っているようだね。声が高そう。
「よし。そんじゃ、門出を祝って安くしてやるよ。好きなの持ってきな」
「え、本当ですか? ありがとうございます! いくよ、エミリー!」
「いや、買うのはあたしじゃん……」
呆れるエミリーの腕を引っぱり、掘り出し物を探すべく店内の隅に置かれているワゴン品から物色するも、ガラクタしか出てこない。
錆が浮いた槍の穂先や折れた剣先に始まり、片割れを失った大きなハサミ、弦を張らずとも曲がった弓、果ては剣の柄だけなんてものまである。……柄だけってあんた。
そして、極めつけは何の変哲もない木の棒だよ。ひのきかな?
それを思わず手にとってみたら、つるっぱげから『いい感じの棒だろう?』とドヤ顔をかまされた。……こんなものは森に行けばいくらでもあるわ!
ひとり昂ぶる私を放置したエミリーは、シャノンから助言をもらいつつも買い物を進めている。少し値が張っても長く使えるものを――と私からの意見も加味した結果、中古品だけれど特に目立った傷はない両刃の短剣と、それを収めるための鞘。あとは、カウンターの奥に飾られていた新品らしき革製の胸当てと篭手を購入した。
私も何か買わないのかと勧められたけれど、お金がなくて手を出せなかったよ。
あんな重いものが必要とは思えなくても、ナイフくらいは持っておいたほうがいいのかな。




